〜鈍感魔王は鬼畜メイドに弄ばれる!?①〜
「・・・・・・ん」
夜が明ける少し前、私は体内時計に従って目を覚ます。メイドたる者、主人の目覚めを最良に整える為に夜明け前から支度を始めるのは当然。
手早く身支度を整え、自室を出た私は、食堂で他のメイド達と朝食の支度を済ませた後、ピナ様のお部屋へと向かった。
気配を殺し、音を立てぬよう細心の注意を払いながら扉を開け・・・ん?
「あの過保護魔王・・・・・・」
扉に手を掛ける直前、僅かに魔力の気配を察知し、改めて『眼』を凝らすと、しっかりトラップの魔法がかけられていた。恐らく、ピナ様が中に居る時、彼女の許可無く入室しようとした者を排除する類いの物だろう。
言うまでも無く、あの過保護でヘタレで・・・実はとても臆病な魔王様が仕掛けた事は、その鮮やかな深紅の魔力光を見ずとも分かる。
故に私は改めて、何の躊躇いも無く扉に手を掛けた。
「・・・やっぱり、ね」
一瞬だけ深紅の光が弾け、そのまま何事も無く扉は開いた。
そう、あの優しい魔王様は、私達にも過保護過ぎる程に過保護なのだ。恐らく、私達が間違って触れても何も起きないよう、緻密に術式を構築して外敵のみに反応するようにしてあるのだろう。
ある意味でそれは信頼なのだろうけれど、主人に余計な手間をかけさせる配下達の気持ちも、もう少し察して欲しいものね・・・・・・・
「はぁ・・・。言っても聞かないだろうから、どうしようも無いのだけど」
私は小さくため息を吐いて、部屋の奥へと足を運ぶ。
そして、天蓋付きの瀟洒なベッドに横たわるピナ様の様子を確認した。
「・・・・・・すぅ・・・すぅ・・・」
「・・・今日はゆっくりとお休みになれた様ですね」
穏やかな寝息をたて、抱き枕の様に毛布を抱きしめながら眠る彼女の様子に、私は思わず笑みが溢れる。
昨日の朝の様子から見るに、初日は食事やお風呂で多少安らいだとは言え、まだ緊張や不安もあってか、あまり熟睡は出来ていなかった様に見受けた。
・・・・・・やっぱり、改めてゆっくりシャル様とお話し出来たのが効いたのかしらね。
国内外問わずあの方は冷酷無比、傍若無人な魔王と思われているし、本人が意図的にそう思われるよう仕向けていたりもするけれど、素のあの方と触れ合えば、それが偽りだと言う事は嫌でも分かる。
『魔王』という鎧を取り去ってしまえば、シャル様はどうしようも無く繊細で優しい、普通の男の子。
その人柄を知ってしまえば、たとえ強大な力を持つ歴代最強の魔王だとしても、怯える様な相手では無いと理解するはずだ。
実際、昨日のピナ姫は遠慮や戸惑いこそあれ、シャル様に対する怯えはもう無いように見受けた。
それどころか、初めて出会った自分を大切にしてくれる存在に少しでも近づこうと頑張っていた。
「焦らなくて良いから、少しずつでもあの方のお心に寄り添って下さいね。ピナ様」
私は聞こえないと分かっていて小声でそう言うと、再び音を立てず彼女の部屋を後にした。
「・・・・・・ふぅ。さて、ピナ様はもう大丈夫そうですし、次はあのヘタレ魔王様ですね」
その足でシャル様の部屋へと向かった私は、今度は扉を控えめにノックする。
「入れ」
いつも通り、シャル様は短く返事をして私の入室を許可する。
「失礼します。・・・本日も、寝ておられないのですか?」
「そんな事は無い。必要な睡眠は取っているぞ」
嘘だ。・・・いや、シャル様に嘘を言っている自覚は、きっと無い。
だが、こんな早朝から執務机に並べられた書類に目を通している所を見るに、まともな睡眠なんて取っていないだろう。
本当は知っている。彼が本棚の前で独り言を繰り返しているのも、寝る間も惜しんでチェス盤に向かい合っているのも、きっと国政に必要な数多の勉強や今後の外交について考え込んでいるのだと。
どうして神様は、誰よりも優しい彼に、誰よりも強い力を与えてしまったのだろう?
シャル様は追放した妹君の事を想って心を痛めているけれど、私は、『魔王』なんて呪いを受けずに済んだ彼女は、寧ろ幸運なんじゃ無いかとすら思う。
出会ってから七年。七年だ。私がずっと見続けている彼は、常に苦しみ、足掻き、その上でたゆまぬ努力を続けながら、『歴代最強の魔王』としてこの国に君臨し続けている。
もっと半端な力なら、こんなにも辛い道のりは歩まずに済んだはずだ。
本当に冷酷無比で傍若無人な魔王になれれば、こんなにも苦しまずに済んだはずだ。
きっと、賢い物達は気づいている。誰よりも強大な力を振るう魔王である彼が、誰よりも殺していない魔王である事に。
そして、気付かれている事にシャル様も気づいている。
彼は、そんな者達を利用し、利用され、危うい均衡を保ちながら罪無き者の死を減らし続けて来た。
その代償に、自分の心身をボロボロになるまで削りながら。
「・・・そうですか。朝食の支度が出来ておりますが、如何しますか?」
それでも、私はこれ以上何も言わない。
私はメイド。歴代最高の魔王の配下だ。彼の選んだ道に口を挟む様な愚は犯さない。
ただその大きな背中を支え、付き従うのみ。
「ああ、もうそんな時間か。せっかくだ。温かい内に頂こう」
「かしこまりました」
恭しく私が頭を垂れると、シャル様は仕事に一区切りをつけ立ち上がる。
そのまま連れ立って食堂に向かう道すがら、何やら彼からそわそわと落ち着かない気配を感じた。
「どうかされましたか?」
「あ、ああ、いや・・・その、ソアヴェに少し、頼みたい事があってな」
「私に?」
改まって頼み事なんて、どうしたのだろうか? ・・・いや、わざわざ彼が私に『命令』では無く『頼み事』をして来る案件なんて、一つしか無い、か。
「ピナ様の事について、何か聞きたいことでもあるのですか?」
「なっ!? なぜ分かった!?」
「なぜって・・・。他に何があると言うのですか?」
本当に、分かり易い人。
「こ、コホン! いや、彼女についてと言うより、彼女の為、と言うか・・・・・・」
「はい?」
あまりにハッキリとしないその物言いに若干イラッとした私は、さっさと要点を述べろと言う意思を込めた相槌を打つ。
「その、茶の淹れ方を、教えて欲しい」
「・・・・・・は?」
最強で聡明で優しい私の魔王様は、残念ながら男女のあれこれではどうしようも無く遠回りせずにはいられないらしい。
今回はソアヴェ視点から魔王を弄り倒していきたいと思いますww
 




