〜鈍感魔王は鬼畜メイドに弄ばれる!?②〜
「取り敢えず、お話は朝食を食べた後に伺います」
と、やたらしどろもどろに照れたり慌てたりと情緒不安定なシャル様を一旦落ち着かせる為、私は朝食の席へと彼を促す。
「う、うむ。ではそうしよう。・・・頂きます」
素直に席に着いて食事を始めた彼を、私はいつもの如く横目に眺める。
「・・・うん。今日も美味いな。特に、このバターとレモンのソースがかかった白身魚のグリルは絶品だ」
「っ! ・・・ありがとう、ございます」
シャル様が何気無く褒めたその一皿は、私が用意した品だった。
「ああ、やっぱりソアヴェの作った品か。お前はいつも、俺がその時食べたい物を作ってくれるな」
「・・・・・・いえ、メイドとして当然の仕事をしているまでです」
・・・・・・まったく。こういう事を無意識にさらりと言ってしまうから、この方はタチが悪いんです。
「そうか。いつもありがとう」
「い、いえ・・・コホン。お食事が終わったのなら、お茶を淹れて来ますね」
くっ! この天然たらし魔王め!
私はかき乱された心を落ち着ける為、一度厨房へ引っ込み、ゆっくりとお茶の支度をする。
はぁ・・・。ピナ様にはああ言ったものの、正直、今でも先程の様にドキりとする事はある。・・・でも、この胸に湧き上がる願いは、絶対に抱いてはならない物だ。
いっそ、シャル様が本当に女たらしのどうしようも無い魔王様なら、妾か、せめて男の欲望を処理する玩具くらいにはして貰えたかもしれない。
でも、あの方は真面目で、どこまでも誠実な魔王様。きっと、良い加減な気持ちで私に手を出す様な真似はしない。と言うか、そんな男ならお慕いする事もきっと無かった。
それに、ただ配下にするのと、女として扱うのでは、周りの見る目は全く違う。
もし、もし仮に、私の様な貴族ですら無い下賤の民を妃に迎えたとあれば、きっとシャル様は国中から・・・いや、世界中から侮られてしまう。
そんな事、私は望んでいない。私はただ、あの方に幸せになって欲しいだけなのだ。
・・・・・・その為なら、自分の願望や欲望なんていくらでもこの身の内に留めておける。
「っと! いけないいけない」
危うくお茶を渋くしてしまう所だった。・・・ダメね。こんな事でウジウジしていては。
私は首を振って気を引き締め直し、お茶を淹れる。
食事や掃除などの給仕は他の使用人達と分担しているが、シャル様に淹れるお茶だけは、必ず私が用意している。
あの方に提供出来る細やかな安らぎだけは他の人に譲りたく無い、のかもしれない・・・我ながら、子供っぽいわね。
「お待たせしました」
私はいつも通りきちんと淹れたお茶を、彼の前に置いたカップへと注ぐ。
「・・・嗚呼、今日も良い香りだ。やっぱり、ソアヴェの淹れた茶は美味いな」
「そう言って頂けるのは嬉しいですが、だったら今後も私がお茶を淹れれば良いのでは? どうしてわざわざご自分で淹れようと思ったのですか?」
「うっ・・・まあ、全くもってその通りなのだが、その・・・・・」
「・・・はぁ。珍しく歯切れが悪いですね。今更、私相手に何を遠慮なさっているんですか?」
「いや、別に遠慮している訳では無いんだが・・・でも、確かに今更だな」
そう言って一度瞑目した彼は、少し逡巡する様子を見せた後、意を決する様にキッと眼を見開く。
「彼女を、笑顔にしたいんだ」
「っ! ・・・・・・そうですか」
・・・彼女とは、何て、問い掛けなくてもそれが誰を指しているのかは分かっている。
「ピナ姫は茶が好きだと言っていたのでな。・・・知っているとは思うが、俺は年頃の娘を楽しませる様な話も出来無いし、そもそも世間話すらままならん有り様だ。だから、せめて彼女が好きな茶を淹れてやれれば、と」
「なるほど。確かに、シャル様は『魔王様』として振る舞ってらっしゃる時以外はトークスキルゼロと言っても過言では無いですからね」
「ぐふっ!?」
ま、この程度の仕返しは当然ですよね?
「・・・ふっ。良いでしょう。本日の公務を終えられた後、お屋敷に戻られてからお教え致します」
「っ! そ、そうか! すまんな。ありがとう、ソアヴェ」
「いいえ。私は、あなた様のメイドですから」
まったく本当に、仕方の無い魔王様ですね。
何だかんだで魔王様のお世話をせずにはいられないメイドさん。・・・・・け、決して都合の良いほにゃらら的なポジにする気は無いんですよ? 彼女にもちゃんと幸せになって欲しいと思ってますよ?
 




