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僕のクラスの不登校が実はアイドルだった!  作者: M.H
一章 アイドル
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5話『見られたからには……』

 村川晴太はしばらく腰に手を当てていた。よく温泉とかでビンのコーヒー牛乳とか飲むときみたいに。晴太は開けっ放しにされたドアに伸びる廊下に視線を向けている。


 春乃が飛び出した後。晴太の体は遅れて反応を示した。とても死にたくなる屈辱的な恥辱を味わった晴太はさらなる痛みに片膝突いた。膝にタオルをかけ、もはや彫刻のようでさえある。


「鳩尾は、ないだろ……」


 とても惨めな姿だと思い晴太は自嘲気味に口端を引き攣らせる。


 痛みが引き、ようやく歩けるほどになったのですぐさまパンツを穿き、部屋着に着替えた。


 妹に見られて反応などしまいと思っていたがどうやらコレは素直だ。形通り真っすぐな感情を表していた。


 ひとりレンジで温めた弁当を、テレビを見ながら頬張る。二階からは時々春乃達の声が聞こえる。


「楽しそうだなぁ」


 晴太はそんな独り言をつぶやいた。混ざりたいとかそんなことを思っているわけではない。ただなんだかこう、もじもじと、自分だけが部外者みたいな、落ち着かない気持ちになる。


 それから晴太はゴミをまとめて捨て、自室へ戻り軽く二時間ほど勉強してごろごろとゲームなんかしながら過ごしていた。対面になった向こうのドアが開く音と、複数の声が帰ることを知らせる。晴太は時間を確認する。そろそろ夕食にいい時間だった。読み途中の本にしおりを挟んで、腰を上げた。


 喧騒が去った家はとても静かだった。晴太は廊下でひとり、スンスン、


「これは……」


 廊下には女子の香り、とか言う、得も言われぬ香りが漂っていた。


 晴太は夕食の献立を考えながら冷蔵庫をあさる。ブリの切り身、大根。まともな材料はこれくらいしかなかった。晴太も春乃も魚料理は好物。前回作ったときはパサパサになってしまい残念なことをした。それが原因で妹から執拗に責められた。そんな風に口うるさい春乃は一切料理ができない。手伝ってすらくれないくせにごちゃごちゃ注文を付けてくるものだから一度夕飯を頼んだことがある。米は炊けない、魚は焦げたと散々だった。当時中学一年生だった春乃に「小学生からやり直した方が良い」って言ったら泣いて部屋から出てこなかったことがある。


 帰宅した春乃が、ムすっと気難しい顔をしてリビングへ来た。第一ボタン解放のシャツ姿に太ももが半分ほど露わになる二つ折りスカートという格好。制服のまま。


 そんな妹の格好に晴太は「どっちがヘンタイなんだ」と疑問を抱く。


「今日のご飯何」


 口をへの字にして、スンスン鼻を鳴らす春乃。何かわかったように目を開くと胡乱なまなざしを向けてきた。


「ぶり大根」


「よくわかるな」


「ぱさぱさ」


「今回は期待して待ってろよ、春乃の肥えた舌でも満足できるはずだ」


 晴太はちらっと側に置いてあるスマホに目を向ける。画面には作り方が表示されている。それに従えばまず間違いはない。これで満足してくれないのなら春乃は将来生きていくのに苦労するだろう。料理人のいい男でも探すべきだ。


「ふーん」


 春乃は「どーだか」と疑いながら椅子を引き、いつもの席に座る。別に誰かが決めたという訳ではなく、自然とそう決まった席。


 それから約十分、食卓に並んだブリ大根とごはんと味噌汁とほうれん草のおひたし。


「いただきます」


 箸が身を切り分け、一口サイズになり口に運ばれる。しばらくの咀嚼、二口。


「どうだ?」


「まだ二口しか食べてないんだからわかるわけないじゃない」


 そう怒りっぽく言って三口目。時々味噌汁、時々ごはん。文句なく平らげた春乃。晴太は感想を求めるように視線を向ける。


「…………んん、おいしかった。ごちそうさま」


 なぜか悔しそうな顔をしながら食器を片付け、部屋へと戻った春乃。晴太はとりあえず安堵した。


「ま、そりゃうまいよな。プロのレシピなんだから」


 つむじ曲がりな春乃の根は素直だ。時々素直な感想をくれるから嫌な性格ではない。


 晴太は洗い物をしながらふと思う。


「春乃って、中三だよな……来年受験だよな……」


 両親の帰りが遅い我が家でそういった将来設計の話などは交わされない。何かあれば親に電話してとか、そんな感じ。晴太が高校進学の時もそうだった。だからという訳ではないが簡単に受かりそうなところに適当に的を絞った。春乃の学力は悪くないことを晴太は知っている。もちろん直接見せてもらえるわけがない。テーブルに置いてあった通知表を拝見した。五段階評価中平均4・5。


 内申の良い春乃なら、中堅の公立進学校でも余裕ラインだろう。少なくとも晴太より勉強はできる。


 洗い物を終えた晴太はいつの間にか習慣として身についた勉強を始めた。


「やっぱ、疲れたら甘いもんだよなぁ」


 晴太はコーヒーゼリーをかき混ぜて流し込んだ。

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