決戦! そして。
トラックのモニターに映る恵比寿像は相変わらず釣竿を上げ下げし、釣り針の先を確認している。
「随分とリアルな恵比寿像なんですね。釣竿に糸と針までついてるんだ。普通ああいうのって竿だけにしませんか? 恵比寿様にリアル感を求めているとか笑えますね」
「いえ、O前神社にお参りに行ったことが有りますが。恵比寿様が持っていた釣竿には糸も針も無かったと思いますよー。そんな変に凝った作りならきっと覚えてると思いますしー」
渡部と呑気に話していると。モニター内の恵比寿像が釣竿を上げ肩に担ぎ立ち上がると、振り返って歩き出す様子が映っていた。
『恵比寿像に動きが有りました。立ち上がり西に向かって歩き出しました。予定通り、K怒テクノ通りを南下し県道46号線で市内に向かってください』
スピーカーから女性の声が聞こえてくる。渡部はナビシステムを操作し進路を確認した。
「釣りに飽きちまったんですかね?」
俺が言うと。
『神社脇の小さい川じゃ釣れないんで、場所を変えるんじゃないか?』
伊藤が言う。
「自分の腕が悪いのを道具のせいや場所のせいにするわけだ。神様なのに器が小さいな」
「でも、このまま道を歩くだけでもアスファルトがボコボコになっちゃいますよねー。M岡市内は道が複雑ですからー。道に沿って歩いてくれても高架やら高速道路やら壊しちゃいますよー。ショートカットしようとしたら街並みが破壊されちゃいますねー」
「K怒川に向かうとしたら工業団地の中を通るだろ。そんなところでドンパチしたらまずいな」
『鳥越、市内のどこでもドンパチしたらまずいだろうが。できれば、田んぼに誘い込んで決着を付けたいな』
「そうですねー。未だ田植え時期には早いですからねー。農家さんにもあまり怒られずに済むかもしれませんねー」
「伊藤係長、ドンパチはダメって。Tまるくんロボに搭載されている武器ってみんな飛び道具じゃないですか。あんな短い手足で格闘戦でもしろって言うんですか?」
「説得と言う手もあるのではないですかー?」
「『それは無い』」
渡部の言葉に、俺と伊藤の言葉が重なる。
『特殊災害対策課の仕事は特殊災害の速やかな排除だ。生物なら殺さにゃならんし、ああいった物なら破壊せにゃならん』
「だったら、ミサイルでドカーンと行きましょう」
『あいつが壊すならともかく、そんなもん撃って民家の1軒でも壊してみろ。課長どころか、部長の謝罪会見が待ってる。同じ記者会見なら、無事解決してからの記者会見の方が部長の気も楽だろうさ。付近の住民は地元の警察が避難させてるはずだから。あとは、いかに被害を少なく負わすかが肝だ』
「あいつの材質は?」
『聞き取りの結果、コンクリート製だそうだ。良かったね、Tまるくんロボのパンチで壊せるよ』
俺達の会話に荻原が割り込んでくる。
「頭がデカくて手が届かないんじゃないんですか?」
『頭からちょっとだけ出るから平気だろう。大体格闘戦に向かない形だからね。基本的にスチームパンチの連打で行けるさ。田んぼのだと言っても、ミサイルなんか使ったら掃除が大変だろ。細かい破片で農家の人が怪我したらどうするんだ』
『じゃあ、スチームパンチが使える場所に誘導するまでは。ひたすら殴ってくれ』
「分かりました」
作戦とも言えない作戦に俺が了解をしめすと、荻原が。
『あー、そうそう、全力で殴り合いなんかしたら。あの子のバッテリーは15分くらいしか保たないから気を付けるんだよ』
「はあ? たったの15分ですか! どこぞの人造人間みたいな活動時間ですね」
『何失礼な事を言ってるんだ。あれは、止まっていても15分だろうが、その子は止まっていればあまり電気を消費しない。全力で動けば15分と言うだけだ。核で発電しようとしたのだが、上から待ったが掛かってしまったんだ。なぜだろう? あれなら時間など気にせず動けると言ったんだがな』
ひょっとしたら、核燃料の側で格闘戦をしなきゃならんかったんかい。上の人には感謝だな。
『恵比寿像に接触するまであと5分です』
ドロイドの若干機械的な声がした。
『よし、Tまるくんロボ起動だ』
「「了解」」
そう返事をして、トラックが止まる。荷台に登った俺はTまるくんロボの口の横に有るカバーを開けボタンを押す。にっこり笑た赤い口が。
『プシュー』
と言う音と共に開く。
「口から入るなんて、食われちまう気分だな」
『仕方がないだろう。そこしか場所が無かったんだ。その子は二頭身なんだ。武器だって頭の中に全部収めて有る』
コクピットの周りを爆発物が囲んでいるって訳ね。殴られたら暴発するんじゃねえか?
コクピットに座りハーネスを着ける。起動スイッチを押し込んで数秒待つと。
『Tまるくんロボ起動しました』
コンピューターの合成音と共に正面のモニターが空を映す。
「Tまるくんロボ起動しました」
『はーい。荷台を起立させますねー。エイ』
何だか気合の入らない掛け声がして。
『ギューーーー』
機械音がしてモニターに映る景色が空から道に変わっていく。
『鳥越、ここは見せ場だ。トチ狂った県議会がおかしな条例を作ったせいで、日本中の笑い者になってから早4年だ。バシッと決めて見せろ。バシッと。課の発足直ぐに巡って来たチャンスだ。俺達を馬鹿にした連中に目にもの見せてやれ』
伊藤課長、熱くなってんな。まあ、あの条例を読んだ限りじゃ県議の頭が膿んでるとしか思えなかったもんな。
フットペダルを踏み込んでTまるくんロボを前進させトラックから降りる。レバーを操作しトラックを回り込んでモニターに恵比寿像を入れる。変な帽子を入れて相手の身長は15m位だろうか? Tまるくんロボは10mなので、殴るとしても腹になる。
「信仰の対象なんだろうが! おとなしく座っていやがれ!」
フットペダルを思い切り踏み込んで全力疾走に移る。恵比寿像も右手の釣竿を正面にまっすぐ伸ばし左手に金色の鯉をぶら下げ走り出した。
「あれ? 恵比寿が持ってる魚って鯛じゃなかったっけ?」
『普通はー、鯛を抱えている物が多いみたいですけどー。O前神社の恵比寿様はー、鯉を掲げているんですよー。珍しいですねー』
「はあ、どうでもいい情報をありがとうございます」
『どういたしましてー』
彼我の距離が20mを切った。槍を使うように釣竿を構え突進してくる恵比寿とのタイミングを計り、Tまるくんロボの頭を下げる。
『ガリュ!』
後頭部でも擦ったのか大きな音がコクピット内に響く。
「ちっ!」
舌打ちしながらもフットペダルを踏む足の力を緩めることなく恵比寿にぶつかるように突っ込むと、下から抉る様に拳を突き出す。
『『ドン!!』』
大きな音がして、コクピットが左に傾く。
殴られたのか!?
ふらふらと下がる恵比寿の左手に鯉の尻尾が残っているのが見える。
鯉かー!
数歩下がった恵比寿の腹を見ると、少しヒビが入っている。
「よし、スチームパーンチ!!」
無意識に技を叫んでトリガーを引く。
『バシュ!!』
腕から蒸気を吹き出しパンチが飛ぶ。帽子を砕き、恵比寿を通り越して20mほど飛んで停止すると。
『ギューーーーーーーン!』
ウインチで巻き戻される。
『ガチャン』
腕に戻ったパンチを確認し、今度は左のトリガーを引く。
『バシュ!!』
『ギューーーーーーーン!』
『ガチャン』
今度は顔が陥没した。
『バシュ!!』
『ギューーーーーーーン!』
『ガチャン』
『バシュ!!』
『ギューーーーーーーン!』
『ガチャン』
続けざまにスチームパンチを撃ち出し、コンクリートの瓦礫を作る。
胸から上を破壊された恵比寿像がガクリと膝を付いてからゆっくりと前に倒れて来た。動かなくなった恵比寿像をしばらく眺めて。
「特殊災害事案終了しました」
マイクに向かって言う。
『よし、鳥越よくやった』
伊藤が言う。
『ごくろうさまー』
渡部が言う。
『さすが、あたしのTまるくんロボだ』
荻原が言う。
「伊藤係長。こんな所で蕎麦なんか食ってて良いんですか?」
伊藤はざる蕎麦を一口すすり。
「当たり前だろ、出張中だろうと昼飯を食う時間くらいは認められてる」
「多分、鳥越さんはー、駐車場に止めたトラックの事を言ってるんじゃないんですかー? 無茶苦茶目立ってましたものー」
渡部は天ぷら蕎麦を食べている。伊藤に言わせると蕎麦はM岡市の名物の一つらしい。
「そんな事より鳥越。かけ蕎麦なんかで保のか? 若いんだからカツ丼の大盛りくらい食わんとダメだろ」
「Tまるくんロボって乗ってみるとかなり揺れるんですよ。前後左右にシェイクされて、少し気持ち悪くなったんですよ」
「あらー。意外と繊細なのねー」
「だらしないなー。若いんだからシャキッとしろ」
「車なんかなら酔ったこと無いんですけどね」
「まあ、時機になれるだろう。大体、15分しか動けんのだ。重症にはならんよ」
「だと良いんですけど。ところで、M岡市の名物って何ですか?」
「荻原さんのお土産の事?」
「はい」
恵比寿像との戦いが終わって直ぐに荻原から無線が入った。
『鳥越君おつかれ! ところで、M岡市を代表するお土産を買ってきてくれ』
「はあ? なんでそんな物かって行かなきゃならんのです?」
『なんでじゃないだろ。日本には留守番をしていた者にお土産を買って帰ると言う由緒正しい文化が有る。自慢じゃないが、あたしは引きこもりだ。県庁に就職してからプレハブの外に出た事など数える程なのだ。当然、県内といえども観光した事など無い。お土産を要求するのは当たり前だ』
「え? 普段の食事や買い物はどうしてるんですか?」
『鳥越君は出前やネットショッピングと言うものを知らんのか? スマホで決済出来てとても便利だぞ』
「そのくらい知ってますよ」
どれだけ、表に出たく無いんだこの人は。
「M岡市のお土産くらいネットでお取り寄せ出来るでしょうが」
『馬鹿者! お土産は、現地で買ってくることに意味があるのだ!』
「そうだなー。我がT県は日本一のイチゴの産地だ。その中でも、M岡市のイチゴは有名だぞ」
「おー。これがM岡市名物のイチゴ大福か! もぐもぐ。・・・・・おいしー!! 名物に美味い物無しと言うのは嘘だな。これはとても良い物だ」
細い体のどこに入るのだろうと言う勢いでイチゴ大福を平らげる荻原。
「もう3個めよー。あまり食べると太るわよー」
「ぐっ。平気だ! 私は太らない体質だし。甘いものは別腹と言うではないか」
と言う荻原の額から一筋の汗が流れた。
(こうして、特殊災害対策課の初出動は無事に終えた。T県の平和は守られたのである。)
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事件とは一切関係ありません。