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僕のクラスの不登校が実はアイドルだった!  作者: M.H
一章 アイドル
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8話『早起きは三文の徳』

「おい、あれって」「あぁ、あれは……」


 晴太は戸を開く前になんだかいつもと違う雰囲気を感じた。


 別にそれを気にする必要はなく、ごく普通に戸を開いた。特にかかわりがあるわけではない生徒複数人がこちらに視線を寄越す。晴太は気が付いた。この空気の理由が。


 あまり学校に来てなかった生徒が久しぶりに来ると「なんだアイツ」という謎の空気に包まれる。それが原因でさらに学校という狭い世界から完全に追放される。そもそも居場所があるような人は登校拒否したりしないだろうが。


「おはよう磐木」


 晴太は背後から、縮こまったその小さな背中に普通に挨拶をかけた。すると磐木の肩が少しだけ力を抜く。磐木の顔の前に立たされていた本を鼻辺りまで下げ、長いまつげに縁取られた大きな瞳が現れた。


「えへへ……おはよう、村川くん」


 向けられたこちらも思わずにっこりしてしまう、そんな表情を向けられた晴太の鼓動はちょっとだけ早くなった。


「今日は遅刻じゃないんだ」


「うん、ちゃんと四時にアラームセットしたからね」


 ふふふんと得意げな顔をする磐木。磐木はそっと本を閉じ、机に仕舞う。


「そっかそっか、それは良いことだ。仕事の方は良いの?」


 ――磐木くん、その話はここではダメ……。


 磐木はぐっと身を乗り出して晴太の耳元でささやく。遠目に見たらまるで頬にキスをしているように見えなくもない……。


 もっと入念に顔を洗っておくべきだった――と晴太は申し訳なく思う。


「皆には内緒にしてるんだからね」


 再び椅子に腰を下ろした磐木。晴太は鼻をスンスン。そこに磐木はいないのにまだ香りが残っていた。


「……いい香りだな……」


「ん?」


「いや、なんでもない」


 それから朝のホームルームが始まり、夏休みが終わってからまだ二日目、生徒のやる気もほとんどなく、先生はそんな空気を読んでか呼称して重要な連絡だけして切り上げた。ちなみにあと約三週間後には文化祭があるらしい。


 今のところ磐木にちょっかいを出そうという流れにはなっていない。仮に再びそうなったとしても後ろの席である晴太が今回は何とかするつもりでいる。


 幸い特にこれと言って問題は起こらなかった。けれどまだ安心はできない。今日そういう事がないだけで、明日が平穏とは限らない。飽きてくれたのだろうか本当に。


 四限が終わりお昼。十二時三十分。晴太は弁当を机に置いた。晴太は弁当の冷めたご飯がわりと好きだったりする。


 そしてもうひとつ、ピンクの弁当箱。カラーリングからわかるようにこれは晴太のではない。向かい合い座る磐木の弁当箱。女の子らしく少し小さめ。けれど中には肉半分野菜半分の意外とスタミナ系。お肉はブタや牛ではなく鶏肉。ご飯には大粒の梅干しが彩。


「いただきます」


 なんだか懐かしい感じ。晴太はちらっと上目遣いに磐木を見る。


 こうしてみると印象よりやはりいくらか明るくなった。化粧は極めて薄く、髪の毛も特別セットしているわけではない。


 磐木は箸を止めてにへらと笑い、視線を斜め下に向けて指先で髪を耳に掛ける。なんだか恥ずかしそうだ。その原因は一体何なのか。晴太にはわからない……。


「……んぅ~じっと見すぎだから」


 磐木の耳も赤くなっていた。原因が自分であると気付き、顔が熱くなってきた晴太は誤魔化すようにブロッコリーを口に運ぶ。


 視線を別のところに移した晴太は、にやつく小島と目が合った。


 それから昼食を終え、午後の授業が始まった。


 磐木の授業態度はまじめな生徒。小テストの点数は大体八割ほど。忙しそうなのにしっかり勉強も両立させる。磐木は割と勤勉なのかもしれない。


 けれど久しぶりの登校だからだろうか、ピンと張っていた磐木の背が曲がり始め、コクコクと頭を振っていた。


 晴太は迷った末に軽くその背中を叩いた。これで「痴漢」と騒がれたら女性恐怖症になる。


「んぁっ……いけない、私ったらねちゃってた……ふわぁ」


「あと一時間で終わりだ」


「そっか、でも大丈夫。今ので目ばっちり冴えたからね」


 そして放課後。磐木はどうやらこの後レッスンとやらがあるらしくすぐに帰るらしい。とても忙しそうだ。


「レッスンって楽しいの?」


「うーん、楽しいけど、楽しくない。出来ないとすごい怒られるし、でも出来るとすごい褒めてもらえるの」


「飴と鞭、ってやつか」


「私は飴が欲しいなぁ、鞭は痛いからヤダ」


 でも理不尽じゃないから――と磐木は付け足す。晴太はカバン内側のポケットに手を突っ込んだ。


「確かに。のど飴ならあるけど。いる?」


「いいの? やったぁ! ありがとう」


 のど飴だから決しておいしいわけじゃないけど、磐木はなんだか幸せそうな笑みを浮かべていた。見た目は変わっても中身は何も変わってないのだなと晴太は思う。


「じゃ」


「また明日、ちゃんと行くからね」


 磐木はバスに乗り込み、窓際席から顔を見せる。ゆっくり走りだしたバスから小さく手を振る磐木に晴太は恥ずかしく思いながらも手を振り返した。すぐにバスの尻は見えなくなった。


「明日から早起きするかな……」


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