秘密基地?
怪獣ねー。どこにそんなもんが居るって言うんだ?
そんな事を考えながら。受け取ったプリントを読み終えた俺は椅子の背もたれに寄り掛かるようにして背伸びをした。そこに。伊藤から声がかかった。
「鳥越さんは読み終わったみたいだな。渡部さんは?」
「はい、わたしも読み終わりはしましたが、何ですかこれは。特殊災害の中身は具体的に書いていないんですね」
「やっぱり、条例に怪獣とか書けないですよね。具体的には、さっき伊藤係長がおっしゃった物が相手になるわけですか?」
「災害救助や火災なんかには、既存の組織が対応する。まあ、消防や警察それに自衛隊だな。で、既存の組織が対応できない災害が、特殊災害と言う訳だ。で、何が有るかなんて誰にも分からないからな、具体的な事象を上げてしまうと身動きが取れなくなる」
「身動きですか?」
俺が聞くと。装備係から1人の女性がこちらに歩み寄りながら、伊藤の代わりに答える。
「怪獣とか宇宙人とか相手を限定しちゃうと、地底人は管轄外とかロボットはどこが対応するんだとかになっちゃうのよ。ほーんと法律って面倒くさいわよね」
「まあ、荻原君の言う事はもっともなんだが、公務員ってのは法律に基いて仕事してんだからしょうがねーのさ」
「そうは言いますが、伊藤係長? ウチの課は法令順守じゃ何にもできなくなりますよ」
「まあ、そこは。実際に事が起こってから、おいおい考えればいい」
「ですかね。さて、転入者2人に案内をしたいんですが? いいでしょうか?」
「ああ、渡部さんと鳥越さんもいいかな? ウチの課の施設や装備を説明する。付いてきてくれ」
「「はい」」
と返事をして席を立つ俺達に。萩原が。
「装備係の荻原よ。装備の開発をしているわ。よろしくね」
俺と同じくらいの歳だよな? 装備の開発? しかし、この人も美人だな。
荻原は身長はあまり高くないが、女優の様な美人だ。白衣を着ているが、ナイスなボディラインは隠せない。
しかし、このプレハブとは別に倉庫でもあるのか? ここには設備や装備なんか案内するほど無いじゃないか?
部屋の中には、コピー機やファックスくらいは有るが、そいつの説明なんか聞くまでも無いし。入り口の脇には湯茶のコーナーも有る。
「渡部です。よろしくおねがいします」
「鳥越です。よろしくおねがいします」
「じゃあ、付いてきて」
荻原はそう言って、部屋の奥に有る両開きのロッカーに向かっていく。
なんだ? ヘルメットでも被るのか? 危険な倉庫でも見に行くのかね?
そう思いながらも、俺は伊藤と渡部と一緒に荻原の後に続く。ロッカーの取っ手に手を掛けた荻原は、俺達を振り返り、ニヤリと笑いながら。
「2人とも、腰を抜かすなよ」
そう言いながら、ロッカーを開ける。
「「え?」」
俺と渡部は揃って同じ声を出す。
なんだこれ?
ロッカーの奥には、廊下が真直ぐに伸びていた。未来的な間接照明に照らされた廊下だ。
「え? じゃないよ。表のプレハブはカモフラージュだ。ここから先が特殊災害対策課の本体だよ」
荻原が嬉しそうに言う。
「秘密基地みたいで燃えるだろ? ここの設備は荻原さんが設計開発したものだ。俺なんかよりずっと詳しいからな。なにかあれば、荻原さんに聞いた方が間違いないな」
「「はあ」」
秘密基地だ? 燃えるだ?
2人に促されるまま後をついて廊下に入っていく。そこはまるでSFアニメに出てくる宇宙船の中を思わせるような感じの作りだ。
こういうのは嫌いじゃないんだよなー。伊藤係長が燃えると言う意味は分かるな。
「プレハブの奥にこんな施設が隠されているなんて」
そう言う渡部に荻原が嬉しそうに。
「どう? すごいでしょ。あたしが設計したんだよ。あ、そうそう、ロッカーは指紋認証キーだから、これから2人のも登録しちゃおうね」
「ああ、頼んだよ」
と伊藤。少し歩き何度か角を曲がり、いくつかドアの前を通り過ぎていく。
「設備はいくつも有るんだけどね。まず2人には自分が使う装備を見てもらいましょうね」
そう言いながら荻原は立ち止まったドアの脇の装置に手を当てる。
『プシュ』
ドアが開くと、そこは非常灯のような薄暗い明りの付いた倉庫の様に天井の高い部屋だ。荻原が電灯をつける。
「なんだ? でかいTまるくん・・・」
そこには巨大なTまるくんが立っていた。TまるくんとはT県のマスコットキャラクターとして、活躍するいわゆるゆるキャラだ。
これが、俺達が使う装備?
「こんなデカいTまるくんなんて見た事ない・・・・」
渡部も驚いているようだ。
「ふふふ。これがあたしが作ったTまるくんロボだ。鳥越君にはこいつのオペレーターをやってもらう事になる」
と荻原が嬉しそうに言う。
「そして、そっちのキャリアのドライバーが渡部さんの担当だね」
伊藤が渡部に言う。Tまるくんロボのインパクトがあまりにも大きくて目に入っていなかったが、ロボの横には巨大なトラックが駐車してある。
「わたしがですか?」
そう言う渡部に伊藤は。
「渡部さん、大型免許持ってるだろ。だから、引き抜いたんだからな」
「はあ、家業の手伝いの為に取らされましたけど。でも、こんな大きなトラックは運転したこと有りませんよ」
「平気平気、自動運転だから。ただ、免許がない奴がハンドル持つ訳にいかないからな」
慌てる渡部に伊藤が言う。確かに、今の自動運転技術は開発当初に比べ格段の進歩をしている。
「この子もあたしが、魔改造したからね。全方向に移動可能だし、キャタピラじゃないけど超信地旋回だってできちゃうんだ」
まるで、戦車だな。でも、そんな変な動きまで自動運転でいけるのか?
「特殊な動きについても、あたしがちゃんとプログラムしたから任せて」
荻原って、ロボを作ったり自動運転のプログラムまでこなすのか? トラックの担当が渡部と言う事は。
「俺がロボットの担当」
俺の呟きに伊藤が。
「そうだ。鳥越君の適正は群を抜いていたからね。期待しているよ」
「え? 適正って、俺はロボットの運転免許なんか持っていませんよ」
「そんな物の免許なんか無いだろ。でも、鳥越君の成績は2位の奴をぶっちぎっていたからね。覚えも良かったそうだし、期待してるよ」
「荻原さん? 何を言ってるんですか。適正試験なんて受けた覚えは無いんだけど」
「本庁を含む各地方庁舎のロビーに置いてあるじゃないか。シミュレーターがさ」
「え? ロビーのシミュレーター? ・・・・・あー! あのロビーのやたら難しいゲーム機!」
「正解。あたしのTまるくんロボのオペレーターを探すために県内に配置したのがあのゲームさ。操縦方法は本物と大差ないよ。まあ、新装備なんかの操作が追加にはなるけれど、基本的な操縦に変更は無いからね」
「荻原さんの提案で庁舎のロビーに設置したのは良いが、あんな複雑な操縦ができる人間が県職員に居るとは驚きだよ。しかも、ダントツで1位の成績を残したからね。職員以外の人間、子供なんかにしか適任者がいなかったらどうしようかって言っていたんだ」
あれが、こいつのシミュレーターだったのか。
Tまるくんロボを見上げながら思った。1年ほど前に本庁と各地方庁舎に『がんばれTまるくん』って言うゲーム機が設置された。ロボを操って様々なミッションに挑戦すると言う内容のもので、操縦がクソ難しい事とミッションが土木作業や人命救助などの地味なもので最初のうちこそそれなりに人が並んでいたが、最近はその手の物が好きな、いわゆるオタクと言う人種しかやっていなかった。まあ、俺もその1人だ。
「でも、あれは怪獣と戦ったりしませんでしたよ。俺に怪獣退治ができるとは思えません」
「怪獣なんかのデータが無いからねシミュレーションなんかできないだろ。でも、人命救助や土木作業にはロボットの操縦のシチュエーションが全て詰まっているんだ。安心しな、鳥越君に出来なきゃだれにもできやしない」
荻原はあっさり言うが、そんな簡単な事でいいのか?
「と言う訳で、鳥越さんには明日から大型特殊免許を取りに行ってもらう。向こうに話は通してあるからな。合宿免許だから最短時間で取れるぞ。普通免許は持ってるよな? 学科は少ないし実技の勉強時間も十分とれるからな。1週間で取って来てくれ。書類は後で渡すからな」
とんでもないことを伊藤が言いだす。
「俺、普通免許しか持っていませんよ。大型特殊って、ブルドーザーとかショベルカーとかの免許でしょ? Tまるくんロボの操縦に役立つんですか? 全然動きが違いますよね?」
「あんな物が役に立つ訳ないだろ。しかしな、ロボットを使う免許なんぞ無いんだ」
「だったらなんで?」
「仕方ないだろ。人が外で使うロボットなんぞ今までに無いんだ。分類的には、あれは重機だそうだ。県警がウンと言わないんだ。道路の占有許可やら何やらは、上から手を回せたんだが、大きなロボットを使うんなら、搭乗者は必要だし、搭乗者は免許を持っていなきゃ道路なんぞ使わせんと言いやがった」
伊藤の後を受けるように荻原が。
「最初は無人のロボットを遠隔操作しようとしたんだが、あんなでかいドローンなぞ危なくって使わせられないとさ」
「まあ、いいじゃないか。失業しても、重機オペレーターとして働けるぞ。手に職が有るってのはいいよな」
「失業って。縁起でもないこと言わないでください」
「ん? 本当に怪獣なんて物が現れて、撃退に失敗なんかしたら。お前さん県に居ずらくなるぞー、やめた後の仕事の心配が無いってのは良い事じゃないか。保険だよ、保険」
「保険って・・・]
翌日俺は教習所の合宿コースに入学した。
(地球防衛に携わる初の戦闘機械が、Tまるくんロボである。)
※この話はフィクションであり。実在の人物、団体、事件とは一切関係ありません。