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〜彼方の追憶⑩〜


「これが、兄さんの魔力・・・・? だとしても何を・・・」


 突如(あらわ)になったセントヴァンの絶大な魔力の気配に、ガメイは反射的に警戒姿勢を取り、怪訝んそうに顔を顰める。


「俺は、魔族なら誰でも出来る簡単な魔法すら使えない出来損ないだ。・・・・けれど、それは()()()()()()では出来ないだけで、方法はある」


 そう言うと、青年は一枚の羊皮紙を取り出す。そこには、幾何学的な紋様・・・・・()()()が、刻まれていた。


「っ!? ヴァン様、それは・・・・・」


「ピナ。君の前でこれを使うのは、少々気恥ずかしいのだけどね。まあ、()()なりに精一杯やってみるさ」


「ちぃっ!? 何の小細工かは知らないけど、そんな紙切れで僕をどうこう出来ると思ってるのか!?」


 亡霊のピナに向かって微笑むセントヴァンの姿が癪に触ったのか、ガメイは床を粉砕して圧倒的な速度と勢いをもって自らの兄へ襲いかかる。




「・・・・『()()()()()()』」




 その魔法名が青年の口から静かに紡がれた瞬間、景色が歪んだ。


 突如出現した、()()()()()によって、蜃気楼のように空間が揺らいだのだ。


『グルオオオオオッ!!!』


「なっ!? くっ!?」


 触れるだけで全てを溶解させるマグマの大蛇が、ガメイを強襲する。


 流石の彼も、灼熱の巨体に迫られてはすぐに反撃に移れないのか、堪らずといった様子で距離を取った。



「さあ・・・・・お仕置きの時間だ」



 当人は知ってか知らずか、セントヴァンの顔には、彼の父によく似た獰猛な笑みが浮かんでいた。


++++++


「やっぱり、殲滅級魔法・・・・・いえ、それ以前に、魔族であるヴァン様が、どうやって()()()()を?」


 あまりに予想外な状況に驚愕を通り越して呆然とする少女は、当然の疑問を口にする。


「その様子だと、娘よ。お前が何かした訳では無いのだな?」


 すると、それを聞き咎めたのか、魔王は鋭い視線を少女に向けた。


「い、いえ! 私は、何も・・・・」


「くっくっ、そうか。昔から愉快な男であったが、まさか、ここまで楽しませてくれるとは。わざわざ見物に来た甲斐があると言うものだ」


「っ・・・・あなたという方はっ」


 自分の子供達を争わせて愉悦に浸る魔王の態度が許せなかったのか、少女は初めて怒りを顕にする。・・・・・・俺の知るピナなら、まずしない表情だ。けど、彼女がその感情を奪われていなければ、やはり同じような顔をしたのだろうか?


「何を憤る? 親が子供の成長を喜んでおるだけでは無いか」


「そんな話ではありません! 兄弟で殺し合っているのですよ!? それを、まるで娯楽のように・・・・」


「我々の国では当たり前の光景だ。こうして争い、競い合い、時には命すら奪い合って、より強き者が国を治める。・・・・・奴らは中身の方はともかく、力ではワシ以上の資質がある。この戦いでその雌雄を決し、()()()()()()()()()、ワシが退いた後も国は栄える。喜ぶのは当然であろう?」


「え・・・・・?」


 それまでのふざけた態度と変わらない調子で告げられた、魔王然とした言葉に、少女は戸惑う。


「で、ですが、ヴァン様は弟君が魔王の座に着くと・・・・」


「アレは甘い男だ。戦に於いても本気を出さず、仲間の命や時には敵の命すら救おうとする。ガメイを王に据えようとしておるのも、弟の立場を気にしているからだ。故に奴らはこれまで喧嘩どころかろくに争う事も無く、ここまで来た。・・・・だが、ワシはその様な形で魔王を決する事など良しとはせん。玉座とは、命をかけて勝ち取り、命を捧げて守り抜く物だ。その先にこそ国の繁栄は成る。奴らは我がブルガーニュの王族ギブレイだ。争い、奪い合うその運命から逃れる事など、許されはしない」


「そん、な・・・・・」


 今度こそ威厳と風格をもってはっきりと告げられた魔王の言葉に、亡霊のピナは絶句する。


 快楽主義の狂人。確かにそれも嘘では無いのかもしれない。だが、きっとこれがこの男なりの国の守り方であり、魔王としての絶対の在り方だ。・・・・・でも、何だ? この違和感は・・・。


「本来なら、このような()()()()()()()()()()()()()、勝手に“血の呪い”に呑まれて殺し合うのだがな。生憎と、セントヴァンの方はあの異形の魔力喰らいの力を持って生まれたせいか、一向にその気配を見せなんだ。何の因果か、その兄を崇拝してやまない弟の方は、既に正気を保てなくなるほど血に酔い狂っているというのに」


「舞台を、用意・・・・? お、お待ちください! では、私とセントヴァン様を引き合わせたのも、貴方の差し金だと言うのですか!?」


「先にワシの下へ使者を送ってきたのは貴様の父たるバルドー王だがな。人族からこのワシに使者など、それだけでも血迷った王かと思ったが、話を聞けば中々に使()()()()()()()()をしておるでは無いか。故に利用させて貰ったまでの事よ。にしても、貴様の様な不遇な姫は、如何にも弱者庇護主義のあの男の好みだろうと思ったが、ここまで思惑通りに事が運ぶとはな。くっくっ」


 そうか、違和感の正体はこれだ。


 ただ戦わせるだけなら、ロマネが俺とピナにしたように、血に酔わせて本能のままに殺し合わせれば良い。・・・・・だが、セントヴァンは俺と違って純血の魔族でありながら、“血の呪い”に縛られていない。逆に、ガメイの方は最初から兄に対する尊敬や執着が見て取れるのに、まるで()()()()()()に怒り狂っているような不自然さがあった。


 ・・・・・もしかしたら、ロマネに洗脳されていたとは言え、勇者の真似事までして俺を殺しに来たピニーも、同じような心理状態で俺と戦っていたのかもしれない。つくづく、ギブレイの血というのは(おぞ)ましいな。


「・・・・・・なら、なら、お二人が戦っているのは、父の、いえ、()()()()?」


「己惚れるでないわ。貴様が居ようが居まいが、いずれはああなっておった。ただ予定を早めるのに都合が良かった故、使ってやったに過ぎん」


「だと、しても・・・・・・」


 徐々に瞳から光を失っていく姫君を、魔王はただただ無感動に見下ろし、傲慢な言葉を続ける。


「ガメイがセントヴァンを殺し、堂々と玉座に着くも良し。逆にセントヴァンが弟を殺し、その責任と贖罪のため魔王の座に着くも良し。なに、多少甘い男でも、立場からは逃れられん。十年もすればブルガーニュ王として、正しき振る舞いをするようになろう」


「・・・・・・貴方のようになってしまう事が、王として正しい振る舞いだなんて、私には思えません」


()()()、小娘。奴がワシの様になる必要など無い。王としての振る舞いとは、すなわち、自らが国の頂に立つ者であると証明し続けるという事だ。その為なら、凡百の愚者に非情だの冷酷だのと誹られるような選択をする事も常。それが苦であろうが無かろうが、行き着く先は同じ。王たる父の命で、散々アレと同じ魔族を殺し回った貴様が、分からんとは言うまいな?」


「っ・・・・・・・・・」


 魔王の威厳をもって告げられる言葉はどれも重く、鋭く、少女の心に突き刺さる。


 そうして、亡霊のピナが何も言えなくなってしまっている間にも、我知らず次代の魔王の座を争う兄弟の戦いは続いていた。



++++++


「くぅっ!? まだ、だああああああああっ!!!」


 ガメイは文字通り、目にも止まらぬ速度でセントヴァンに肉薄し、その小柄な体格からは想像も出来ない凄まじい膂力を乗せた拳で殴り掛かる。


 ・・・・だが、



「無駄だ。・・・『ジェノス・タイクーン』」



「っっっ!?」


 その拳は、()()セントヴァンには届かない。


 二人の間に突如、荒れ狂う竜巻が発生し、まるでそれ自体が意思を持つかの如くガメイの一撃を阻み、吹き飛ばしたのだ。



『グルオオオオオオンッ!!』



「がぁぁぁぁああああああああああああっっっ!?」


 そればかりか、先ほど呼び出されたマグマの大蛇と混ざり合い、灼熱を纏う嵐の巨竜と化して、ガメイを呑み込んだ。



「終わりだ。『ラナ・ギアル』」



 セントヴァンがそう静かに告げると、満身創痍のガメイが、漆黒の鉱石で出来た見るからに堅牢な鎖で拘束された。・・・・恐らく、俺が地底の精霊ロクサスを介して行使する魔法と同種の物だ。


「ぅ・・・・ぁ・・・」


 吊り上げられた少年の腕は焼け爛れ、回復も間に合っておらず、地についている脚にも、既に力は入っていない。瞳は虚ろで、どうにか気力だけで意識を保っているような状態だろう。


「・・・・もう良いだろう、ガメイ。お前は、ギブレイの血に酔っているだけだ。俺さえお前の傍から、ブルガーニュから居なくなれば、その苦しみからも解放される」


 完全に、形勢は逆転していた。・・・・それも無理からぬことだ。元々、セントヴァンは魔力操作の技能が低い訳では無い。ただ、ガメイの才能が傑出していただけだ。そして、殲滅級魔法はその差を埋めて余りある圧倒的な威力。


 しかも『ヴァース・ハース』を持つセントヴァンが相手では、魔法による反撃も防御も無意味と化す。この一方的な展開は、火を見るより明らかだった。


 そして・・・・・セントヴァンが何故、()()()()、それも()()()を行使出来るのか。そのカラクリにも、おおよその見当はついた。


「驚いた・・・・・まさか、ピナ以外に単独でこれ程までの精霊魔法を行使する者が居るとは。まさか、貴様も“霊王”とやらに呪われているのか?」


 意外にも感嘆の声を漏らしたのは、それまで黙って戦いの行く末を見守っていたバルドー王だった。


 その瞳に宿る僅かな期待の色は、やはり己が娘を殺せるかもしれない、セントヴァンの力に向けられているのだろうか。



「・・・・残念ながら、俺は彼女の様に()()は受けていない。これは敢えて言うなら、()()()()()だ」



 油断無くガメイの方へ身体を向けたまま、セントヴァンはその鋭い眼差しで王の言葉に応じた。



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