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〜虚な少年魔王と初めての配下達/下〜


 私の申し出に、最初は戸惑っていた少年・・・シャル様は、暫く考え込むと、連れていた護衛の者に命じて馬車を数台新たに用意し、私達をこのお屋敷に招かれました。


 多分、その時の私達は(すが)るような目であの方を見ていたのだと思います。虚な表情をしていても、あの頃からシャル様は、とてもお優しい方でした。


「・・・ここが俺の屋敷だ」


「うわぁ・・・」


 今まで見た事も無い清潔感と華麗な装飾に満たされたお屋敷の中に案内され、私達は暫く呆然としていました。


 ですが、すぐに違和感を覚えます。お屋敷の中に、私達以外誰の気配もしなかったからです。普通なら、魔王様がご帰還すればお出迎えがあって当然だと、子供だった私にも分かりました。


「あ、あの、魔王様? 他の配下は居ない、ですか?」


 慣れない敬語に四苦八苦しながらそう問いかけると、シャル様は顔色ひとつ変えず、すぐに返事をして下さいます。


「ここには俺一人で住んでいる。風呂も食事の支度も、魔法でどうとでもなるからな」


「え!? で、でも、魔王様って、この国で一番偉いんだよね?」


「・・・俺が持っている物は、権力と暴力。それだけだ。さっきの貴族がそうだった様に、心から俺に従っている者など居はしない。命じれば世話をしに来る者は居るだろうが、信頼出来ぬ(やから)をこの屋敷に入れるつもりも無い」


「そ、そうなんだ・・・・・・?」


 とても寂しい事を言っている筈なのに、シャル様のお顔は相変わらず虚なまま、欠片も感情なんて(うかが)えなくて、私はとても戸惑いました。


「お前達は俺に恩義を感じているのかもしれないが、無理に配下になる必要など無い。この腐った国は中枢に近づけば近づくほど、狂気と憎しみ、そしてあの豚の様な醜い欲望に塗れた連中と関わる事になる」


「で、でも・・・」


「悪い事は言わない。街の整備が終わり、孤児院が出来るまではここで好きに過ごして構わないが、早々に俺との関わりは断つべきだ。・・・・・・さあ、先ずは風呂で身体を洗って来ると良い。地下に大浴場がある。着替えは護衛の連中がじきに街から調達して来るから、ゆっくりと身体を休めろ」


 まるで、それが当然の事であるかの様に淡々とそう告げたシャル様は、屋敷の奥へと消えて行く。


「・・・魔王様」


 私達は言われた通りこの大浴場に来て、再び驚くことになりました。


 そもそもまともなお風呂にすら入った事も無いのにいきなりこんな所に来れば、楽園へ召されたのかと思ってしまうのは当然ですよね。


 暫くは仲間と共に騒ぎながら湯浴みを満喫した私でしたが、ふと、シャル様のあの虚な表情が頭を()ぎると、楽しい気持ちはすぐに霧散してしまいます。


「魔王様、本当に寂しく無いのかな・・・?」


 言われた通りゆっくりと身体を休めた私達が脱衣所に出ると、全員分の綺麗な着替えが用意されていて、再び驚きます。


 そして、大浴場を出て一階に戻ると、階段の上にシャル様が立っていました。


「少しは休めたか?」


「は、はい!」


「よし。なら、次は食事だな。・・・と言っても、あまり大した物は用意出来なかったんだが。付いて来い」


「・・・?」


 シャル様に言われるがまま、私達は揃って長い廊下を歩いて行きました。たまに後ろの私達を気にしながら歩いてくれるシャル様に、私は何だか嬉しくなって、すぐ側まで駆け寄ってしまいます。


「ま、魔王様!」


「ん? どうした?」


「えへへ」


「・・・?」


 不思議そうに首を傾げるあの方を、私はただただ見つめながら、隣を歩きます。


 ・・・本来なら、魔王様の隣を私の様な庶民が許可無く歩けば極刑物でしたが、恥ずかしながらその時の私は、何も考えずにただあの方のお側に行きたいという欲求に従って行動していました。

 

「・・・ここが食堂だ」


「お、美味しそう!」


 食堂に足を踏み入れた私達が最初に目を奪われたのは、香ばしく焼かれた様々な種類の肉と、みずみずしい色とりどりの野菜、そして温かそうなスープとパンでした。


「大した物じゃ無いが、存分に食べてくれ」


「い、良いの? こんなに沢山・・・」


「構わん。寧ろ、やめろと言っても地方の貴族共から食材が大量に貢物で送られて来て、困っているくらいなんだ。俺一人じゃとても食べ切れないから、いつも配給に回したりして処分している。こんな物で良ければ、好きなだけ食べてくれ」


「う、うん! ありがとう!」


 飢えていた私達は口々にシャル様にお礼を言ったそばから、掻き込むように料理を平らげて行きました。


 ・・・今思えば、とても魔王様の前でする食事の仕方ではありませんでしたが、シャル様が用意して下さったお料理はどれも本当に美味しくて、美味しくて、私達は口も手も止める事なくひたすらに食べ続けてしまったのです。


「ふぅ・・・美味しかったぁ! こんなに美味しい物、生まれて初めて食べた!」


「そうか・・・良かった。俺の知識じゃこの程度の簡単な物しか作れないから、明日からは自由に奥の調理室と食材を使って、自分達で作ってくれると助かる。難しい様なら、城から料理人だけは呼ぶ事にしよう」


 どこかホッとした様にそう言うシャル様の方を見て、私は思わず大きな声を出してしまいます。


「えっ!? 魔王様、これ全部、自分で作ってくれたの!?」


「ん? ああ。そうだぞ。肉は炎魔法で焼けるし、サラダは水魔法で野菜を洗って千切るだけだからな。スープも、適当に切った食材と調味料を入れて煮込むだけだから、大した手間でも無い。いつも一人分しか作らないから、味はかなり心配だったんだが・・・お前達が喜んでくれた様で、何よりだ」


「っ・・・!」


 初めて見たその淡くほのかな笑みは、とても優しいのに、私はどうしようも無く胸が締め付けられました。


「・・・さて。食事を済ませたら今日はもう休め。俺の部屋以外ならどの部屋を使ってくれても構わない。ただし、屋敷からは出るなよ? ここは魔王城に近い。もし幹部共に目を付けられたら、最悪殺される事もあるだろうから、くれぐれも・・・」


「ま、魔王様! 私、うんう、私達、やっぱり魔王様の配下になる!」


「は? いや、お前、話を聞いていなかったのか? 俺の配下なんかになれば・・・」


「お料理も掃除も、ちゃんと覚えるから! それで、今度は私が魔王様に美味しいご飯食べて貰いたいの! ・・・だから、だから、お願いします!」


 夢中でそう言い切ると、私は深々とシャル様に向かって頭を下げ、その場に膝まづきました。それに倣う様に、仲間達もその場で(こうべ)を垂れ、膝まづいて懇願します。


「お前達・・・・・・」


 暫く私達を見つめながら戸惑っていたシャル様でしたが、やがて、そっと私の頬に触れ、顔を上げさせました。


「魔王、様・・・?」


「俺の名は魔王では無い。シャンベルだ。屋敷でまで魔王などと呼ばれては、気が休まらないだろう? シャルと、そう呼べ。・・・かつての家族は、俺をそう呼んでいたんだ。もう一生、呼ばれる事は無いと思っていた名だがな」


「は、はい! シャル様!」


 そうして、この日から私達は、歴代最高の魔王様、シャンベル様にお仕えする事となったのです。



書きながら、魔王とはいえ10歳そこそこでこんなに大人びていて良いのだろうか? と、疑問に思っていたのですが、それでも彼の置かれた状況や、今後描いて行こうと思う彼の過去を鑑みて、大人に負けないくらい思考や口調を成長させざるを得なかったのだろうと考え、こうした回想に至りました。


そんな老けまくりのショタ魔王様が徐々に年相応に近づいて行く描写なんかも、今後書いていければと思いますので、応援いただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔王である事を求められたのと、誰にも甘えられない環境故なのでしょう。 過酷な環境で過ごすほどに、こんな感じになっていきますよ。 大人でも、子供でも……。
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