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僕のクラスの不登校が実はアイドルだった!  作者: M.H
一章 アイドル
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10話『アイドルは恋愛禁止?』

 アイドルは恋愛禁止――といういつの間に刷り込まれていた意識を思い出しショックを受けた晴太はすぐ寝た。


 午前五時を告げるスマホ。晴太は寝ぼけ眼を眇めてトークアプリを立ち上げる。


 この時間、磐木は起きて何をしているのだろうか。「訊いてみたいなぁ」と朝テンションの晴太はそう思う前に文字を打って送っていた。けれど便利な機能がある。『送信取消』。


『今何してるの?』という文字がトークルームに表示。


 既読が付いたのは午前七時頃だった。結局便利な機能を行使することはなく、待っていた。


『ごめんね(汗)ちょうどいまランニングから返ってきたところだよ』


 口にくわえていた梅干しがボトっと音を立てて落ちた。その様子を目の当たりにした春乃は下卑たものを見る目を兄に向ける。晴太が再び咥えたことに春乃は瞳孔を全開、戦慄した。


「へーランニング。健康的だね」


 それもアイドルに必要なのだろうか。それともただの習慣なのか。朝から走るなんて出来なさそうだと晴太は思う。けれど考えてみる。朝ランニングを始めたら一緒に……いや、そもそも住んでいる場所が違いすぎる……。再び落ちそうになる梅干しを吸い込んだ。


「お兄ちゃん……キモい」


「失礼だな、いつからそんな酷いことが言えるようになったんだ? さては年頃か、そういう時期なのか」


「…………その性格絶対彼女とかできないね、というか彼女とか作っちゃだめだよ、お兄ちゃんは」


「お互い様だな」


 それから晴太はスマホをテーブルの隅に置いてぱぱっと食事を済ませる。


『おすすめだよ、朝ランニング』


 おすすめされたらねぇ……やるしかないよねぇ。晴太は純粋にそう思う。下心はない。あくまで健康を目的とした行為だ。けれどきっと面倒くさくてやらないと思う。


 晴太は洗い物を済ませ、適当にぼちぼち時間になって家を出た。


「よう晴太」


「おう小島か……」


 晴太はちょっとばかし残念そうな顔をする。小島は片眉を上げた。ついでにバランスを取るために肩に手が置かれた。常々車道を呑気に走る姿を危ないと思っている。


「なんだ? その心底残念そうな顔は」


「いいや、いきなり男子に話しかけられたら誰だってこんな顔するさ」


「女子に話しかけられたらどんな顔すんだよ?」


「……」


 晴太は顔の中心に軽く皴を寄せる。小島も似たような顔をした。


「は?」


「今の顔だよ」


「真顔じゃねぇかよ!」


 ベシンと肩が叩かれた。たぶん脱臼した。鎖骨も折った。鎖骨を折るとほんとに不便だ。そのくせして折れやすいとは。人間の体は実に脆いと晴太は思う。


「そういやさ晴太って磐木と仲いいのな」


「あぁ、まぁ確かに。否定はしないよ」


「好きなのか?」


「……ストレートに訊くなよなぁ」


「おう、その反応は……そういう事かふむふむ」


「勝手な考察をするのはいただけないな。この際はっきり言っておこう、僕は磐木が好きだよ」


「意外とお似合いじゃねぇか! アッハハハ」


「そりゃうれしいことだ」


「でも、なんか雰囲気変わったよな」


「わかるか?」


 小島はうんうんと頭を振る。小島は驚異的なバランス力で腕を組む。こけそうで怖い。


「なんか、明るくなった」


「かなりな、これで嫉妬の女どもが悪戯することはないだろ」


「あー、あれな。女子はこえぇからなぁ」


「僕の中での女子は磐木のことだけを指すんだけどね」


 しばらく会話が止まって、小島が思い出したように口を開いた。


「じゃぁ、あの先輩はどうなったんだよ?」


「嫌な事思い出させないでよ……割とトラウマかもしれないんだから」


「先輩、今年の文化祭で『アヤシイ企画』立ててるらしいぜ? 裏で男子に賄賂とか……」


「なんだそれ、そもそも先輩の存在がアヤシイでしょ……ありゃ調理の妖怪だ」


「言えてるわ、まぁ巻き込まれねぇといいな」


 小島はにやにやとしながら言う。やけに顔がいいのがムカつく。


 晴太はバス停の前で足を止めた。そのことに気付かず少し進んでいた小島が自転車を止める。そしてにやにやしながら訊く。


「どうしたんだ? 〇ったか? ヤベェな」


「違うわ、待ち合わせだよ」


 そんな馬鹿話が出来る唯一の男子友達は、晴太の友達ではない小島の友達に取られていった。


 友達の友達は友達。かもしれないけど……ないな。こう見えても人好みが激しい晴太だった。


 小島と別れて五分と経たずバスが来た。さっきからずっと大事に眺めていたスマホをポケットに仕舞う。向かってくる笑顔に小さく手を振り返す。


「おはよ村川くん、お待たせした?」


「いいや、今来たところ」


「うそだぁ、だって五分前に『着いたよ』ってメール来てるし」


 晴太は格好つけてみようとしたが駄目だった。慣れないことはするべきではない。


「格好つけようなんてしなくていいんだよ?」


「僕だって男子なんだから少しは格好つけたいよ」


「鏡あるけど、見る?」


「……ソレハドウイウコトデ」


 鏡見てから言えクソブスという意味だろうか。晴太は震えた。女子怖い。


「いや、ここ。ついてるよ」


 くっと磐木の細い指が口元に触れる。何かを取ったのだろうか。意表を突かれた晴太はしばらくぱちぱちと瞬いていた。そんな晴太の目の前につまんだそれを持ち問う。


「何これ? 野菜?」


「それはあれだ、梅干しに入ってるシソだな……って汚いから! 早く手拭いて!」


 アルコール除菌ウエットティッシュを渡した。申し訳なさすぎる。当の本人は特に気にしてないからまるでバカみたいだと晴太は頭を抱えた。顔全体が熱い。あと手から仄かにいい香りがした。たぶんハンドクリームとかだと思う。


 それから校門を共にくぐり、昇降口で上履きに履き替える。前傾姿勢になると少しだけスカートが上がる。その時少しだけ深淵に近づけたような気分になる。晴太はどさくさに靴を拾うときに背を屈め、見えないか見えないかと目を凝らすが見えたことはいちどとてない。もっと短く折ればワンチャンあるが良心の呵責に耐えられず自首する。


 太ももだけで眼福……。


「どうしたの?」


「……ちょっと腰が痛くて」


「大丈夫? 保健室行く? 付き添うよ?」


「付き添いは嬉しいけど大丈夫だから、行こう遅刻しちゃうから」


「そう? 本当にダイジョブなの?」


「う、うん」


 実際ちょっと痛かった。覗き未遂がバレたかも知れないと思ったとき思いっきり力んでしまったのが原因だ。


 とりあえずヘンタイの烙印は押されることなく済んだ。残りの二年間を『ヘンタイ』というあだ名で生きる自信はない。



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