初出動!
うーん。何もかも懐かしくもなんともないな。
1週間ぶりに出勤したプレハブを前にして、なーんの感慨も湧かない自分にさも有りなんと納得していた。
だいたい、1週間前に1日いや、1時間ほどしかいなかった場所だしな。そんなもんだよな。
「おはようございます」
プレハブのドアを開け朝の挨拶をしながら入る。部屋の中を見渡すと、課長はすでに出勤している。装備係も数名机に着いている。荻原はいない。もちろん伊藤係長もまだのようだ。渡部に軽く頭を下げて課長の前に行き。
「課長おはようございます。無事に大型特殊免許を取ってきました」
「おー、ご苦労だったね。おめでとう」
「ありがとうございます」
そう挨拶してから自分の席に着く。
「おはよー」
「おはようございます」
渡部と挨拶をかわし。免許証を取り出すと。
「じゃーん。大型特殊免許取ってきました」
「ふふふ。おめでとーう」
美人の笑顔って破壊力はんぱねー。
「おはよーございます」
伊藤係長が出勤してきた。
『キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン 』
今日もギリギリなんだな。
「伊藤係長、毎日この時間なのよー。ある意味すごいわよねー」
この人、毎日なのか。
「お、鳥越久しぶりだな。取れたんだな」
「はい、1週間の合宿免許で無事取得と言うやつです」
「おーご苦労さん、ご苦労さん。じゃあ、荻原の所に行くぞ」
伊藤はそう言って例のロッカーに向かう。
「萩原さんって、もう向こうに居るんですか? 今朝はまだ見ていませんけど」
「荻原はあそこに住んでるんだ。いわゆる引きこもりと言うやつだ」
「あー、なるほど」
渡部が伊藤の言葉に相槌を打つ。
「住んでる? っていいんですか?」
「宿直として上に認めさせた」
「はあ」
「あいつはアメリカのエムITでロボット工学、コンピュータ工学、ロケット工学等々を修めた万能の天才だ。ただし、引きこもりだ」
「俺達とは平気で話してましたけど?」
「単に、表に出るのが嫌なだけで対人恐怖症と言う訳じゃ無い」
対人恐怖症じゃない引きこもりってどんな引きこもりなんだ?
俺達がロボが置いてあるハンガーに入るとすでに荻原が待っていた。
「おはよう鳥越君。予定通り免許を取って来てくれたようだね。良かった良かった」
「ありがとうございます」
礼を言う俺に対し。
「せっかく、鳥越君の体形に合わせてコクピットをいじったんだ。無駄にならなくて何よりだ」
そういう理由かよ。
残念な理由を聞かされた。
「さて、鳥越君がシミュレーターで動かしていた物と、この子は基本的には同じ物だから操作方法は変わらない。そういう意味では、免許を取得した君は、今すぐにでもTまるくんロボは動かせる」
そんな簡単な説明しかないのか。と思っていると。
「で、この子のスペックを説明するよ。渡部君も聞いていて欲しい。現地で鳥越君のバックアップをしてもらう事になるからね。まず、体高は約10m、ゆるキャラのTまるくんの1分の6スケールと言った所だ。搭載兵器は、30mmガトリング砲。本当はA10に搭載されている劣化ウラン弾を使いたかったんだが、承認されなかった。残念だ」
いや、劣化ウラン弾なんか積もうとするな。操縦する俺が被曝しちまうだろうが。
承認しなかった上の人間に密かに感謝していると。
「市街地でバラまいた砲弾がそんな物だと住民にバレると突上げを食うのが嫌なのだろう。それから、
93式近距離地対空誘導弾を1基8発積んでいる。ま、自衛隊のお下がりだ。本当は、スィンガー対空ミサイルを使うアベンジャーシステムの方が良かったんだが、国産を使えとの事で諦めた」
「国産はダメなんですかー?」
渡部が聞くと。
「兵器は実戦を経験してなんぼだからな。それから、ソニックキャノン、これは音響兵器だな。相手が生物だった場合かなり有効な兵器だと思うよ」
音波兵器ってなんだ?
「ただし、人間に当てると、重篤な障害が残るから人に向けるなよ」
「あの、乗ってる俺は平気なのかな?」
「ああ、両の頬っぺたに仕込んである超指向性スピーカから出る音波が重なった極限られた所にしか影響が出ない。はずだ」
「はず?」
俺が疑わしい目で見ると。俺から目を逸らしながら。
「計算上は問題ない! 最後は、スチームパンチだな」
「スチームパンクですかー?」
そう聞く渡部に。
「違う違う。アメリカの空母に付いている蒸気カタパルトの応用だ。近距離武器だからな。あれの初速はすさまじいからな」
「えーと、パンチを打ち出すなら、ロケットエンジンの方が良いんじゃ?」
「だめだ! 〇ケットパンチなんか付けてみろ。事によったら報告書に使用した武器を伏字で書くことになる。監査が通らないって伊藤課長が言ってた。それに、ミサイルならともかく、腕みたいな重い物を飛ばすには初速が足りない。撃った瞬間地面に落っこちる。レールを伸ばす訳にはいかないからね。撃ち出した後は、ワイヤーを巻き上げることで何度でも使用できるんだすごいだろ?」
ロケットだと伏字の報告書になるのかー。
「ただし、『緊急連絡! 緊急連絡! M岡市で特殊災害事例発生! M岡市で特殊災害事例発生!
対策係及び荻原博士はブリーフィングルームに集合してください」
「「「「え?」」」」
俺達4人は揃って驚きの声を上げた。倉庫を走り出し、ブリーフィングルームに向かう。部屋に入ると、そこは小規模ながら、宇宙船の管制室のように階段状に机が並び、モニターを前にドロイドが席に付いている。
「すげー。ドロイドなんて初めて見た」
ドロイドとは、近年普及しだした家事用のアンドロイドだ。掃除洗濯料理に留守番までこなすアンドロイドの事だ。1台でも超高級外車程の値段がするために、一般家庭に普及するにはまだまだ時間が掛かると言われている。
「あたしが設計したドロイド達だよ。家事用のとは出来が違うよ」
「ドロイドに関心している場合じゃないよ。モニター見てみな」
正面モニターを見ると、そこには目を疑うような情景が映っていた。
「えーと、恵比寿様?」
モニターには、恵比寿像が川に釣り糸を垂れている様子が映っている。近所の監視カメラの映像だと思うが、近くの建物と比較すると、恵比寿像の巨大さが分かる。
「M岡市・・・。O前神社か!」
伊藤が言う。
「O前神社?」
ピンとこない俺に。渡部が。
「日本一の恵比寿様があるM岡市の神社よー。横を川が流れていたはずだから、そこで釣りをしているのねー」
渡部さん、落ち着いてんなー。
モニターに映る恵比寿像は釣竿を持ち上げたが魚は釣れていない。釣竿を振ったところを見ると、まだあそこで粘るのかも知れない。
「よし、あそこなら市街地に被害は出ていないはずだ。Tまるくんロボ出動!」
「「「はい!」」」
伊藤の掛け声に返事をし、俺達はハンガーに駆け込んだ。
(T県庁の北側に有るH田トンネル。短いトンネルだが、その両側の入り口前に遮断器が降り電光掲示板が進入禁止の文字を出し、サイレンが鳴りだした。トンネル内には車両も人通りも無い。中央北側の壁が地面に引き込まれると、奥に通路がつながっているのが見える。薄暗い通路の奥から明るいライトが見えてくる。赤色灯を点けサイレンを鳴らすライトバンに先導され、Tまるくんロボを搭載したトラックが勢いよく通路を飛び出した。ここに、人類史上初の特殊災害に対処すべく特殊災害対策課が出動した。)
※この話はフィクションであり。実在の人物、団体、事件とは一切関係ありません。