異世界転生するのかと思ったらしなかった話
なんとなく息抜きで書いた作品です。
数ヶ月したら書いたことさえ忘れそう。
別サイトの"ハーメルン"様でもこの作品を投稿しています。
「う~ん」
小さく呻くように声を出し、少年は目をこすりながら目を覚ます。
「……どこだここ」
見覚えのないーーもとい、見たことのないその空間にゆっくりと首を動かして視線を彷徨わせる。
薄暗いのにハッキリと周囲を視認することが出来る不思議な空間。
「ようやく起きたか、ねぼすけ」
少年の頭部を手で軽く叩き、青年は口に咥えているタバコをポケット灰皿へ押しつける。
「あっ……ねぇ、なんで俺こんなとこで寝てたの?」
「そりゃ俺が聞きてぇよ」
呑気に話す少年に疲れたように青年は眉間を指で抑えると、逆の手で周囲を指さした。
「俺も気がついたらここにいたんだよ。目ぇ覚ます前のことは覚えてっか?」
「前? えっと、……あっ、そういえば、ドライブしてたっ!」
「そうそう、それから?」
「えーっと、そんでぇ……盛大に急カーブで崖にぶっ飛んだ」
「ぴんぽーん」
少年はしばしの間腕を汲んで思案する。
「あれ? 俺たちって死んだの?」
「さあな、でもあれだけハデに崖からダイブして無傷ってのはおかしいだろぉ」
懐から何本目になるかわからないタバコに火をつけ煙をくゆらせる。
「じゃあやっぱり死んだってことじゃんか! どうしてくれんだよ、お前が運転してたんだろ!」
「うるっせぇなあ、事故っちまったもんはしょうがねぇべ」
喚く少年を鬱陶しそうにあしらうと、青年は少年の髪をかき回して立ち上がった。
「それより行くぞ。ここでこうしてても埒が明かないからな」
「行くって、どこへ?」
歩き始める青年を慌てて少年は追いかける。
「さあな~、適当に歩いてりゃどっかにつくだろ」
「んだよ、それ」
口では文句を言いながらも、少年は口をほころばせて青年の横に並び歩いて行くのだった。
「なんだありゃ」
どこまでも続くかと思えるような闇の中、青年は先を指さして立ち止まる。
「んー、ドア?」
「んなもん見りゃわかるっつーの。こんなあからさまに扉がポツンとあったらおかしいだろぉが」
「つっても入るしかなくない? 俺たちもう1時間近く歩き回ってるけど、他になんもないし」
少年は軽い調子でノブに手をかけ扉を開く。扉の向こう側は変わらず暗い空間が広がっている。違うとすればそれはーー
「ようこそいらっしゃいました。ずいぶん遅かったので心配しましたよ。一本道にしておけばよかったですね」
”ようこそ”と書かれた看板を掲げた男が、脳天気な調子で笑顔を向けていることぐらいだろうか。
「おやおや? どうしたんですか、ふたりとも」
とぼけた調子で首を傾げる男をみて、少年と青年は顔を見合わせ頷き合う。
「おい、あっちの方に何かありそうじゃねえか?」
「うん、そんな気がする。行ってみようぜ」
扉を閉めた後、何もなかった風を装って二人は歩き出す。
「「うおっ」」
いつの間にか立ちふさがる先の男の姿に二人は肩をビクっと震わせた。
「無視するなんて酷いじゃないですか。これでも繊細なんですから、傷ついてしまいますよ」
「だあぁ、うっとうしい! うさんくさい泣きマネすんなっ」
男を追い払うよう手を振って全身で嫌悪感をだす。
「で、なんなんだあんたは。俺たちになにか用か?」
男から少し距離をとり、青年は男の容姿を値踏みするようにみる。
「あれ?」
少年も同じように男を見やると、何かに気がついたかのように首を傾げた。
「どうした?」
「いや、あのおっちゃん最近どっかでみたような……。あっ、うちの近所にある教会に引っ越してきたヒトだ!」
「おやおや、覚えていただけていたようで感激です。これも日頃の行いが良いからでしょうか」
一人頷き満足している男を無視し、青年は記憶を探るようにして少年へ問いかける。
「教会? そんなもんあったか?」
「うん。って言っても小さくてこじんまりとした場所にあるから、そこの前通っても気がつかないかも」
「ほぉ、でその教会の人間が何でここにいて、あんな事情通ですって面してんだぁ」
ズボンのポケットから本日何本目になるか分からないタバコを取り出し火をつける。
唯一この場でその質問に答えられるであろう男は、柔和な笑みを浮かべ看板を二人に見えるように掲げなおすと深く息を吸い込んだ。
「ようこそいらっしゃいました。あなた達は選ばれたのです。是非異世界で第二の人生を歩んで下さい」
「「は?」」
声高らかに告げる男に、二人は顔を見合わせ間抜けな声を発するのだった。
「ってことはやっぱり俺たち死んだの?」
「はい。そりゃもう完璧に。身体は今頃崖の下にでも転がっているでしょう」
何が楽しいのか、言葉にそぐわない朗らかな笑顔。しかしある程度予想はできていたのか、二人は驚いた様子もなく平然としていた。
「教会の神父は仮の姿。本来は案内人のようなものでして、迷える人々を進むべき道へと導くのが私に与えられた使命なのです」
「導くっていわれてもよぉ。俺天国行けるのか? 地獄に行くほど悪いことはしてないつもりだけどよ」
「あ、いえ。勘違いしないで下さい。導くと言っても死後の世界ではありません。いわゆる異世界へお二人をエスコートさせていただこうかと」
「イセカイ?」
聞いたことのない単語を少年は反復する。
「おや、ご存知ないですか。最近流行っているんですよ。現実とは異なる世界で生まれ変わる、あるいは移動することを指してそのように言うのですよ」
「聞いたことある?」
「ねぇな。大体なんでそんなことしなきゃいけないわけよ。死んだなら死んだであの世でしょうが普通は」
「若い身空で交通事故、などとあなた方が哀れでなりません。志半ばで倒れたものを導くのも私の務めなのです」
「ふーん」
「ま、一応筋は通っちゃいるが……。俺はパス」
短くなったタバコを足元へ投げ捨て、青年は気だるげに言い放つ。
それを聞いた男は僅かに慌てたような素振りで青年に詰め寄る。
「な、何故です!?」
「いや、だって。やり残したこととか確かにあるっちゃあるが、生き返ってまでやりたいことかって言われりゃそうでもないしよ」
「あー、そう言われてみたらそうかも。じゃあ俺もパスで」
少年は頭の後ろで手を組み、呑気に天井を仰ぐ。
「いやいやお待ち下さい。異世界転生ですよっ、異世界転生。身命を投げ打ってでも皆さん行こうとするものなんですよっ」
「だーから知らねぇっての。なぁ?」
「なー」
男は二人の説得を試みるも、取り付く島がない。まるで現世に未練や執着をもっておらず、男は内心焦りを感じ始めていた。
「い、異世界へ行ったら色々な特典があるんですよ。チート、端的に言えばズルとも表現されるような反則的な才能をお渡しすることができます」
「反則的って、例えば?」
「その世界の法則に則っているのであれば何でも大丈夫ですよ。ご希望があれば言ってみてください」
少年が興味を示したことに喜ぶも、男はそれをおくびにも出さずに澄ました顔をする。
「えっと、じゃあ魔法の才能とか欲しい!」
「あー、その……申し上げにくいのですが、魔法はちょっと……転移先に異世界には魔法は存在しないものですから」
「えっそうなの!? じゃあやっぱり行く意味無いじゃん」
目に見えて落胆する少年の姿に、男も申し訳無さそうにーー否、客を逃した店主の様に残念そうにしている。
「ガキだねぇお前」
そんな男の様子に気づくことなく青年は落胆する少年をからかうように笑う。
「いいだろ別にっ。そういうお前はどんなのがいいんだよっ」
「私も気になりますね。あなたはどのような力をお望みなのですか?」
少年は顔を少し赤らめ声を荒らげると、会話を聞いていた男はここぞとばかりに青年に話を持ちかける。
「俺はさっきも言った通り何もねえよ。貰いもんの力で活躍したって面白くもなんともねえしなぁ」
微かな希望の芽を摘むように青年は冷たく言い放つ。男は先の少年よりも大きく肩を落とし落胆するしてみせた。
その男の様子をみた少年と青年は不思議に感じた。
男は志半ばで倒れたものを導くのが目的だと話した。であれば未練も執着もなく、あの世へ行くことを希望する二人を喜びこそすれ、落胆することなど無いはずだからである。
しかしそれは自分たちには関係のないことだ。疑問には思うがあえて聞くようなほどのことでもないだろう。
「おい、とっとと俺たちをあの世へ連れてけ。まさかこんな何もないとこがあの世ってわけじゃねえんだろ?」
青年は男の肩を小突くと案内を促した。だが、男は先程とはうってかわってやる気なくボソボソと聞こえないくらいの小さな声で呟く。
「……やっぱり生き還ってもらいます。感謝してくださいね」
「「はあ?」」
男が手をかざすと周囲はまばゆく光りだし、二人を包み込んでいく。
訳の分からない内に訳の分からない場所へ連れてこれらて少年と青年は、やはり訳の分からないまま元の世界へと返されていった。
光が収まると、そこは先ほどまでと同じく何もない真っ暗な空間に戻る。
「はあ、あの二人ならアクセス数伸びたかもしれないのになぁ」
誰もいない空間で男は心底残念そうにひとりごちる。
あの世では娯楽が不足しており、異世界へをドキュメンタリーとしてネット配信するのが流行っている。
投稿者として有名なればあの世での株はうなぎのぼり。一躍有名になれるため、今一番人気の職業であった。
だからこそ男もそれに倣い地上へ出向いて逸材を探していたのである。
ようやく見つけた時、男は運命を操って二人を事故にあわせた。そこまでは他の投稿者もよくやる手口で、何も問題はなかったのだが。
まさかあんなに異世界に興味のない二人がいるなんて想定外だった。
ムリヤリ転生させると閲覧者から非難殺到で別の意味で有名人になってしまう。本当は惜しかったが仕方なく元の世界へ返すことにせざるを得なかった。
ちなみにあの場でそのままあの世行きにした場合、生命の略奪行為となり神から罰がくだる。
男は大きなため息を吐く。つくづく惜しいことをしたと思った。ドキュメンタリーの主人公は自由奔放な方が人気が出やすい。だからあの二人はその条件にマッチしていたと思ったのに。
「奔放すぎて転生してくれないなんて思いもよりませんでしたよ」
愚痴をこぼしながら足元に残されたタバコの吸殻を拾い上げ、男は次のターゲットを探すために下界に降りるのだった。
緑生い茂る崖の下。そこに投げ出された状態のまま二人は仲良く転がっていた。
「痛ぇぇ。おい、あのクソ神父が越してきたっつう教会あとで案内しろ。ぶっ殺すから」
「ーーっ痛!? あー、ここも擦り剥けてる。マジ最悪。ってかよく生きてたよな、俺たち」
「いや、実際死んだからな」
肘をさすってなんとか起き上がる二人。
崖の上を見上げると、あの真っ暗な空間へ行く前に通ってた道がある。転落防止用のガードレールは破損しており、おそらく自分たちがぶち破って落ちたのだろうと予想できた。
寝転がっていた真横には大破した車の残骸。普通に考えたら絶対に助からない衝撃だったに違いない。
「あのおっちゃんのお陰で生きてられたんだよな。感謝しなくっちゃ」
「こんな中途半端な治療でよく感謝できるな。それにそれは気が早いってもんだ。俺たちこっから街まで車無しで帰るんだからな。遭難して死んだら元も子もねぇっての」
とても登れそうにない高さの崖を指さし、現状がどんなに絶望的か少年に説明する。
少年は崖と周囲の森を交互に見渡すと血の気が引くように青い顔になっていく。
「どうすんだよっ、俺明日学校でテストあんのに! 赤点取ったら補習で夏休みなくなっちまうよっ」
「脳天気だねぇ、お前。ーーあっ、おいその膝やべえだろ、見せてみろよ」
青年に言われて左足をみると5センチは超えるであろう裂傷ができていた。
「あ、マジだ。全然気づかなかった。治してー」
「へいへいっと。ーー”ヒール”」
青年が膝に手をかざすと青白い光が少年の傷を照らす。数秒も経たないうちに傷は完治し、少年は屈伸して具合を確かめる。
「さんきゅー。でこれからどうする?」
「まずは馬でしょ。車は壊れたけど引いてた馬は見当たらねえからどっかにいるだろ。見つけたらそれに乗って帰りゃいいべ」
「そっか、あったま良いー。それにしてもーー」
緊張感の欠片もない二人の声は森へ入ってもずっと続いていた。
彼らが目指す街の名はミューレン。数多ある国の中でも6番目に魔法の発達した国の外れに位置する、小さな街の名前である。




