4話『兄の未知と遭遇』
「ごめん、ちょっとトイレ」
春乃は友達に断りを入れ部屋を出た。コンソメ味がしみ込んだ指をひとりそっとなめた。
春乃は一段飛ばしに階段を下り、そっと壁から顔を覗かせ、兄がいないことを確認して洗面所へ駆け込む。そしてシャワーの音に気が付く……。
くっそー、なんでいんのよ……出てこないでよね……。
心の中で愚痴をこぼし、細心の注意を払うべきだったと後悔しつつ息を殺し、ドキドキしつつコンソメに染まった手を洗う。
水の出が細い蛇口。よく泡立つ石鹸が落ちない。私が洗い終わるより先に洗い終わったことを知らせるようにシャワーが止む。
そしてガチャリと浴槽のドアが開かれる。湯気が押し寄せ少し暖かいと感じる。
春乃は息を吸い、殺した。叫びは出ず、腰を引き、驚きを浮かべて視線が下方へとシフトする。腰が床に着いた時にはちょうどいい高さに『兄貴』がいた。
ようやく声が出た。
「――ヘンタイ!」
とても理不尽な春乃の癇声に晴太は訝しがる。
「兄のコレを見てそんな感想が出るとは。僕は少なくとも妹の裸を見て真っ先に『ヘンタイ』とは言わないけどね」
腰に手を当て、鼻で笑った兄は湯上り故かちょっと顔を染めていた。兄、晴太に春乃は怒りを覚える。けれどそれを上回るほど恥ずかしかった。顔を真っ赤に染め上げた春乃は一撃、鳩尾に強烈なのを食らわせてから飛び出た。
「ど、どうしたの? 春乃」
「どうもしない!」
春乃はキンキンに冷えた緑茶を一気に呷った。春乃はしばらく兄の『兄貴』を忘れることはできなかった。
「めっちゃ顔赤い?」「絶対に何かあったっしょ!」
「なんでもないの!」