〜デレデレメイドは天然姫君に弄ばれる?〜
教える、とは言ったものの、どうしましょうか?
正直、ただでさえ一人で何でも出来てしまうあの方にお茶の淹れ方まで教えてしまうのは、少し気が引けます。
「ソアヴェさん? どうかされましたか?」
「ああいえ、申し訳ありません。ピナ様。少し考え事をしてしまって・・・」
声のした方に顔を向けると、ピナ様が黒真珠の様な大きな瞳で私を見上げながら、小首を傾げている。
・・・う〜ん。やっぱり可愛いなぁ。もうシャル様なんて放っておいて私がこの手で笑顔にしてあげたい。
因みに、彼女の華奢で小さな手がこねこねしているのはパン生地だ。
そう、今私は彼女にパンの作り方を教えているのだ。
ピナ様はシャル様への貢物としてこのブルガーニュに送られて来たので、特に使者としての仕事も無く、端的に言えば基本暇なのだ。
もちろん、送りつけて来たバルドーの目論見としては、側室や妾、或いはあわよくば妃としてシャル様にご奉仕し、子供を身籠れば重畳なのでしょうが、生憎とうちの魔王様は生粋のヘタレ童貞野郎なので、そっち方面の夜のお仕事も皆無。
なので、時間を持て余している彼女は、シャル様のお世話を手伝いたいと申し出て来たのである。
とは言え流石に客人であるピナ様に掃除や洗濯などさせる訳にもいかないので、こうしてシャル様に出すお食事の用意を手伝って頂く事にした。
そして、手始めに昨日の昼食を任せてみた所、すでにかなりの腕前だったのでお料理の方は殆どお教えする事は無く、やった事が無いと言うパンやお菓子の作り方を少しずつお教えしている。
「考え事、ですか? もしかして、シャル様の・・・?」
「っ! 分かるのですか?」
「ふふっ。だって、ソアヴェさんの口から聞くお話は、あの方の事ばかりですから」
「なっ・・・・・」
「ソアヴェさんは、本当にシャル様の事が大好きなんですね」
「ちょっ、な、何を仰っているのですか? 私は別に・・・そもそも、配下が主人のことを考えるのは普通の事です!」
「ふふっ。そうですね」
私の言葉を聞いているのかいないのか、ピナ様はニコニコと微笑みながらパンをこね続ける。
・・・・・・はぁ。まったく、うちの魔王様も大概ですが、このお姫様も意外と物言いがストレートなんですよね。
それにしても、随分と自然に笑うようになられた。どうやら、もうすっかり緊張や怯えは無くなった様に思える。
他国から見れば、このブルガーニュは武闘派の弱肉強食国家。たとえ魔国で無かったとしても、普通に生きて来た人族が立ち入るには、かなりの緊張と恐怖が伴うはずだ。
だが、ピナ様はそもそも、普通に生きて来られた姫君では無い。
王城の限られた場所でしか生きる事を許されなかった彼女は、ある意味他の人族達より先入観や偏った価値観を持たずに育ったのだろう。
だからこそ、この屋敷での生活や、私達をこんなにも早く受け入れられたのかもしれない。でなければ、どれだけ優しくされた所で、国内外問わずその名が轟く史上最強の魔王、シャンベル・ギブレイを、たったの一日や二日で恐れなくなる訳が無い。
「そう言えば、昨日は私が出て行った後、シャル様とどんなお話をされたんですか?」
なんて、例の如くしっかり盗み聞きしていたので本当は知っているのだけど、ちょっとした仕返しのつもりで問いかけてみる。
「へ? え、えっと、それは・・・な、内緒です」
「がはっ!?」
あっという間に桃色に染まった頬に、慌てて粉のついたその手を添える仕草は、もはや可愛いと言う範疇には収まらない愛らしさだった。
「ソアヴェさん!?」
「・・・お、お気になさらず。少しむせてしまっただけですから」
くっ・・・そ、想像以上の破壊力だわ。
まさかとは思うけど、忌み子がどうのとかはただの口実で、可愛すぎて誰にも見せたく無かったから隔離して育てていたんじゃ無いでしょうね?
まあ、冷静に考えたら貢物にされている時点でそんな事は有り得ない・・・わよね?
・・・・・・にしても、名前を呼び捨てにして欲しいとお願いしただけの事で、こんなにも露骨に照れるなんて、この子はどれだけ純真なのかしら。
ある意味、あのヘタレ魔王様とはお似合いなのかもしれないけれど、この分じゃ、いつまで経っても男女の仲としては進展しないわ。
「あの、ソアヴェさん。それで、このパン生地は後どれくらいこねれば良いのでしょう?」
「え? ああ、そろそろ頃合いですね。もう大丈夫ですよ。後は、容器に入れて明日まで寝かせましょう」
「はい。分かりました」
慣れないながらも丁寧な手つきで生地を容器に入れていくピナ様。流石に料理慣れしているだけあって、飲み込みも早い。
「では、こちらの冷蔵庫にお入れ下さい」
「レイゾウコ?」
私が手で指し示した大型の冷却式食料貯蔵庫、通称『冷蔵庫』を、ピナ様はキョトンと小首を傾げて不思議そうに見やる。
ハイまた可愛ぃ〜。
「昨日も不思議に思ったのですが、この貯蔵庫はもしかして魔道具なのですか?」
「ええ、そうですよ」
「でも、確か魔道具の魔国への輸出は禁じられているはずでは・・・?」
「ああ、そう言う事ですか」
彼女の言う通り、本来魔道具は人族の国で作られ、魔国への持ち出しは人族共通の法で固く禁じられている。
因みに、何故魔道具を作るのが人族の専売特許なのかと言うと、単純に彼らの手先が器用で細かい作業が得意と言うのもあるが、最も大きな理由は、魔法体系の違いにある。
魔族は人族には出来ない、『魔力操作』と言う技能を生まれながらにして持っている。故に、得意不得意はある物の、才能や修練次第で色々な魔法を自力で発動する事が可能だ。
それに対して、人族は魔力操作が出来ない代わりに、『精霊』と言うこの世界の理を司る存在と交信することが出来る。
基本的に一人につき一つの限られた属性のみと言う制約は付くが、その代わり、精霊に捧げる魔力次第では魔族よりも強大な魔法を発動する事が出来、また、精霊を『魔留石』と呼ばれる鉱石に宿らせ、注入した魔力の分だけ半永久的に魔法を持続発動する事が出来る。
と言っても、攻撃魔法など魔力消費の激しいものはすぐに魔力が枯渇してしまうので、用途としてはこの冷蔵庫の様に生活に使う魔道具に埋め込むのが一般的だ。
そして、同じ属性同士の人族は連携して術式を組み上げ、複数の精霊に同時に魔力を捧げる事で、広範囲、高威力の魔法を放つことも出来る。
戦闘に於いて汎用性に優れた魔法を使える魔族と、限られた属性や用途によって絶大な効力を発揮する魔法を使える人族。この世界は、この二つの種族によって別れ、更に国によって細分化され、複雑な様相を呈している。
だからこそ、あの方はこの世界において、最強なのだ。
「この冷蔵庫に限らず、この屋敷にある魔道具は全て、シャル様お手製の品ですよ」
「ええっ!? で、でも、魔道具は人族にしか作れないはず・・・・・・」
「ふふっ。その秘密は、きっと近い内にシャル様ご自身の口から聞かせて頂けると思いますよ」
「シャル様から?」
「はい。きっと」
「そ、そうですか。・・・ふふっ。でも、やっぱりソアヴェさんには、シャル様の事が何でも分かってしまうんですね」
「なっ・・・!?」
・・・・・・やっぱり、侮れないわ。この天然お姫様は。
まさか『冷蔵庫』が魔族と人族の最たる違いを説明するきっかけになるとは・・・。自分で書いている癖に作者にも予想外でしたw
ですが、そろそろ何故シャンベルが『歴代最強の魔王』と呼ばれているのか、しっかりと説明していきたいと思っていたので、良いきっかけになりました。ここから徐々に、バトルパート等も交えて、彼の力についても描いていきたいと思います!
ごゆるりとお付き合い頂ければ幸いです。引き続きよろしくお願い致しますm(__)m
 




