〜彼方の追憶⑨〜
セントヴァン・ギブレイの独自魔法、『ヴァース・ハース』。魔法を喰らうというその魔法の本質が、奴の弟であるガメイ・ギブレイとの戦いの中で、俺にもようやく見えて来た。
「どうしたのさ兄さん? まさか、この程度で本気なんて言わないよね!?」
「っ・・・・ああ、これからさ!!」
強気な笑みを浮かべるセントヴァンだが、明らかに戦況はガメイの方が押していた。
その身から漏れ出る魔力や、先ほど見せた獄炎の魔法の威力を鑑みても、ガメイが強大な魔法を使えるのは自明の理。にも関わらず、彼は先ほどから魔力操作による身体能力の強化を主体とした、近接戦闘のみで、セントヴァンを追い詰めている。
ガメイの右手が視認不可能な速度でセントヴァンの顔面を捉え、ギリギリの所で躱したかと思えば、下から迫る剛脚によって防御を余儀なくされ腕で受け止める。・・・が、そのあまりの威力に天井まで蹴り上げられ、背中を埋める勢いで強かに打ち付けられた。
「がはっ!?」
「ヴァン様!?」
口から押し出された空気と共に血を吐き出しながら床へ落ちたセントヴァンの元に、亡霊のピナが悲痛な叫びを上げながら駆け寄る。
「あははは! ほらほら! 早く本気を出さないと死んじゃうよ!?」
先ほどから、このようなセントヴァンの防戦一方な光景が何度となく繰り返されている。
決してセントヴァンが弱いわけでは無い。少なくとも、魔力操作の技能に関しては俺や、もしかしたらロマネよりも上かもしれない。・・・・・それに、受けている攻撃の数の割に、ダメージも軽微だ。
恐らくこのダメージを軽減させているカラクリこそが、『ヴァース・ハース』の本質、魔力の吸収だ。
最初に飛ばされた戦場で、奴が勇者の魔法を打ち消した時、俺が考えたのは術式の破壊だった。亡霊のピナの体内にある魔力回路を通して構築された魔法の術式に、自身の魔力を送り込む事で破壊して、元の魔力に回帰させているのでは無いかと推測したのだ。
だが、それだと空間に残留する筈の魔力まで消失している事に説明がつかなかいし、何より、奴が姫君に会うためバルドー王城に侵入した時、結界魔法を破壊された事に神官たちが気づかない理由が分からなかった。
しかし、今目の前で行われている戦いの様子を見て、確信した。セントヴァンは魔法を破壊しているのでは無い。魔力を文字通り喰らっているのだ。
だから、魔力操作による身体強化を施しただけの直接攻撃の威力も、相手の魔力を吸収する事で減衰させる事が出来ている。結界魔法も、自身が通る範囲の魔力だけ喰らってしまえば、神官たちは単に自分たちの魔力供給量が疲労や集中力の欠如で一時的に減っただけだと錯覚する筈だ。
「皮肉だよね。この世で最も凶悪にして絶対的な攻撃手段である魔法を無効化出来るのに、単純な物理攻撃には何の耐性も無いなんて。・・・・・まあ、それを差し引いても余りある素晴らしい力だとは思うよ。大概の相手には、兄さんほどの魔力操作の技能があれば近接戦でも負けることは無いしね。そこに居る化物だって、太刀打ち出来ない。間違い無く世界最強だよ」
「・・・・ふっ。兄冥利に尽きる、過大な賞賛だ」
「過大なんかじゃ無いさ。ただの事実だよ。・・・・もっとも、僕さえ生まれなかったら、の話だけどね」
そう。ガメイの言う様に、セントヴァンは近接戦に於いて自分より劣る相手に対しては無敵だ。
だが、そうで無い相手、例えば、魔力操作の技能で自身を上回る相手に対しては、無力に等しい。
何故なら『ヴァース・ハース』は、セントヴァンが直接触れた対象にしか発動しないからだ。
セントヴァンは、亡霊のピナや自身の父親である現ブルガーニュ魔王と戦った時も、相手が発動した魔法に直接触れる事で魔力を吸収していた。結界魔法にしても、通り抜ける時に直接身体が触れる。
先ほどからガメイが振り抜いた拳や剛脚から繰り出される蹴りの威力を減衰させている際にも、必ずセントヴァンは身体のどこかで直接触れていた。
つまり、魔力操作抜きの単純な膂力や、直撃の直前まで加速していた攻撃の勢いまでは吸収出来ないのだ。
その結果、現状の様な一方的な戦況を作り出してしまっている。
そして・・・・・・それは同時に、ガメイ・ギブレイの強さが異常である事も示している。
単純な魔力操作の技能・・・・いや、才能が圧倒的である事は言わずもがな、戦闘そのもののセンスがずば抜けているのだ。俺がこれまで見てきた者達の中でも、間違い無く随一。もしかしたら、ピニーが更に訓練を積めば、少なくとも魔力操作だけなら同等の域に達するかもしれないが、現時点での年齢でも奴は恐らくピニーより幼く、しかも強大な魔法も当然の様に行使出来る。
奴は自分さえ生まれなければセントヴァンが最強だと言ったが、それは逆もまた言えることなのでは無いだろうか。たとえ相手が俺や亡霊のピナの様に単独で殲滅級魔法を行使できたとしても、恐らく圧倒出来るだけの力が、この少年にはある。
正に、武闘派国家ブルガーニュの王族、“ギブレイ’’の申し子だ。
「・・・・・もう、見ていられません!!」
と、そこで争う兄弟の間に立つように、亡霊のピナが割り込む。
「顕現なさい。『霊王の瞳』!!」
彼女がそう告げた途端、漆黒だったその瞳は一瞬にして深緑に染まり、長い黒髪は色が抜け落ちた様な白髪へと変貌する。
俺が意識を失う直前目にした、霊王の力を解放した彼女の姿そのものだ。
「はっ! 待ちきれずに正体を現したな化物め! 良いだろう。兄さんの前に、お前から殺してやる」
「この命に代えても、ヴァン様だけは守ります! ・・・『ノア・レ」
亡霊のピナは間髪入れずに殲滅級魔法を発動しようと膨大な魔力を練り上げる。・・・・・だが、
「ダメだよ。ピナ」
「っ!?」
そんな彼女の腕に、セントヴァンが触れる。そして、精霊の供物となる筈だった魔力の全てを喰らってしまった。
「ヴァン様!? 何故ですか!? このままでは貴方が・・・」
「これは僕たち兄弟の問題だ。そんな顔をしなくても大丈夫、ちょっと油断してただけさ。・・・・・それに、君がここで動けば、後ろでとぼけたフリをしているあの男が、何をするか分からない」
「え・・・・・?」
と、セントヴァンが厳しい視線を突き刺す先へ、釣られて少女と、そして俺も視線を向ける。
「何だ。気づいていたのか。つまらんな」
その言葉とは裏腹に、明らかに愉快げな声音で応じたのは、ガメイの護衛に付いていた灰色の鎧を纏う騎士の一人だった。・・・・・・だが、その声と、そして漏れ出た魔力には、余りにも覚えがあった。
「あなたほど不快な気配を発する男に、俺が気付かない訳が無いでしょう。父上」
「ふん。実の弟に散々痛めつけられても、相変わらず口は達者か」
直後、騎士が纏う鎧が泥のように溶け落ちる。
中から出てきたのは予想通り、セントヴァンとガメイの父親である、現ブルガーニュ魔王だった。
「父上は彼女に何もしない。そういう約束だった筈ですが?」
「ああ。ワシは何もせんさ。その娘にはな。もっとも、ガメイがその娘を嬲り殺しにする間、お前と少し遊んでやるくらいの親心は無いでも無いがな?」
「ちっ・・・口が減らないのはどちらだ。老害め」
どこまでも愉快げに笑う魔王を、セントヴァンは蔑みの視線で睨み据える。
「安心せい。ワシはただ見物に来ただけだ。‘‘魔を喰らう兄’’と、‘‘魔に愛された弟’’。貴様らの戦いほど、愉快な見せ物は早々無かろう? 故に娘よ。余計な手出しはしてくれるな。己の愛する男を信じて見守るのも、女の務めであろう」
「何を言っているのですか!? 自分の子供の殺し合いを見たいだなんて・・・」
「ピナ。快楽主義の狂人に何を言っても無駄だ。ここは僕に任せて、下がっていてくれ」
「ですが!」
「大丈夫。あの男に約束を守る誠意なんて物は無いが、わざわざ見物しに来た戦いに水を差すような事もしないだろう。だから、少しの間我慢していてくれ。お願いだ」
「っ・・・・・・はい」
悲痛に顔を歪ませる少女の頭を軽く撫でると、青年は自ら前に進み出た。
「父上の顔を見て、少しは本気を出す気になったかい? 兄さん」
「そうだな。出来れば、あまりお前を傷つけないやり方で終わらせたかったが・・・・・仕方が無い」
「「「っ!?」」」
セントヴァンが静かに瞳を伏せた、その時、玉座の間が・・・・・いや、王城全体が揺らぐほどの絶大な魔力の気配が発せられる。
「ガメイ。たとえどれだけ憎まれても、俺はお前のことを大切な弟として愛している」
「兄、さん・・・・?」
「・・・・・だから、死ぬなよ」




