〜託された願い〜
血塗れでぐったりと壁に背を預けるロマネを見下ろしながら、俺は茫然と立ち尽くす。
奴の目的は最初から一つ。母の蘇生だった。・・・・・今までの事も全て、その手段として俺を完全な霊王に覚醒させる為に必要だったのだろうと、頭では理解出来る。
それでも、俺はっ・・・・・。
「シャル。どうか顔を上げて」
「義母様・・・?」
「私もね、全て知っていたの」
「・・・・・・・そうなの、ですね」
確信は無かったが、何となく、そんな気はしていた。
俺が魔王になったあの日、義母様は覚悟と悲哀に満ちた顔で、俺たちを送り出した。
きっと、ロマネの行動の意味も、その目的も知った上で、最後まで葛藤していたのだろう。
「私たちは許されない事をした。貴方の罪は、全て私たちの罪。だからお願い。全てを背負うのは、もうやめて? シャルが国と、私やピニーの為に今までしてきた事は、何一つ間違っていないわ」
「・・・・・・いえ。たとえ全てが仕組まれた事だったとしても、俺は選んだ。その結果は、俺自身が受け止めるべきものです」
「ごほっ! ・・・・・・そりゃ違うだろ。馬鹿息子」
「っ!? 貴様、意識が・・・・」
そう易々と起き上がれない程に痛めつけた筈のロマネが、口の中に溜まった血を吐き出して、飄々と起き上がって来る。・・・・いや、この男の事だ。意識してか無意識かは分からんが、魔力操作で部分的に強化して致命的なダメージは辛うじて避けていたと考えるべきだろう。
「お前が選んだんじゃない。俺が選ばせた。そこに居るヴォーネにも、お前がそういう甘ちゃんに育つよう教育させてたんだ。寧ろ驚いたくらいだぜ? てっきり、あの場にいた無能な部下どもは皆殺しにすると思ってたからな。まさか半分も残すとは・・・・・」
「だから何だと言うんだ。半分だろうが皆殺しだろうが、俺が他人の命を奪う道を選んだ事に変わりは無い」
「違う。お前は、少しでも生かす道を選んだ。それが正しい答えだ」
「なっ・・・・・」
奴の言葉など、本来なら歯牙にもかけず無視する筈が、俺は動揺してしまった。
そう。揺れてしまったのだ。目の前に差し出された、詭弁でしかないその免罪符に。
「生かした連中の面倒を見るのはさぞ苦労しただろうよ。グリュナー辺りはともかく、他は戦って奪うしか脳の無いゴミ屑しかあの場には居なかったからな」
「皆、他の生き方を今まで知らなかっただけだ。それをこれから教え導いて行くのが、魔王たる俺の責務でもある。それでも変わらない者たちを、粛正する事も含めてな。だから、この手はこれからも汚れて行く。そんな俺に、母親を生き返らせる資格など・・・・」
「それはお前だけじゃない。俺を含めた歴代のブルガーニュ王全ての責任だ。第一、国の方針に逆らう連中の粛正なんて多かれ少なかれどこの国でもやってる。魔王がその責務を果たした上で家族の為に力を尽くして何が悪い?」
「俺の粛正で家族を失った民に同じ事が言えるとでも? 『俺は王として国の為にお前達の家族を殺した。だから自分の母親を生き返らせても文句は無いだろう』、と?」
「別にわざわざ知らせてやる必要なんか無いさ」
ここに来て、まだ飄々とそんな戯言を言ってのけるロマネ。
その胸ぐらを、俺は再び掴み上げた。
「っ・・・・おいおい、これ以上はマジで死んじまうぜ」
「まだ分からないのか!? 万が一母を生き返らせた事が知れ渡れば、力だけで彼らを抑えつけている今の政治体制なんてあっという間に崩壊する! いくら教育に力を注いでいても、肝心の貴族当主達は、俺に先代を殺された者達以外、世代交代すらしていないんだぞ!? いくら力で俺に勝てないと分かっていても、黙って大人しくしている訳が無い!! そうなれば誰に矛先が向くか、分かり切ってるだろ!?」
俺だって、叶うなら、許されるなら、もう一度あの温かい笑顔が見たい。
もっと話して、抱きしめて、あの人が俺の母親なのだと実感したい。
・・・・けれど、俺はそれと同じ家族の温もりを、多くの者から奪い過ぎている。
「そんなに母さんの命が大切なら、どうして俺なんか産ませた!? どうしてその命を捧げさせた!? どうせ人殺しになる子供の為に、何であの人が死ななければならなかった!?」
「っ、それは・・・・」
パァンッ!!・・・・・・・・・・・と、乾いた音が響いた。
「っっっ!?」
ロマネの続く言葉を聞く前に、俺は奴の胸ぐらから手を離してしまった。
頬に受けた、痛くは無い、けれど、俺の芯まで響いた平手打ちに驚いて。
「・・・・・ピナ?」
俺は、初めて見た。
彼女の、怒りに震える姿を。
「俺なんか、どうせ・・・・・そんな風に、ご自分を貶める事を言わないで下さいっ!」
そして、初めて俺を否定した彼女の声は、震えていた。
「で、でも、俺は・・・・・」
「家族を失われた方の悲しみは、私には分かりません・・・。でも、私はシャル様に出会えて、初めて幸せを知りました。たとえその手で誰かの命を奪っているのだとしても、私にとっては、貴方様が誰よりも大切で、誰よりも愛しいのです! だから、これ以上、ご自分を嫌いにならないでっ」
ぽたぽたと、幾つもの大粒の涙を落としながら、彼女は俺の胸に縋り付く。触れれば壊れてしまいそうなほど華奢なのに、俺の全てを満たしてしまう程に温かい。
そんな彼女を、俺は無意識に強く抱きしめた。
・・・・・・・・嗚呼、そうか。あの人は、母さんは、この温もりを俺に与える為に、命を懸けて俺を産んでくれたんだ。
「・・・・ロマネ。貴様は、何故そこまでして母さんを生き返らせたい」
答えの分かりきった問い。それでも、聞かずにはいられなかった
「決まってるだろ。・・・・・愛してるからだよ」
「なら、・・・・・ピニーや、義母様の事は?」
「っっ・・・・俺はお前達を傷付け、危険に晒すことを承知でペトラの蘇生を何よりも優先した。この期に及んで信じられる訳が無いだろうが、口にする事が許されるなら何度でも言おう」
奴は覚悟を決めるように一呼吸置き、真っ直ぐに俺の瞳を見つめた。
「愛しているさ。ピュリニーも、ヴォーネも・・・・・そして、シャンベル、お前の事も」
「・・・・・・チッ」
ふざけた答えが返って来れば、即刻殺してやろうと思っていた。
だが、奴のその声音にも、表情にも、虚飾や軽薄さは無い。
「・・・・・・・分かった。成功の可能性は限りなく低いが、術式を構築しよう」
ロマネを許す事など出来ない。願いなど聞いてやりたい訳がない。
この身の内を焦がす憎悪は、少しも消えてなどいないのだから。
・・・・・けれど、その願いの先にまたあの笑顔が見られるのなら、今は頷こう。
きっと、それが俺を想ってくれるピナや家族の幸せにも繋がると信じて。
やっとこさ今章が終わりを迎えました。
結局全てが解決に至らなかったのは、一重に作者の不徳の致す所でございますので、どうか彼らを嫌いにならないで頂けると幸いです・・・・。
ですが、これでやっとこさ明るい話へ向かって真っ直ぐに突き進めます!
果たして魔王様は実母を生き返らさせる事が出来るのか、そして彼らのこれからはどうなるのか。時間がかかっても書き上げて参る所存ですので、どうか生暖かい目で見守って頂けると幸いです。
今話もお読み頂いた皆様、読み続けて下さる神様、ありがとうございました!!!!!




