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僕のクラスの不登校が実はアイドルだった!  作者: M.H
一章 アイドル
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2話『始業式』

 晴太は『アイドルオタクの群衆に圧迫される』という夢を見たことを未だに憶えている。


 気が付けば夏休みは四週が過ぎて終わっていた。そして今日という月曜日が始業式だった。


 二学期が来た。まだ気温は高く、すれ違うサラリーマンが首元を手で扇いでいた。


 晴太は鬱々としながら陽炎立つ通学路を歩き、学校へ向かう。


「お兄ちゃんどいて! 遅刻しちゃう! 早くどけ!」


 晴太は朝、ボケっと身支度をしていると妹の春乃に突き飛ばされ、洗面所から追い出された。そのせいで普段より少し遅めに家を出る羽目になったのだ。


 反抗期なのだろうか。昔のお兄ちゃん大好きな春乃はどこへ。記憶によると小学四年生を境にそんな言動はぱたりとなくなった。


 そう悲観しながら歩いていると自転車のベルが鳴る。


「よう」


「はぁ」


 本格的な形状の自転車はご自慢のディスクブレーキで減速、並走。跨る男は同じクラスの友人。イケメン寄りの容姿で、たびたび女子と歓談する姿を見たりする。顔がいいとか、何か他を抜いた特技があるわけでもない晴太に話しかけてくる彼、小島勇作こじま・ゆうさく。彼は良い人なんだと思う。友達も多いし。小島はにやにやしながら訊いてくる。


「宿題はちゃんとやったのか?」


「一応ね、昨日徹夜で終わらせたよ」


 晴太が疲れている理由のひとつだ。高校の課題はあまり多くなく一日あれば余裕で終わらせられる内容。問題もまともに授業を受けている人間には別に難しくない。


「そういう小島は?」


「俺か? 俺は配られたその日に終わらせたぜ」


 夏休みが始まる一週間ほど前に宿題は配られた。大体の遊びたい生徒はその、夏休みが始まるまでの一週間で終わらせているそうだ。晴太は学校生活九年間を見返したが見事、宿題に苦しめられていた。


 そうだそうだ――と小島はつぶやき、


「そういや例の『先輩との』めんどくさい契約はどうなったんだ?」


 小島は変なことを覚えているらしく、完全に忘れていた晴太は顔をしかめて空を仰いだ。


「あぁ……完全に忘れてたなぁ」


「うわぁ、もっと面倒ごとになりそうだなー……可哀想に……ドンマイィ」


 晴太に対して、ではなくほかの誰かに同情を示すような顔をした小島。


 途中、小島は別クラスの男子生徒と合流して颯爽と学校へ向かった。晴太は後塵を拝する。


 ひとりになった晴太は辺りを、誰かを探すように見渡してみた。その誰か、とはもちろん磐木なのだが……いなかった。


 それから五分足らずで到着した学校。意外と見たことない顔を発見する始業式。全校生徒八百人ほどが集まる体育館。人の熱気と自然の熱気が天井に雲を作りそうだ。ほかの生徒を倣って晴太は手で顔に風を送るが逆に熱くなったのでやめた。


 湿った空気のせいで蜃気楼でも発生しているのだろうか、校長先生は全校生徒の「はやく終われ」という空気が読めないらしく長々と悠長に微笑み湛えて話す。


 晴太は一年一組の列を先頭から後尾まで見たが、やはり磐木の姿はなかった。


 はじめの頃、晴太は磐木と時々だけど会話を交わしたり、時々だけどお昼を一緒したりしたこともあった。


 そんな間柄でありながら実はプライベートで言葉を交わしたことはない、もちろん無料トークアプリで互いを登録するということもしていなかった……今度会ったらそのくらいしてみようかと思ったのだが姿がないし、会えないし……半ば夢のようだった。


 そもそもアイドルをしていた磐木は『別の世界から来た同一人物』なのかもしれないとさえ思う。可愛すぎて……。晴太は吊り上がりそうになる口元を手で覆った。


 始業式が終わり、各教室に戻り、ホームルーム。


 学年大半の生徒は未だ夏休みが抜けず騒がしい雰囲気。晴太はやる気なさそうに頬杖を突いていた。視線はもちろん前の席。名前など無くて誰の席かなんてわからない。けれどそこが磐木の席だと知っている。


 担任の挨拶は短く、ほとんど連絡などなくすぐに終わった。無駄な話をしない先生は好きだ。


「まぁ、明日から気を引き締めるんだな」と先生。


 晴太はさっさと気持ちを入れ替えて下校した。


 校門を過ぎてしばらく進むとバス停がある。残念なことに晴太の住まいへは最寄りのバス停からはいけない。そして一台バスが止まり、降りる人と乗る人。ここから乗るのは大体ここの学校の生徒。降りる人はあまりいない。そして降りてきたひとりは若かった。


 挙動不審に胸に手を添えて、おずおず辺りを見渡す見慣れた顔。この前で会った時とは違い華は薄い印象。毛先はすとんと下に向いて、長い前髪が微かに目にかかる。化粧はしていなさそうだ。


 晴太はそんな磐木と目が合った。艶な唇がはっと開いた。


「磐木? だよな」


「村川くん」


「どうしたんだよ、こんな時間に」


「もしかして、来るの遅かった?」


「遅いっていうか、もう下校……」


「……」


 磐木はしばらくその場で目をぱちぱちと瞬かせた。そして「え?」と首を傾げる。重力にしがたいさらさらと動く髪の毛。覗いた瞳はしっかり開かれて晴太を捉えていた。


「ほんとにほんと?」


「嘘だとしたら僕は不良だよ」


 一日が終わるまで敷地を出てはいけないという校則を無視することになる。校則違反イコール不良。という考え。例外もあるが大抵は不真面目な生徒だ。


 今から行ってどうにかなるという訳でもないので帰ることを決めた磐木がバス停の簡易的な椅子に腰を下ろした。晴太は鼓動を落ち着かせてからスマホをしっかり握り磐木に話しかける。


「そうだ、ちょっといい?」


「ん? なぁに」


「良かったらさ、追加してもいい?」


 数件、愛しの妹からメールが来ていたが罵声から始まっていたので無視して磐木の首筋辺りに視線を落とす。


 しばらく沈黙。晴太は寒くもないのに冷や汗を浮かべる。悪寒を感じる。きょとんと訳が分からない言葉を掛けられたような顔をする磐木ははっと我に返りスマホをカバンから取り出した。そして磐木はスマホを笑顔で構える。


「あ、これね! いいよ」


 さっとコードを読み取り追加。速攻で送られてきたスタンプ。にんまりと微笑んで磐木は言う。


「よろしくね。村川くん」


 晴太は思わずスマホの画面を見てにやけそうになるのを堪える。


「変顔?」


「失礼だなぁ」


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