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〜過保護な魔王と残念な配下〜


 ソアヴェにピナ姫を任せた俺は、彼女の来訪で中断していた仕事の残りを片付ける為、再び魔王城へと戻り、執務室に篭っていた。


 ・・・・・・安心して任せたつもりだが、あいつ、ピナ姫に変な事吹き込んで無いだろうな?


「ん? 入れ」


 今更ながら若干の不安を抱いていると、入り口の外に配下の気配を感じる。


「失礼致します」


 音も無く扉を開けて入って来たのは、切れ長な目蓋が特徴的な長身青髪の青年。肌も色白で、一見人族と見まごう容姿だが、頭に生える捻じ曲がった二本の角が、彼が魔族である事をありありと伝えてくる。


「ご苦労、カベルネ。首尾はどうだ?」


「は! 我が主人(あるじ)。先の連合軍撃退により、参画していた国家は剣を引く決意をした様です。・・・しかし、やはりどの国の元老院も、軍事を利用した徴税や国民へのパフォーマンスをやめるつもりは無い様子」


 俺に声を掛けられた途端、カベルネは無駄にキレッキレの動きで(ひざまず)くと、低く良く通る声で密偵調査の結果を報告する。


「ま、そうだろうな。まったく・・・。それはそれとして、その『我が主人』、とか、無駄に洗練された所作はどうにかならないのか?」


 彼もまた、ソアヴェと同様七年前に配下として迎えた孤児の一人なのだが、抜群の戦闘センスと人族に近いその容姿を生かし、密偵として他国への潜入調査や工作活動に勤しんで貰っている。


 ・・・のだが、その優秀な能力や仕事熱心な性格の反面、痛々しい言動や所作が年々酷くなっており、正直同じ年頃の男として見ていられない。


「麗しき我が主人の命とあれば、今すぐにでもやめる所存。ならばこれからは、紅蓮の覇者シャンベル皇帝、とお呼びしても?」


「っ!? ・・・お、俺が悪かった。今まで通りで頼む」


「は! ありがたき幸せ!」


「はぁ・・・・・・」


 ソアヴェの辛辣な言動もどうかと思うが、こいつはこいつで厄介なんだよなぁ・・・。おまけに二人とも優秀だから尚更タチが悪いし。どうしてこうなった? 出会った頃はもっと普通だったよね?


「・・・我が主人。やはり、再び()()()()()()()()おつもりで?」


「ああ。威嚇や交渉だけで済むならそれに越した事は無いが・・・・・・残念ながら、口で言っても分からない連中には、手を下さざるを得んだろうな」


「でしたら! 私に御命じ下さい! 我が国の敵、いえ、世界の害悪共は一人残らず、この手で屠ってご覧にいれます!」


「ならん。同じ事を何度も言わせるな」


「くっ・・・・・・」


 俺の厳しい声に、カベルネは言葉を詰まらせる。・・・だが、これだけは譲るわけにはいかない。


「お前達に他者を殺める事を許すのは、その身に危険が降りかかった時だけだ。・・・・・・このブルガーニュで、国益の為に手を汚す魔族は、俺で最後にする」


「・・・・・・ですが、()()はあなたの役に立ちたくて配下になったのです。なのに結局、守られてばかりではないですか」


 カベルネは感情が昂っているせいか口調も素に戻り、血が出るほど強く掌を握り締める。


「勘違いするな。役割の問題だ。国民や配下を守るのは魔王である俺の仕事だ。お前達は、そんな俺を良く支えてくれている。十分過ぎる程にな。だから、そう自分を傷つける様な真似はやめてくれ」


「・・・・・・は」


 苦笑しながら諭すと、カベルネはまだ不満げではある物の頷いてくれる。


 ・・・ふっ。忠義に厚すぎる配下というのも困り物だが、なかなかどうして、彼らの様な者達をこの手で守れるのなら、魔王も悪くは無いと思えるのだから不思議だ。


「ん? 外にまた誰か来たな。・・・げっ、この気配は」


「私が扉を」


 カベルネは即座に表情を普段の怜悧な物に戻し、外の気配を確認してから扉を開ける。


「御前、失礼致します。魔王様」


「・・・ああ。グリュナー侯爵。何か急ぎの用か?」


 深々と一礼してから扉を潜ったのは、顔に深いシワを幾つも刻んだ背の低い老人、フェルト・グリュナー侯爵だ。


 枯れ木の様に見えて、その頭から伸びる太く猛々しい一本角と、老人と言うには余りに力強い眼光が、歴戦の猛者である事を嫌でも分からせる。


「急ぎと言う訳ではございません。ただ・・・」


 グリュナー侯爵はそこで一度言葉を切り、カベルネにあからさまに不快そうな視線を送る。


 まるで、出て行けと言わんばかりに。


 ・・・ったく。この爺さんはコレだから苦手なんだ。


「侯爵。カベルネは我が腹心。(まつりごと)の話なら、聞かせても問題あるまい」


「恐れながら、かつての戦で功を上げた一族でも無い者共を、我々貴族と同じあなた様の配下と認めるにはこのフェルト・グリュナー、些か老いすぎております故」


「このブルガーニュは武闘派であると同時に実力主義国家。血筋や戦の功を軽んじろとは言わんが、今現在この国、そして俺の役に立っている者を配下と認めぬと言うのであれば、それはもう我が国にあらず。そうは思わんか?」


「はぁ・・・。ほぼ全ての国政をお一人でこなしておきながら、誰が今あなた様のお役に立っていると? 面倒な外交など()め、戦で敵国を滅ぼす方が余程あなた様のご負担も減ると言う物でしょう」


「そして、俺に世界の全てを滅ぼさせる気か?」


「っ!」


「・・・グリュナー。貴様は老いてはいても、馬鹿では無い。魔族である俺達にしか出来ない事がある様に、人族にしか出来ない事もあると、頭では理解しているだろう。疫病、天変地異、或いは遥か彼方から来訪するかもしれん未知の敵。この先、国を脅かす可能性のある物は幾つもある。その時、手を取り合う者の居なくなった世界で、どうやって国を守る?」


「・・・・・・」


「妹と義母、たった二人の家族も守れなかった俺の様な無力な魔王一人居たところで、世界に牙を剥かれてしまえばこんな小さな国一つ、あっという間に滅んでしまう。多少面倒でも、いざと言う時に使える物をこの手で滅ぼすよりはずっとマシだ」


「・・・はぁ。まだ、あの方々の事を想っておられるのですか」


「心配するな。俺はこのブルガーニュの魔王、シャンベル・ギブレイだ。呪われしこの血に誓って、命ある限り国と民を守り抜いてみせる」


「敵国を滅ぼすのでは無く、自国を守る・・・・・・その様な誓いを立てた魔王様は、この国ではあなた様が初めてでございましょう」


 グリュナーは少しの間、瞑目して黙り込む。だが、すぐにまた眼光鋭いその瞳と共に口を開いた。


「では、あの姫を受け入れなさったのも、外交の一環だと?」


「・・・なるほど。要件はそれか」


「恐れながら、あなた様に比べれば知恵浅きこの身なれど、少々きな臭く感じております。バルドーは古き時より戦を好まぬ国。それが先の連合軍に急に参画したかと思えば、あっさりと手の平を返し、王族の姫を貢物に送りつけて来るなど、不自然と言う他ありますまい」


 グリュナーはこの国の魔族らしい血の気の多さや高い貴族意識こそあるが、他の幹部共と違い冷静に物事を判断できる聡明さも併せ持っている。


 ソアヴェやカベルネの様に全幅の信頼を置く事は出来ないが、油断ならない分頼りにはなる配下だ。こういった厄介な事案が舞い込んで来た時、彼の言葉は俺自身の考えをまとめるのにも非常に役立ってくれる。


「やはりお前もそう思うか。あの国は、他国に比べて交戦歴も少なく、俺の代になってからは一度も戦をしていなかった故、今までろくに調査もせず捨て置いたのだがな・・・。ここに来てこの大胆な行動だ。()()()()、と見るべきだろう」


「如何にも。血祭りにこそ上げずとも、あの姫君はそのまま送り返すのが良いかと、この老いぼれは愚考しますが、魔王様には何か別のお考えがおありで?」


「うっ・・・」


 い、言えない・・・。一目惚れしたから身の安全が保証出来るまで送り返すつもりは無かった、なんて。しかも、帰っても居場所が無いとか言ってるし。


 ・・・まあ、どの道? 私情とは別にしても暫くは屋敷で面倒見たいんだよなぁ。本当だよ?


「ん? ・・・まさかとは思いますが、あの姫を気に入られ、本気で妃に迎えようなどと考えてはおりますまいな?」


 鋭いなこのジジイ!? そういうとこが頼りになるんだぞコンチクショウ!


「・・・・・・世迷言を。人族の妃など迎えて何になる。アレを屋敷に置いているのは、様子を見る為だ」


 くっ・・・心が、心が軋むぅ!


「左様でございましたか。これは大変な失礼を。・・・して、様子見とはどのような?」


 口ではそう言いつつも、完全に目はまだ疑っている侯爵。・・・むぅ。やはり手強いな。


 だが、何も本当に好意だけで彼女を匿っている訳では無い。俺は、自分の考えを侯爵にも語ることにした。


「あれは王族でありながら、その魔族に近しい黒い瞳と髪という容姿を持って生まれたせいで、『忌み子』と蔑まれ、迫害されていたそうだ」


「忌み子? ・・・そう言えば、人族にはその様な風習があると聞いた事が。奴らよりも魔力の識別に優れた我々からすれば、容姿の差異など大した問題ではありませんが、奴らはその様な事で子を貶めるのですね」


「ああ。俺にも理解できないが、どうやらそのようだな。だが、あの姫は本来人知れず殺される筈だったにも関わらず、魔王への貢物とする為、隠れて今まで育てられたそうだ」


「何と・・・・・・」


「ここでまた一つ、妙だと思わんか? 歳は聞いていないが、恐らく俺とそう変わらんだろう。同じか、一つ二つ下と言った所か。・・・そう、()()()()()()()だ」


「まさか、最初からシャンベル様へ捧げる為、今まで飼われていたと?」


「断定は出来ん。だが、この不穏な動きの影に、まだ何が潜んでいるか分からん。どうせなら、全て炙り出してから、この国に害を為す様ならその()()ことごとく滅ぼす。その方が後の憂いも絶てると言う物だろう?」


 俺の言葉を聞いて、再び侯爵は瞑目する。先程より長く、ゆっくりと考えを纏めているのだろう。


 だが、それが終わると、全てを呑み込んだ顔で俺に向き直った。


「・・・・・承知致しました。では、この老いぼれめにも、何か出来る事は?」


「話が早くて助かる。グリュナー侯爵には、使者としてバルドーに赴いて貰いたい。そして、同盟の件は保留とし、貢物への対価としては、あの姫を預かっている間、彼の国への攻撃はしない、と言う約定を交わすと伝えてくれ。もちろん、あちらから手を出して来た際には、その限りでは無いともな」


「心得ました」


「頼んだ。貴殿は他国にも名の轟く歴戦の幹部。使者としてはこれ以上無い贅沢な人選だが、故に、向こうもそうそう下手な返事は出来まい」


「老兵にはもったい無きお言葉。・・・して、真の狙いは?」


「交渉を囮に、このカベルネを潜入させる。王族の内情から他国との繋がりまで、すべからく調べて来させる。・・・出来るな?」


「は! このカベルネ、腹心として必ずや我が主人のご期待に添えて見せましょう!」


「う、うむ」


 俺に腹心と言われてから何やらそわそわしている気配は感じていたが・・・よっぽど嬉しかったのか、滅茶苦茶張り切った返事だな。いつも以上にキレッキレな動きだし。


 因みに、侯爵は俺に見えないようこっそりと溜息を吐いていた。ごめんね。こんな風に育てた覚えはないけど、多分俺のせいでこの子はこうなっちゃったんですよ・・・。

 

「では、グリュナー、カベルネ。二人には早速明日にでも城を発ち、バルドーに向かって貰う。改めて、頼んだぞ」


「「は!」」


 侯爵は慇懃に、カベルネはキレッキレに一礼して、執務室を後にした。


 ・・・・・・ふう。あの二人、国政においては本当に有能なんだが、癖が強すぎて毎回相手するのがホント疲れる。


 まあこれで、バルドーの内情が分かればピナ姫にしてやれる事も増えるだろうし、あの二人に任せておけば一先ずは安心だ。・・・・・・安心、だよな?

遂にモブじゃない男キャラが登場です! 個人的にはハーレムも勿論大好物なのですが、男性キャラ同士のコミカルな絡みとかも好きなんですよね。という事で、シリアスな話も混ぜつつ描いてしまうと今回の様に長くなる事もありますが、楽しんで読んでいただけると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] カベルネ良いキャラしてるな。 もっと見たくて応援してしまう!
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