あれに見えるはゲス。
授業終了の鐘がなる。
(なんとか乗り切ったな。)
『ハル様、帰るまでが学校です。』
(帰りも散策しよっと。)
しかし現実はそう甘くはなかった。
帰ろうと思ったがクラスメイトに囲まれる。
[ねぇ、ハルさんってどこから来たの? 彼氏いる? なんで話せないの? 一緒に帰ろうよ 可愛いね お茶しない?]
質問攻めだが答えられない。
……しかし男ってのは欲の塊だな。女になって初めて分かった。
「ハルちゃん困ってるでしょ?ほら、あっち行って。シッシッ。」
ルイが寄ってくる男共を一蹴する。
「大丈夫?敷地出るまで一緒に帰ろ?」
「ありがとう、ルイ。」
他のクラスからの野次馬を掻き分けてなんとか外へ出る事が出来た。
「私は敷地内にある寮に住んでるからここまでね。ハルちゃん、また明日。」
「ありがとう、バイバイ。」
敷地を出るだけで20分もかかった。
広すぎも困り物だ。
「……なぁサクラ、この世界の建物ってどうやって浮いてるの?」
『文明人が開発した反重力装置を使っているからです。地震などの自然災害から守る為でしょう。』
「へー、凄いんだなその文明人ってやつらは。」
『ですから一般の方々は頭が上がらないのです。また文明人は血筋で念力が強い者が多いそうです。一般の方は打つ手無しですね。』
「同じ人間なのにな。もっと仲良くすればいいのに。」
『この世界ではそう思える方は少ないでしょう。お互いが心の底でいがみ合っているので。今は完全に文明人が抑え込んでパワーバランスを取っていますが……ハル様一人でその均衡は破れるでしょう。』
「この体ってそんなに凄いの?」
『地球上の文明人全ての力の結晶ですから。プロトタイプが出来てから文明人が地区毎に競い合ってアンドロイドを作っているので……試行錯誤して出来たプロトタイプは最早オーパーツ的な存在です。』
「ヒロもそんな物よく盗めたな。」
『当時の研究員何人かが協力して実行したようです。もう盗まれてから30年近く経っていますが、未だに文明人は躍起になって探しているそうです。』
「じゃあ俺はお尋ね者か。」
『大丈夫です。私がついていますから。ハル様の力と私の知識があれば無敵です。』
……良くも悪くも俺次第なのかな。
俺が正しいと思っている事でもそれが本当に正しいとは限らない。
もっとこの世界の事を知らないと。
「とりあえずどっかでお茶しようぜ。」
『この先に人気のお店がありますよ。』
……
「すげぇ……」
空高く浮かぶ球体で出来たその店は、360度街が見渡せるように出来ているらしい。
「サクラ、俺は今物凄く感動している……」
『良かったですね、また来ましょう。』
カップルらしき二人が仲良く望遠鏡のような物を覗いている。
「俺も見てみよっかな。」
『ハル様なら裸眼で可能ですよ。』
「マジ?どうやるの?」
『その目には遠視機能もついていますから、遠くを見るよう調整してみては如何でしょうか。』
そう言われたので遠くのビルを眺めてみた。
遠くに意識を集中させると視界がどんどんとそのビルに近づき、そのビルについている鳥のフンまで見えた。
「すげー、なんでもありだな。」
『まだまだ様々な機能がついています。その都度ご説明致しますね。』
そこへ何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「おいおい、こんな所にいたのか子猫ちゃん。」
あれに見えるはゲスではないか。
「ゲス野郎ってなんて言えばいいの?」
『─────です。』
「今日はまぁよくも恥をかかせてくれたな。俺が誰だか分かってるのか?」
「よう、ゲス野郎。」
「なっ……テメェ殺されたいようだな。父上に言えば貴様の一家諸共消えてなくなるんだぞ。」
(こいつすげぇダサいな。)
『まさに絵に書いたゲスですね。』
「しかしまぁ今の俺様は寛大だからな。腕相撲で勝負してやろう。貴様が負ければ俺様のペットになれ。」
(こいつ念力じゃ勝てないからって女相手に力勝負にしてきたな。ゲスはどこまでいってもゲスだな。)
『恥をしれ、恥を。』
「どうした?怖気づいてももう遅いぞ。はっはっは!!」
(サクラ、────────。)
『─────です。』
「……おい、ゲス野郎。お前には小指一本で充分だ。負けて帰ってパパに慰めてもらいな。」
「て、てめぇ……犯して殺す!!」
ゲスが俺の小指を思い切り握りしめる。
血管が浮き出て震えるほどに。
「3……2……1……オラァァ!!」
ゲスが全体重をかけ更に体の勢いを利用し攻めてきた。
が、1ミリも動かない。
(思った以上にすごいな、この体は。)
ゲスは唇が紫色になっている。
あまりいい気分じゃないから勝負を決めるか。
叩きつけるように腕を振ると、ゲスの腕が肘を支点に外側へ90度曲がった。
「────────ッ!?!??」
その悲惨な光景を前にゲスは声にならないようだった。
そしてそのまま失神、そして失禁。
「……これ、大丈夫かな?」
『通常でしたらこの腕はもう使い物にならないでしょう。』
「ヤバイじゃん、反対側に折りたたんでみるか。」
『文明人には高度な治癒者がいますのでご安心下さい。』
「なんか悪い事しちゃったな。」
『このゲスが悪いんです。』
お店に謝りを入れてその場を後にした。
「これに懲りてゲスゲスしいのを辞めてくれればいいな。」
『展開的に行くと、よりゲスゲスしくなっていきそうですね。』
あんな奴らがいっぱいいるのかな。
……中には良い奴もいるかもしれないし、決めつけちゃいけないよな。
空は夕焼けに染まっている。
俺が初めて見たあの色ではない。
見慣れたはずのその色はとても新鮮に感じた。
「おかえりー、大変だったみたいだねぇ。」
家に帰るとヒロが出迎えてくれた。
「まぁ色々あったけど楽しかったよ。」
「上手くやってけそうかな?」
「その為に今から勉強するよ、色々な人と接してみたいから。」
街も学校も、もっともっと見たい。
世界を知りたい。
「あー、分からん。難しい。大体聞こえてくるのは日本語で口からこの世界の言葉を発した時だけなんで翻訳出来ないんだよ。」
『ハル様、翻訳機の設定がおかしいのでは?』
「そんな設定あるの?」
『……やはりそうですね、この世界の言葉を発した時とオーベイとの会話の際に翻訳が解除されるようになっています。』
「どうりで変な訳だ。」
『ハル様、今日はもうお休みになられては?』
「いや、早く覚えないと……」
『ハル様……』
バタン!!
「出来たよー!!」
「ヒロ、どうしたこんな遅くに。」
「翻訳機と連動させて日本語で会話出来るチップを作ったんだ。君が日本語を話そうとすると、自動で言語が切り替わって発音される。ついでにコンタクトレンズと君の体も連動させられるから、文字もこの世界の文字で書けるよ。勿論君の意志で切ることも出来る優れものだ。」
「……寝る。」
「え?なにどうしたの?いらないの?」
「いるけど寝る。お休み。」
「どしたの?」
『ハル様がやる気を出して頑張ってたのですから。不貞腐れるのも当然かと。空気呼んで下さい。』
「えぇ……なんかごめんね。」
「……」
『ハル様可哀想。』
こうして一日で言葉をマスターした。