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〜距離感を掴めない魔王と姫君③〜 名。/下


「良かったですね。シャル様。やっと私達以外にお名前で呼んで下さる方が現れて。これで、本棚の前で独り言をぶつぶつ呟いたり、黙々と一晩中チェスの駒を動かす時間も少しは減れば良いのですが・・・・・・」


「ぶふぅっっっっっっ!? ごほっ! ごほっ! う、うおおおおい!? い、いきなり何言い出すんだお前は!? と言うかまだ居たのかよ!」


 和やかな茶の席にいきなりとんでも無い爆弾をぶち込んでくれたソアヴェに、俺は盛大にむせながらツッコむ。


「シャル様。お行儀が悪いですよ?」


「このっ・・・・そもそもお前、何で俺が部屋で一人の時にやってる事を知っているんだ?」


「シャル様のメイドたる者、その程度のこと把握出来なくてどうします?」


「いや普通に怖いわ! ・・・?」


 と、俺が再びソアヴェに食ってかかっていると、何やらピナ姫が俯いて肩を揺らしているのが目に入る。


 しまった! 大きい声を出し過ぎて、また怯えさせてしまったか・・・?


「・・・・・・ふっ・・・・ふふっ」


「ピ、ピナ姫?」


 と、俺が恐る恐る問いかけると、彼女は俯くのを()め、顔をこちらに向ける。


「ふふっ・・・申し訳ありません。シャル様」


「っ!?」


 だが何と、怯えで震えているのではと思っていたその顔は、笑っていた。


 しかも、上品に口元に手こそ添えているものの、先程の様な儚げなそれでは無く、屈託の無い笑顔だ。


「何だか、お二人のやり取りが楽しげで可笑しくって、つい笑ってしまいました」


「あ、ああ・・・・・・」


 そうか、この子は、本当はこんな顔で笑うのだな・・・。


 何て、何て眩しい笑顔だろうか。暗闇ばかり見てきた俺の瞳なんて、一瞬で眩み焼かれてしまいそうだ。


 なのに、いつまでも、いつまでもこうして見ていたくなるのは、何故だろうか?


「あ・・・も、申し訳ありません! 私、とても失礼な事を・・・」


「・・・へ? あ、ああいや、別にそれは構わんのだが・・・・・・って痛っ!?」


 ピナ姫の笑顔に見惚(みと)れていると、いきなり背中に痛みが走る。・・・これは、つねられている?


 思わず振り返ると、何故かソアヴェが俺を虫ケラを見る様な瞳で睥睨(へいげい)していた。お、俺、一応魔王様だよ? 魔王様だよ・・・な?


「(何を惚けているのですか。このドヘタレの極み魔王様)」


「い、いきなり何だよ? と言うか、何故小声? って痛っ!?」


 耳元で不名誉極まりない二つ名を囁かれた身としては当然の疑問を口にしただけなのに、今度は先程より数倍強い力で万力の如く背中の肉をつねられる。


 ・・・痛い。


「(思った事があるのなら、そのまま口に出せば良いのです。その方が、女の子は嬉しい物なのですよ)」


「っ!?」


 つ、つまりソアヴェはこう言いたいのか? 今俺が彼女の笑顔を見て思った、『眩しい』とか、『いつまでも見ていたい』とか、そういう言葉をそのまま彼女に言えと?


「って言えるか!」


 どこの女たらしだそのキザ野郎は!


「はぁ・・・・・・。まったく、だからあなたはいつまで経っても童て」


「それ以上は言うな!」


 ま、まったく! 年頃の淑女が何て事を口にしようをしてるんだ! ・・・まあ、こいつメイドの癖に全然貞淑でも何でも無いから淑女と言うのは語弊がある気もするが、言ったらまたつねられそうだから黙っとこう。


「ふふっ。やっぱり、お二人はとても仲がよろしいのですね」


「ただの腐れ縁だ。まったく・・・」


「あら、気に入らないならいつでも捨てればよろしい物を、私を手放さなかったのはシャル様の方では?」


「ぐっ、ぐぬっ・・・・・・」


 ・・・こいつ、俺がそんな事出来ないの分かってて言ってやがるな? 


「でも、少し羨ましいです。私には、そんな風に親しい使用人の方も、心を預けられる主人(あるじ)も居ませんでしたから」


「っ・・・・・・」


 笑顔にどこか寂しげな影が差したピナ姫に、俺は何と言葉をかけて良いか分からず口籠る。


 だが、ここで何も言えなければそれこそヘタレだ! 今こそ魔王の本気を見せる時! 立ち上がれシャンベル・ギブレイ! 彼女が今最も欲している言葉を言って見せろ!


「ピナ姫! そんな・・・」


「そんな事を仰らないで下さい、ピナ様。これからは、私やシャル様がお側に居ます。いつでも、こうしてお茶を嗜んだり、またお料理を振る舞って差し上げる事も出来るのですよ」


 ってお前が言うんかーい! 


「あ、ありがとうございます! ソアヴェさん!」


「こんな事でお礼など不要です。私達はもう、お風呂にも一緒に入った仲ではありませんか。(・・・ふっ)」


「んなぁっ!?」


 こ、こいつ、俺のセリフを奪った挙げ句、あからさまにマウント取りに来やがった!? と言うか、お風呂って何!? こいつ初日からどこまで踏み込んでんの!?


「ソ、ソアヴェさん!? お、お風呂に入った事はその、シャル様には・・・」


「おっと、口が滑ってしまいました。私とした事が申し訳ありません。オホホ」


 嘘だ。絶対わざとだ。


「も、もうっ!」


「ふふふっ」


「・・・・・・」


 え? 何これ? お茶してるのは俺とピナ姫の筈なのに、何で俺、蚊帳の外なの? 魔王って影薄い奴の代名詞か何かだったっけ?


「・・・さて。もう十分にシャル様をいたぶり、じゃなくて、お膳立てはして差し上げましたし、私はそろそろ失礼しますので、後はお二人でごゆるりと」


「おい? 今完全にいたぶりって言ったよな? と言うか後半も十分過ぎるほどに訂正するべきだからな? 現在進行形で失礼してるからな?」


「お茶のお代わりは後ほどお持ちしますので」


 主人であるはずの俺の言葉を華麗にスルーして、ソアヴェはそそくさと休憩室を後にした。


 ・・・にしてもあいつ、元々ここ最近は俺に対して遠慮が無くなっていたが、今日は特に辛辣だったな。俺、もしかして何かしたか?


「・・・はぁ。分からん」


「シャル様?」


「ああ、いや、何でも無いんだ。それよりすまんな。・・・ソアヴェが、その、色々と迷惑をかけている様で」


「い、いえ! ソアヴェさんはとても良くして下さってます! 今日も、この服を用意して頂いたり、お食事の準備を手伝って頂きました。本当に、あの方は素晴らしいメイドさんですね」


「まあ、優秀である事は認めざるを得んな。特に教えた訳でも無いのに、いつの間にか仕事もしっかり覚えていたし。・・・昔は、もっと素直で従順な配下だったんだがなぁ」


 何がどうしてああなったのか・・・。俺は何か教育を間違っただろうか?


「・・・・・・(それは、シャル様にも若干の責任がおありかもしれませんが)」


「ん? 何か言ったか?」


「い、いえ! え、ええと、でも、お名前で呼び合う主従なんて、とても素敵だと思います! 母国の王城では、使用人の方を王族や貴族が名前で呼んでいる所なんて、見た事がありませんから。もちろん、その逆はもっと有り得ませんでした」


「別にそんな大した事じゃ無いさ。あいつらは、古参の幹部共と違って俺が直接配下にした連中だからな。名を呼ぶ事で信頼を示せるなら、安い物だ。俺の名を呼ばせているのは、俺がその方が気楽に過ごせるからだ。魔王城と同じ様に『魔王様』だの『魔王陛下』だの呼ばれたんじゃ、せっかく離れの屋敷で暮らしているのに、気が休まらないだろ?」


「・・・やっぱり、少し羨ましいです」


「え?」


「私は昨日こちらに迎えて頂いたばかりですし、そう呼ばれるのが当たり前なので、筋違いだとは分かっているのですが・・・・・・その、もし、もしシャル様が呼んでも良いと思った時には、私の事も、()()、と、そうお呼び頂けませんでしょうか?」


「え、ええと、それはつまり、呼び捨てにしろ、と?」


「あ、でも! 無理に呼んで頂きたい訳では無いのです! ・・・ただ、いつか、そう呼んで頂けたら、凄く、嬉しいです」


「っ・・・・・・!」


 頬を淡く桃色に染め、少しだけ顔を逸らして俯く彼女は、この世界に咲くどんな花よりも可憐に見えて、俺は再び見惚れて絶句してしまった。


 ・・・・・・でも。


「わ、分かった。・・・・・・その、考えておく」


「! ・・・はい。ありがとうございます」


 嬉しそうに微笑む彼女の顔を見て、俺はどうしようも無く罪悪感で胸が締め付けられる。


 だって、きっと・・・・・・俺には、彼女を呼び捨てにする資格も、彼女が言う()()()を考える資格も、有りはしないから。


二人の和やかな時間になるはずが、メイドさんに盛大に引っ掻き回されてしまいましたねw まあ、これはこれで彼女の優しさの様な気もしますが、半分は別の何かな気もしますw


とは言え、ちょっとだけ魔王と姫君の関係は前に進んだ気はしますね。最後はなんだかちょっと厨二切ない感じになってしまいましたが、作者的にはやはりシャンベルの抱えている物やその背景はしっかり描いて行きたいと思っておりますので、読んで下さっている皆様にもじっくりお付き合い頂けると幸いです!

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