~彼方の追憶③~
青年と少女の逢瀬は、場面が変わってもそれから暫くの間続いた。
「・・・・そうか。それで君は公の場には出ず、鎧を纏って“勇者”になる事で、国に貢献していたんだね」
「はい。この漆黒の髪と瞳は、人族の中では魔族の象徴であり、“忌み子”として蔑まれるのが常。とてもではありませんが王族として民衆の前に顔は出せません。本来なら生まれた時点で処分されていた筈なのです。でも・・・」
「君には、“霊王の瞳”が宿っていた」
「・・・・・はい。記憶はありませんが、生まれたばかりの私を、王が配下に命じて処分しようとしたその時、何の前触れも無く王都で地鳴りや嵐が同時に巻き起こり、危うく大災害になる所だったとか」
「ははっ! それはそれは・・・・・・おっと、笑い事では無かったね。失敬」
「ふふっ。いいえ。このお話を聞いて怯える方や不気味がる方は居ても、セントヴァン様のように笑って下さった方は初めてです」
「そうかい? 忌み子や王の蛮行を除けば、素敵な話じゃないか」
「え・・・?」
「だって、その出来事はまるで、世界が君を守ろうとしたようだ。正に神話の物語だよ。まあ、実際は精霊が霊王たる君の命を守る為に、少しオイタをしただけなんだろうけど、彼らは理を司る存在だ。間違った解釈じゃ無いはずだよ」
「そ、そんな、私はそんな大それた存在では・・・・・ふふっ。でも、危うく大災害になりそうだったのに、オイタだなんて、可笑しな方」
「はははっ! 少し冗談が過ぎたかな? ・・・・・でも、君がそうして笑ってくれるなら、僕は神でさえもコケ降ろして見せるよ」
「セントヴァン様・・・・・・も、もう。それこそ冗談でもそんな事、仰らないで下さい!」
「連れないな。今のは冗談では無かったのだけどね。ああ、それと。僕の呼び方だけど、“ヴァン”で良いよ。親しい者はそう呼ぶ。セントヴァンなんて、長くて呼びづらいだろ?」
「親しい、者・・・・・? 私が、ですか?」
「おっと、そこに引っかかっちゃうのか。・・・まあ、君のこれまでの人生を鑑みれば仕方ないとも思うけど、でも、その反応は僕的には傷つくなぁ・・・・・・」
「っ!? あ、あの、セントヴァン様!? すみません、私、誰かとこんな風に会ったりお話しするの初めてで、どう接すれば良いのか・・・・・・」
あわあわと動揺する少女から見えないように、青年はこっそりニヤリと笑うと、次の瞬間にはむくれた様な顔で、じっと少女の目を見ながら口を開いた。
「ヴァン」
「へ・・・・?」
「ヴァ―ン」
「あっ・・・・・ヴァン、様?」
困惑を顔に浮かべつつも、絞り出すように己の名を呼んだ少女に、青年はケロリと表情を柔らかい笑みに戻して、何事も無かったように問い返した。
「うん。何だい? ピナ?」
「っっっっ!?」
こ、この男・・・・・っ!!!!
突然名前を呼ばれて赤面する少女に、青年は相変わらずニコニコと無害そうな笑みを浮かべているが、俺には分かる。
・・・・・このセントヴァンという男、滅茶苦茶タチの悪い人たらしだ!!
しかも、自覚的に相手の心理を読み取って表情や言葉で巧みに誘導してやがる・・・・・。これ、もしかしてアレなのか? 純真だったピナ・ノワールという少女が、この邪悪な男に騙されて性格を歪められ、千年も妄執に憑りつかれて訳の分からん計画に手を染めたとか、そういうオチじゃ無いだろうな?
「どうしたんだい? せっかく愛称で呼んでくれたんだ。次は真っ直ぐ目を見て僕とお話しして欲しいな?」
「なっ!? も、もう! ここまでくれば私にだって分かります! ヴァン様は、意地悪な方です!」
「はははっ! ピナは可愛いなぁ」
笑顔を絶やさない青年と、赤面したままひたすらオロオロする少女。二人は狭く暗い部屋の中にいながら、どこか日の光にも似た暖かさに包まれているようだった。
・・・・・・・で、どうでも良いが、俺はいつまでこの二人のじゃれ合いを見せつけられるんだ?




