特殊災害って?
人には人生の転機と言われる時が有る。俺にとっては、あの時が正にそれだったんだろう。
俺は地球防衛軍の発足式典の壇上に設置された席に座り、挨拶する時を待ちながらそんなことを思った。
あれから色々な事があったな。日本の地方公務員から始まって、道州制を経て、地球統合政府の日本州関東区、そして統合政府直属。仕える組織は色々と変わったが、一貫して特殊災害から人民を守る仕事に携わってきた訳だが。ついには、地球防衛軍の初代長官に祭り上げられてしまったってか。
(人類に襲い掛かる様々な敵。いわゆる特殊災害が初めて公式な文書に記載されたのは西暦204X年、今は日本州と言われる地域の一地方で35年ほど前である。それを皮切りに世界各地で様々な特殊災害が起こり、もはや国と言うレベルでは対処できるレベルを超えるに至り同じ人間同士で小競り合いをしている時代ではないという事に人々が気付くまでにはそれ程の時間を要しなかった。今では9割を超える地域が地球統合政府に加盟している。)
「アレー? ここって聞いたんだけどな」
ここはT県庁の本館裏、建物の陰で1日中日が当たらないような場所だ。
基本的に人が来るような場所じゃないよな? 少なくとも俺はこんな所に来たことない。T県庁に入庁したのが3年前、あんまり、本庁に出張することも無かったし当たり前か。
安っぽい青い手提げカバンを上に乗せた段ボール箱を1箱抱え、途方に暮れて辺りを見渡した。
「施設管理課に嘘を教えられちまったか? 転勤1日目から遅刻は避けたいな」
受付で配属場所を聞いたが、受付のおオバ・・・お姉さんが場所を知らず、本庁舎を管理する施設管理課に出向いて場所を確認して来たはずが、目の前に有るのは結構前に本庁舎を建て替えた時に使われた物がそのまま残された現場事務所のような古いプレハブが1棟。これじゃあ途方に暮れるしかないと言うものだろう。
「ん? 特殊災害対策課・・・・・・。せっかく本庁に転勤して来たってのに。プレハブ勤めか」
よく見ると、目の前の古びたプレハブのドアの脇には小さいが真新しい看板がかかっており、そこには俺の新しい勤務先であるはずの『特殊災害対策課』の文字が飾り気のないゴシック体で書かれている。プレハブに近づいてもう一度看板の文字を眺める。
間違いないな。ここ、冷暖房入ってるのか?
ちょっと残念に思いながら、ドアを開け中に入った。
「おはようございます! 本日付で特殊災害対策課勤務を命じられました。鳥越です。よろしくお願いします」
「「「おはようございます」」」
挨拶する俺に室内にいる数人の職員が挨拶を返してくれる。
俺は、部屋の中を奥に進み、課長と書かれたプレートを乗せた机に座る男に。
「おはようございます。今日からお世話になります鳥越です。よろしくお願いします」
改めて挨拶をする。
「おーおはよう。課長の佐藤だ。前年度までの準備室の室長からの持ち上がりだ。よろしく頼むよ。詳しいことは、対策係長の伊藤さんから説明が有る」
落ち着いた声でそう言うと。佐藤課長は部屋を見渡した。
「伊藤課長は、まだ来ていないな。まあ、始業時間15分前だしな。鳥越君の席はそこだ。荷物を整理しながら待っててくれ」
「はい」
そう言う佐藤課長に返事をし、示された席で持ち込んだ荷物をほどき始める。筆記用具に卓上カレンダーなど、事務用品を机に収納しながら。
なるほど、今年度から新しく課になったのか、だから引継ぎが無かったんだな。
3つの机が寄せ集められた島の上には「対策係」と書かれたプレートが下がっている。対策係か・・・・・・たったの3人でどんな対策を取るって言うんだ?
「おはよーっす」
ドアを開けて男が入ってきた。
「「「「おはようございます」」」」
係長にしては若い男だ。大体、服装がツナギと言うところからして違うな。そう思いながら、俺も皆と一緒に挨拶を返す。その男は「装備係」と書かれたプレートの下がった島の机に付く。装備係か。いったい何をする装備なんだ? しかも、机の数からして10人くらい居るよな。特殊災害ってのに対処するには様々な機材を使うのか?
その後、装備係の職員が次々に出勤してきたが、さっきの男の様にツナギを着た者だけでなく、白衣を着た者、男性だけでなく女性も居る。
理系女子ってのも結構居るもんだな。
「おはようございますー。渡部です。今日からお世話になりますー」
そう言って、20代後半だろうか? オットリした口調で俺より少しだけ年上のスーツ姿の女性が部屋に入って来た。
うわ、すげえ美人だな。彼女も装備係なのか?
課長に挨拶した渡部さんに示された席は、なんと、俺の向かいの席だった。
「渡部よ、よろしくねー」
「鳥越です。よろしくお願いします。俺も、転入組です」
「あらー、一緒ね」
そう言って微笑む顔は。思わず見とれてしまうほど美しかった。
「ねえー鳥越君」
「・・・はい?」
見とれてたから返事が一拍遅れちまった。情けねーな。
「特殊災害って何ー? どんな事をするのかしらー?」
渡部さんに問いかけられたが。
「俺も同じ疑問を持ってたんです」
そう答えるしかなかった。
「やっぱりー、鳥越君も引継ぎ無かったのね」
「新設された課みたいですからね。準備室は有ったようだけど、今年から本格稼働じゃ引継ぎも無いですよね」
「そうかー。そうよねー」
『ガチャ!』
ドアが開き。
「おはよーございます」
声の方を見ると、くたびれた中年と言うのがふさわしい男が部屋に入って来た。
『キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン 』
「おはよう、伊藤くん。今日もギリギリだね」
「おはようございます、課長。上司が早く出勤し過ぎると。部下が気を使いますからねー。このタイミングを測るのが大変なんですよ」
「私は、始業時間には仕事を始められるようにと皆に言っていると思っていたがね」
「大丈夫です。机の上は昨日のままですから、座れば直ぐに仕事ができます」
「退勤時には机の上に書類を残すなとも言っている筈だが」
「はあ、今日から新年度ですから。心を入れ替え課長のおっしゃるとおりにいたしましょう!」
真剣な口調の伊藤さんに。
「う、うん。頼むよ」
課長の怒りが逸らされた? 伊藤係長が俺達の方をチラリと見て。
「私の部下も揃っているようですし、辞令交付式続いて紹介と行きましょう」
「ウム」
辞令を受け取り、課員皆の前で挨拶をし席に戻る。
「係長の伊藤だ。よろしく」
そう言いう伊藤に。
「渡部ですー。よろしくお願いしますー」
「鳥越です。よろしくお願いします」
挨拶を交わしたところで。
「さて、取り敢えずコレが 『特殊災害対策条例』に施行令そして取り扱い通知だ。まあ、名前だけでなく、中身もかなり特殊だが、とにかく一度読んで見てくれ」
と、言われプリントに目を通す。
なになに?
(特殊災害対策条例
第一条 本条例は地震及び風水害等の自然災害と、人的要因による災害を除く災害から県民の生命、財産を守ることを目的として定めるものとする。)
ん? 天災と人災以外の災害? なんだそりゃ?
渡部さんを伺うと、彼女も首をかしげている。
「すみません。伊藤係長。天災と人災を除く災害って・・・。特殊災害って、具体的に何を指すんでしょうか?」
俺がそう尋ねると、向かいの席の渡部が何度も頷いている。
「ん? 特殊災害か?」
「「はい」」
俺達2人の声が揃う。伊藤が唇の左端を少し上げ、目を細める。
「まず、怪獣」
「「は?」」
「それから、侵略者だな」
「「・・・・・・」」
「あ、侵略者って言ったら、宇宙人に地底人それから水棲人。ウチの県には海は無いが、T禅寺湖があるしな」
「「・・・・・・・・・・・・・・」」
(今を遡ること4年。先日の選挙において初当選したT県議会議員が一つの条例案を提出した。その議員は。
「今や、我がT県は未曾有の危機に見舞われ様としていと言えます。オゾンホールの増加により太陽からのものを含む有害宇宙放射線が大量に降り注ぎ」
それを聞いた、他の議員は。
『何だ、今更環境問題か? 気合をいれて条例案を提出すると言うから、どんなものかと思ったら、こんな物か』
と、思った議員が多く居た。
「その放射線が生物にどのような影響を与えるでしょう? 電波は、地球の周りだけでなく、太陽系を超えて無制限に垂れ流されております」
『太陽系だと? 高々環境関連の条例を提出するにしては、また、大きな話を出したもんだな』
半ば呆れながら聞いていると。
「放射線が生物の遺伝子情報を狂わせ、怪獣となり、そいつらが町を襲うかもしれない。電波を受けた宇宙人どもが侵略者となり襲い掛かってくるかもしれない」
この辺で、周りの議員は、新人県議会議員の話をまともに聞くことを放棄した。至極、真っ当な反応と言える。
「よって、私は、特殊災害に対処すべく必要な条例を策定することを提案致します」
議員の発言は終わったが、議場は静まりかえったままである。他の議員の頭の中は。
『こいつ、初当選して舞い上がってるのか? どうせ、他の連中が賛成する筈もないし、とりあえず賛成に一票入れてやるか』
または。
『こいつ、気が狂ってるんじゃないか? 、どうせ、他の連中が賛成する筈もないし、恨みに思われて危害を加えられてもつまらないからな、取り敢えず賛成に一票入れてやるか』
あまりにも、突飛な条例案を提出された議会は。なにかに導かれるように満場一致をもって、特殊災害対策条例を制定した。特殊災害対策課準備室を作り、装備を整え始め4年を経過した今日。西暦2055年4月1日をもってT県庁特殊災害対策課は発足した。)
「はあ、怪獣・・・・ですか」
と渡部さん。
「宇宙人、地底人、水棲人・・・」
俺がいう。
(地球統合政府に属する地球防衛軍の初代長官になる鳥越九郎が地球防衛に関わることになったのは、この転勤が原因である。)
※この話はフィクションであり。実在の人物、団体、事件とは一切関係ありません。