〜最強魔王と勇猛な女将軍?〜
「・・・・・・さて、今日は夜に時間を作らねばならんし、手早く済ませるか」
俺は黒竜の鎧を纏い、隣国ナパバリーの軍勢と国境で相対しながら、独り言を呟く。
三万の軍勢を率いて先頭に立つのは、もう何度顔を見たかも分からん人族でも屈指の勇猛を誇る将、エラスリス。
空色の鮮やかな髪と瞳を持つ美しい妙齢の女性でありながら、一騎当千の戦闘力を持ち、智略にも長けた生粋の兵士だ。
・・・別に男女差別する訳じゃ無いが、やり辛いんだよなぁ。この人。
「魔王ギブレイ! 今日こそはその首、我が剣を持って切り落としてくれる!」
「高らかに宣言するのは結構だが、後ろの兵どもは腰が引けているぞ? 被害が出る前に引き返した方が身の為だと思うが?」
「・・・・・ふん。よく言う。どうせ殺す気など無いくせに」
ちっ。流石に何度もやり合っていればバレるか。だが、別に構わん。この手の問いかけに対する口上は既に用意している。
「当然だろう? 兵を殺さずとも、貴様らの国を滅ぼす事など造作も無い。であれば、わざわざこの手で非常食をドブに捨てる事もあるまい?」
「っ!? ・・・やはり、あの噂は事実だったか。貴様が、人族を喰らうことでその魔力を増し飢えを満たす、呪われた血族、ヴァンパイアであると言うのは!」
・・・・・・正解だよ。半分はな。
と言うか、その噂自体、俺がカベルネを使って人族の国々に流した物だしな。
「さあ? どうだろうな。クク・・・」
なんて、俺は不敵な笑い声を敢えて漏らしながら、暗に肯定して見せる。・・・・・うぅ、恥ずかしい!
「おのれ!? 一体何人の同胞をその毒牙にかけて来た!? 魔族である貴様が使えるはずの無い殲滅級魔法を発動出来るのも、数え切れない程の同胞を喰らった故だろう!?」
「はっ! 自分達から戦を仕掛けて来ておいて、喰われた同胞の恨み言とは片腹痛い! ・・・一人でもその同胞を失いたく無いと言うのであれば、自国で大人しくしていれば良いだろうが」
少しだけ、本音が漏れる。だが、どうしてもこれだけは言わなければ気が済まない。
「っ・・・私だって、私だって好きで部下達を無用な争いに巻き込んでいる訳では無い!」
だろうな。お前は頭の良い女だ。この争いが、国の上層部に居座る一部の者だけに益をもたらす事は弁えているだろう。だが、その大事な部下達を守る為にも、お前はこの戦場に彼らを引き連れて来なければならない。
俺だって分かってるよ、そんな事。だから、これは八つ当たりだ。
「ふん。先頭に立つ将が迷っている様では、後ろの雑魚共もタカが知れるな。来るならさっさとかかって来い。・・・いつも通り、瞬く間に返り討ちにしてくれる」
「っ! ・・・貴様に一度たりとて泥をつける事すら出来ん私の事は好きに侮辱するが良い。だが、そんな私に付いて来てくれる誇り高き部下達への侮辱は許さん! 総員! 今日こそあの魔王の首、我らが討ち取るぞ! 突撃ー!!!」
「「「うおおおおおーっ!!!!!!」」」
エラスリスの号令に従い、軍勢は俺を取り囲む様に陣形を組みながら迫って来る。
だが、俺はその場から動かず、悠然と佇んだまま彼らを見回す。
「良いのか? そんなに近づいて」
「「「っっっっっ!?」」」
風魔法を密かに発動して戦場全域の空気を振動させた俺の声を聞き、軍勢は明らかに狼狽する。
「狼狽えるなっ! 一番隊! 構え!」
「「「お、おおおおおおー!!!!!!」」」
だが、再び戦場に轟いたエラスリスの号令を皮切りに、軍勢は再びその勢いを取り戻し、やがてその最前列に身の丈ほどもある白く大きな盾を構えた兵士達が並ぶ。
・・・・・ほう。やはり、ただの猪突猛進な将では無いな。
「なるほど、魔封石の盾か」
魔封石とは、特定の鉱山でのみ採れる魔力を吸収する鉱石だ。この石の厄介な所は、魔法による干渉で起こった物理現象からも魔力を吸収し、その威力を大幅に減衰させてしまう点だ。
ただ、その絶大な効力故、人族魔族問わず高額で取引される鉱石で、同じ大きさでも最高級の宝石と比べて十倍以上の値段が付く。・・・これだけ揃えたとなれば、ちょっとした城を建てるくらいの金額はつぎ込んだだろう。お気の毒に。
「その通り。貴様の強みは魔族でありながら、しかも単独で行使する事が出来る殲滅級魔法。それさえ封じてしまえば恐るるに足りん!」
「ほう? では、そのご自慢の盾がどの程度通用するか、試してやろう」
「な、何・・・?」
俺は彼女から視線を外し、彼らに聞こえないよう小声で虚空に向かって語りかける。
「・・・エーデル。頼めるか?」
『およ〜? シャルくん今日は私をご指名〜? しょ〜うが無いなぁ〜』
その涼やかな森を吹き抜けるそよ風の様な声は、俺の頭の中に直接響いて来た。
右眼を凝らし、虚空を見続けていると、そこに葉を衣の様に纏った淡い緑の肌を持つ絶世の美女が現れる。
「ああ。暫く呼んで無かったから腹が減っているだろう? 好きなだけ持って行って構わないから、力を貸せ」
『やったぁ〜! シャルくんの魔力は特別美味しいからぁ、だぁ〜い好きなんだぁ。うふふぅ。じゃあ遠慮なくぅ、頂きまぁす!』
彼女が俺にしか聞こえない声でそう宣言すると、俺の体から莫大な量の魔力が彼女に向かって流れ込む。
その代わり、俺の手には空気の塊を直接掴んでいる様な力強い感覚が生まれた。
「まったく、この大食らいめ・・・・・・」
「何だ? ただのコケおどしか?」
不審な目を向けて来るエラスリスに、俺は再び向き直り、両手を広げて歓迎のポーズを取って見せる。
「コケおどしかどうか、その身を持って味わうが良い。・・・『ジェノス・ツウィッガー』!」
俺が空気の塊を圧縮する様に体の前でギリギリと徐々に手を近づけて行くと、やがてその中に封じ込められたそれが圧迫に耐えかね荒れ狂う。
そして、弾けた。
「「「うおおおおっっっっっ!?」」」
空気の塊がまるで巨人の振るう大剣の如く荒れ狂うその暴風は、圧倒的な威力を持って隊列を組んでいた兵達を蹂躙する。
「あ、慌てるなぁっ! 一番隊! どれだけ威力が強かろうとこれは魔法の風だ! 魔封石の盾で受け止め切ればどうと言うことは・・・」
「知っているか? エラスリス。そのご自慢の魔封石には、吸収容量に上限がある」
「なっ!? ・・・う、嘘だ! この盾は、我が国が誇る神官団の殲滅級魔法をも防ぎ切ったのだぞ! 仮に、仮に上限なんて物があるとしても、貴様一人が使う魔法程度で破れる訳が・・・」
「確かに、この程度の魔法では上限まで持って行く事は難しいだろうな。・・・ただし、一撃では、だが」
「・・・は? こ、この程度? 一撃?」
珍しく間抜け面を晒したエラスリスを密かに兜の下で笑いながら、俺は再び両手に空気の塊を掴み、圧縮する。
「・・・『ジェノス・ツウィッガー』」
そして、再び空気が弾け、今もなお荒れ狂う爆風に重なる様に新たな爆風が軍勢を襲った。
「「「がっ!?」」」
「なっ!?」
そこで、一番隊と呼ばれた兵達の持つ魔封石の盾に、亀裂が走る。
「『ジェノス・ツウィッガー』」
「はぁ!?」
「「「があああああああああっっっ!?」」」
そして、俺が容赦無く放った三発目の爆風魔法に、遂には魔封石の盾が粉々に砕け、構えていた兵達ごと彼方へと吹き飛んで行く。・・・・・まあ、幸いここは砂地だし、あの程度の距離なら落ちても死にはしないだろう。
「う、嘘・・・・・・」
「さて、ご自慢の盾は見事に吹き飛んだ訳だが、どうする? 勇猛で聡明な我が宿敵よ?」
完全に心が折れたのか、手に持つ剣ごと腕をだらりと下げ、あんぐりと口を開けたまま呆けているエラスリスに、俺は問いかける。・・・まあ、剣を離さないだけ上出来だな。大概の将は殲滅級魔法を一撃喰らっただけで剣も部下も放り投げて逃げ出すし。
「・・・・・・撤退、する」
「賢明だな。だが、この我にデカい口を叩いておいて、そう易々と帰すとでも?」
もちろん、別に彼らを殺す気は毛頭無いので、普通に安心安全なご帰還をお約束する気満々なのだが、ここで脅しておけば、暫くの間ブルガーニュへの攻撃を止めさせる事が出来るかもしれない。
彼女は将軍だ。元老院ほどとは言わずも、それなりの発言力は持っているだろう。ここで都合の良い言葉を引き出しておけば、今後の外交でも役に立つはずだ。
「くっ・・・貴様の言いたい事は分かった」
「そうか、それでは・・・」
「私の事は好きにしろ! だが、部下達には手を出さないで貰おう!」
「そうそう・・・って、は?」
ん? 気のせいか? こいつ今、とんでも無いことを口を口走った様な・・・・・・。
「殺すなり性奴隷にして辱めるなり好きにするが良い! ・・・あ、で、でも、私、初めてだからあんまり最初から激しいのはちょっと・・・・・」
「いらん。『ジェノス・ツウィッガー』」
「「「ぎゃああああああああああっ!?」」」
思わず発動してしまった追加の爆風魔法で仲良く彼方に吹き飛ぶ軍勢諸君を、俺は無表情に見送る。
ごめんね。君達の将軍がアレなせいで安心安全なご帰還は強制送還にコースチェンジしたよ。
「お、おのれ魔王!? 覚えていろぉ〜〜〜〜〜〜!」
猛将でも智将でも無かった残念将軍が最後に空の彼方へ消えて行ったのを見届け、俺は快適に空を飛べる安心安全な風魔法を発動して魔王城へと帰還する。
・・・はぁ。今日も疲れたなぁ。
魔王様の秘密はもう殆どネタバレした様なものですが、意外と深い設定がある(かもしれない)ので、彼の力については暫し小出しにして描いて行きますが、お付き合い頂ければ幸いです。
・・・・・・それよりも作者的にはただの咬ませ犬のつもりで書き始めた女将軍さんが意外とキャラ濃くなってしまったのが気がかりですw
どうして女騎士っぽいキャラには「くっ殺」を言わせたくなってしまうのでしょうかww
 




