〜お世話され慣れていない姫とお世話したいメイド長④〜
「・・・とまあ、かなり強引に私達はシャル様に自分を押し売りして、何とか仕えさせて頂く事になったのです」
ちょうどピナ様の身体を流し終えたタイミングで、私の話もキリの良い所まで終える事が出来た。
「そんな出会いだったので、シャル様は私達には外でする様な魔王然とした態度は殆ど取られませんし、私達もあのお方がこのお屋敷に居る間は、少しでも気を緩めて下さる様に、砕けた接し方をさせて頂いております」
「そう、だったんですね・・・・・・」
ピナ様は今のお話を聞いて思う所があったのか、俯いたまま黙り込んでしまった。
「さあさあ、ここに座ったままでは身体も冷えてしまいますし、どうぞお湯に浸かってゆっくりとお身体を温めて下さい」
「・・・はい」
か細い声でそう返事をすると、彼女はゆっくりとした足取りで湯船に向かい、その華奢な身体を沈める。
私は手早く自分の身体を洗い、すぐに彼女の後を追って、失礼かとは思いながらも敢えて隣に腰掛けた。
「どうか、されましたか?」
「・・・私、自分の事を不幸だと思っていたんです」
「・・・・・・」
休憩室の話をしっかりと盗み聞きしていたので、ピナ様が何を言おうとしているのか、おおよその想像は出来た。
でも私は、敢えて彼女に全てを話してもらおうと、無言で続きを促す。
「貧民街は母国にもありますし、当然、奴隷や孤児の方も沢山いる事は、知識としては知っていました。・・・でも、彼らがどんな暮らしをしているのか、どの様に虐げられているのか、私は何も、何も知らなかったのです! 知ろうとも、しなかった・・・・・・」
「それは仕方のない事だと思います。・・・痛みや苦しみは、当事者にしか分かり得ない物でしょうから」
私の言葉を聞いても、ピナ様は首を横に振るばかりで、顔に暗い影を落としたまま、吐き出す様に言葉を並べる。
「魔王様の事だってそうです! ・・・ご家族との争いを強いられた上に、少しでも国を良くしようと幼い頃からその心身を削って戦って来たあの方に、あろう事か私は、まるで、まるで化け物を前にした様に怯える事しか出来なかった! 少しもあの方の事を知ろうともせず、ただ上部だけの印象や他人の言葉に流されて、とても酷い態度を・・・・・・」
「いえ、それはまあ、半分はシャル様の自業自得と言うか・・・。無用な争いを避ける為とはいえ、敢えて凶悪な力を誇示する事で国を治めたり、他国にも牽制の為に派手な殲滅魔法をぶっ放して怯えさせたりと、やってる事自体は文字通り魔王その物ですから。初対面で怯えるのはどうしようもありません」
本当に不器用と言うか、要領の良いやり方を選べないのよね。あの真面目が服を着て歩いている様な魔王様は。・・・って、今更ながら本当に変な魔王ね。まあ、そこが良い所でもあるから、タチが悪いのだけど。
「それでも! ・・・きっと、きっと、私はあの方を傷付けてしまった。王族として扱われていなかったと言うだけで、何不自由の無い暮らしをただ安穏と享受していた癖に、まるで、自分が一番不幸だとでも言いたげな顔であの方とお話しして・・・・・・」
苦しそうに胸を押さえて、その大きな瞳からポロポロと涙を零すピナ様を見て、私は思わず、笑ってしまった。
「・・・良かった。あなたが、あの方の為に涙を流してくれる人で」
「え・・・?」
茫然と私の方を見たピナ様に、私は淡々と言葉を紡ぐ。
「もし、今ピナ様がご自分で仰った様に、不幸顔でいつまでも魔王様に怯えている様な方なら、私は間違い無く、あらゆる手段を使ってあなたを早々にこのお屋敷から排除していました」
「っ!」
「私達の魔王様を苦しめるだけの方なんて、このお屋敷に必要ありませんから。・・・でも、あなたは違った。すぐに自分の過ちに気付いて、あの方を想い涙を流して下さいました」
「そんな・・・。私はただ、自分の行いが余りにも罪深くて、苦しくなって・・・・・・」
「ピナ様。幸せも不幸も、誰かと比べる事に、意味なんて無いのですよ」
「っ・・・・・・」
「今あなたがどう思っているか、どう感じているか。大事なのは、ただそれだけなのです。私の下手な昔話を聞いて、もしピナ様が、シャル様の事をもっと知りたいと思って下さったなら、それを行動で示して下さい」
「行動・・・・・・」
「そうすれば、あのお方は必ず応えて下さいます。・・・ただ、頭も良いし気も使えるくせに、残念ながら異性のことに関してはとんだ朴念仁なので、もしも好意を抱いた際は相当苦労されるかと思いますが」
私が苦笑しながらそう言うと、ピナ様は少しだけ強張った表情を和らげ、涙を拭って再び私に向き直る。
「そ、その、ソアヴェさんはやはり、魔王様の事をお慕いしておられるのですか?」
「・・・・・恥ずかしながら、出会いが出会いでしたので、そういう時期は私にもありましたね。でも、あの方は鈍感過ぎて余りにも相手にされないので、今は殆ど尊敬の念と親愛の情に変わってしまいました」
「は、はぁ」
「具体的に言うと、わざと着替えを目撃させたり、男湯と女湯を間違えたフリをして湯あみ中に突撃したり、果ては寝所に潜り込んだりと、それはもう色々と試してみたのですが・・・・・・」
「(ゴクリ・・・)」
「シャル様は私の事を犬猫とでも思っているのか、顔色一つ変えずに、『そんな格好をしていると風邪を引くぞ?』とか、『俺は先に出るから、ゆっくり湯に浸かって休め』とか、『部屋が寒かったのか? なら、この毛布を持って行け。俺は魔法で暖を取れるから構わない』とか、当たり前の様に言いやがるのですよ! どう思います!? 自分で言うのもなんですが、その頃には既にそこそこ身体も成長していたんですよ! それを勇気を出して捧げる気満々だったのに、あのヘタレ鈍感魔王と来たら・・・・・・!」
私は自分の胸を上げたり寄せたりしながら、ギリギリと歯軋りを大浴場に響かせた。
「ソ、ソアヴェさん落ち着いて!? ・・・・・で、でも、それは確かに、同じ女性としては辛い物を感じてしまいますね」
「・・・失礼。取り乱しました。ですが、共感して頂けて何よりです。まあ、そういった事には本当にどうしようも無く疎くてダメな方ですが・・・・・・でも、それでもお側に仕え続けたいと思える、最高の魔王様ですよ。とっても悔しいですけど」
そう締めくくり、私が笑顔を見せると、ピナ様もまた、柔らかく淡い笑みを浮かべて、私を見ていた。
「はい。良く分かりました。・・・・・・その、魔王様のお時間がある時に、今度は私の方からお茶にお誘いしてみます」
「それはとても素晴らしいお申し出ですね。美味しいお茶とお菓子をご用意しておきます」
「ありがとうございます。ソアヴェさん。・・・ふふっ」
「ふふっ」
何だかおかしくなって来た私達は、大浴場に囁く様な、けれど確かに楽しげな笑い声を、暫く響かせ続けた。
・・・・・・やっぱり、少し悔しい思いもあるけれど、彼女が私達の魔王様を救う姫君になってくれるのなら、私は、どんな協力も惜しまないと、この時、固く心に誓ったのだった。
一先ず、メイドさんと姫君のお話は一旦ここまでとなります。いやぁ、思いの外長くなってしまいましたが、ヒロイン同士の仲が深まるのはかなり好きな展開なので、描けて幸せでした!
次回は新章、と言うほど大袈裟ではありませんが、再び魔王様サイドからお話を書いて行こうかと思っておりますので、引き続きお読みいただければ嬉しいです。




