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〜彼方の追憶⑥〜


 亡霊の少女が青年に別れを告げた直後、再び場面は移り変わる。


 荘厳な装飾が施されたその広い部屋は、魔王城のそれとは似て非なるものの、雰囲気は近い物があった。


 最奥の最上段に設られた玉座には、白と黄金の装束に身を包み、立派な口髭を蓄えた威厳のある壮年の男が腰掛けており、その一段下には玉座ほどでは無いにしろ、華美な装飾を施された三つの席が並び、それぞれに三人の姫君が腰掛けていた。・・・・・・その顔には、いずれも()()()()()()()()


 髪の長さや着ているドレスは微妙に違うが、それ以外は俺の前に現れたバルドー第一王女ムニエと、第二王女、第三王女の容姿と全く同じだ。


 さらに階下の広間を満たすのは、臣下と思われる者達。・・・・・と言っても、数はあまり多くない。せいぜい三十人前後と言った所か。恐らくは、限られた者だけが集められているのだろう。


 そして、そんな広間に中心に立つ、漆黒のドレスを纏った少女・・・・・ピナ・ノワール。

 

 彼女はベールに隠された顔を俯かせたまま、無言でそこに佇んでいた。


 間違い無い。ここは、バルドー王城の玉座の間だ。と言うことは、これから行われるのは恐らく・・・・。


「クワズール王国第二王子、ヴォージョレ様がご到着されました!!」


 と、高らかな衛兵の声が、静謐な雰囲気に包まれた玉座の間に響き渡る。・・・・僅かに、少女の身体が震えたように見えたのは、気のせいでは無いだろう。


「うむ。通せ」


「はっ!!」


 王の短い返事に応え、衛兵は今しがた自分が入ってきた扉を再び開き、その向こうに消える。


 暫くすると、ガチャガチャと鳴る鎧の音の共に、十人前後と思われる足音が聞こえて来た。


 そして、灰色の鎧を纏う護衛の騎士を引き連れた、暗色のローブに身を包む、仮面で顔を隠した不吉な装いの男が玉座の間に現れる。・・・・・・あれが結婚相手の王子、なのか? それにしては、随分と奇怪な姿だな。


「・・・・・・お初にお目にかかる。バルドー王。ご存知かとは思いますが、改めてご挨拶を。私の名はヴォージョレ・ナーヴェ。クワズール王国が第二王子でございます。此度のお招きは光栄の至り。なれど、先日の戦で顔に醜い傷を受けた故、顔を隠すご無礼をお許しください」


 男は広間の中央まで歩みを進め、立ち尽くす少女の隣で跪くと、王に向かって(こうべ)を垂れた。


「良い。その件は使者より聞き及んでおる。手負の身で長旅、ご苦労であった」


「いえ。私のような小国の王子を姫君の婿に迎えて頂けるのです。この程度の試練、苦ではございません」


 そう言いながら、仮面の男は俯いたままの少女に顔を向けた。


 ・・・・・・・なんだ? 話の内容も異様だが、やり取り自体が妙に淡々として違和感を覚える。まるで出来の悪い三文芝居でも見せられているような気分だ。


「そうか。ならば、到着早々で悪いが婚礼の儀を取り行うとしよう」


 そう言うと、王は階下で臣下と共に跪いていた司教と思われる礼服を纏った男に目で指図する。


 司教は立ち上がると、ゆっくりと姫君と王子の前へ歩みを進め、コホンと軽く咳払いしてから、改めて口を開いた。


「では、略式ではありますが、ここに婚礼の誓いを立てて頂きます」


 風邪でもひいているのか、或いは生まれつきか、しゃがれた掠れ声でそう告げる司教。彼の顔もまた、帽子の影とその横に垂れ下がる布でよく見えない。


 俯いたままの姫君と、仮面で顔を隠した王子、それに喉の調子が悪い司教とは、神の祝福を乞う婚礼の儀とは思えない縁起の悪さだ。


 だが、この場にいる者達はそんな事どうでも良いのだろう。それどころか、花嫁の姉であるはずの三人の姫君は、クスクスと忍び笑いすら漏らす始末だ。


「夫、ヴォージョレ・ナーヴェ。前へ」


 後ろの不快な声が聞こえていない筈はないだろうが、司教は構わず婚礼の儀を進める。


 仮面の王子もまた、自らの役割を全うするように司教の言葉に従って、彼の正面に立つ。


「誓いの言葉を」


「我、ヴォージョレ・ナーヴェは、妻となるピナ・ノワールに、永遠の愛を捧げると、ここに誓う」


「よろしい」


 仮面のせいかくぐもった声で淡々と誓いの言葉を口にした王子は、司教に一礼して一歩下がる。


「妻、ピナ・ノワール。前へ」


 次に呼ばれたのは、当然花嫁となる少女だ。彼女は俯いたまま、コツ・・・コツと、重たい足取りで司教の前に立つ。


「誓いの言葉を」


「・・・・・はい。私、ピナ・ノワールは、夫となる、ヴォージョレ・ナーヴェ様に、永遠の、あ、愛、を・・・・」


 と、そこまで口にした所で、少女の声は震えたまま、途切れる。


「・・・どうかされましたか? 姫」


「いえ、その・・・・・・私、は・・・・」


 少女は何かを堪えるように、ドレスの裾を握りしめ、声だけでなく身体も振るわせて口をつぐむ。


「ピナ。何を黙っている? 続けよ」


「っ! ・・・・・はい」


 が、厳格な王の命令を受け、力なくドレスの裾を手放すと、彼女は再び誓いの言葉を口にする。


「私、ピナ・ノワールは、夫となるヴォージョレ・ナーヴェ様に、永遠の・・・・愛を、誓います」


 消え入りそうな声で最後まで言い切ると、彼女は司教に背を向け、元の位置に下がろうと踏み出した。


 だが、その歩みは、すぐに止まることとなる。






「待ちなさい。仮にも神への誓いで、()()いけないな。・・・・・・だって、君が愛しているのは彼じゃないだろ? ()()?」






 何故なら、軽やかで柔らかい、春風のようなその声が、玉座の間に響いたのだから。


「っ!? ま、さか・・・・!?」


 思わず振り向いた姫君の顔から、その勢いでベールが捲れ上がる。隠れていた瞼は涙に濡れ、端の方は赤く腫れていたが、確かにその瞳には、光が宿っている。


 そして、彼女の視線の先に立つ司教・・・・・いや、()()()()()()()()()()は、既に堅苦しい礼服を脱ぎ捨て、微笑みを浮かべて彼女を見つめ返していた。






「やあ、僕の可愛いお姫様。今宵は君を、攫いに来たよ」








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