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ル・ソレイユ

作者: Allen=Ryu

 どこか遠く昔、とある王国の都で、雪が溶けてだんだんと日差しが少しだけ陽気になり始めた頃。

ある日。一人の若い青年は自分の部屋でイスに座って、テーブルの上に二角帽を置いて、腰にある剣をおろして、長旅の疲れを一気に吐き出すかのようにため息を吐いた。でもそのため息は別に嫌な意味はこれ一つもなさそうだった。

それを見ていた若い侍女は、手に持っていた水を手渡した。手渡された水を飲んで、近くにあった台の上に置いて、青年はこう言った。

「ありがと。ノエリア」

 ノエリアはそれをきいて、いつもどおり。身分の上の彼に礼儀正しく返事を返した。

「どういたしまして。リオネル様」

 彼女は、ノエリア。今日で18歳になるこのシャンリオ家に幼い時から仕える侍女。すごく真面目で、周りからの評価もすごく高く主人はもちろん上司にも同僚にも気に入られている。

 でも、そんな彼女には唯一、許されないヒミツがある……

 青年は、笑みを浮かべて、それに釣られて、ノエリアも笑顔を浮かべた。

 青年の名は、リオネル・アシル・ドゥ・シャンリオ。18歳。シャンリオ家の一人息子。歳の割に大人びて見え、ついでに無口。だが素は陽気。それを知っている仲のいい人、親しみを持つ人はみんな、リオと呼んでいる。

 彼の父は、アシル・シャルル・ドゥ・シャンリオは、幼い頃に母を失くしたリオを男手一人で育てあげた、この国の国王を守る近衛大佐である。田舎の下層貴族出身ながら、先の戦争で手柄を挙げ、大佐という階級まで昇進した有名人でもある。

 リオは、そんな父を尊敬していて、目標としている。

「今は誰も見てないのに何でいつも、そう硬いの?」

 リオはそうノエリアの両手を掴んで言った。それを言うのはただ、リオの陽気な性格ではなくて、理由があるからだ。

 ノエリアはそれを聞いて、頷いてこう答えた。

「うん……わかった」

 それを聞いて、リオは笑みを見せて、立ち上がって、彼女を後ろに向かせて、耳元でこうささやくように言った。

「やっと帰ってきた気がしたよ。ノエリア」

「リオ……」

 そう、ノエリアは言って、背中にいるリオを見ようと顔を横に向けた。すると、リオはやさしく包みこむようにキスをした。

 そう、ノエリアのヒミツとリオの理由とは、お互い惹かれあって、身分を越えての秘密の恋をしていることだ。

 …………

「父上。私は士官学校を卒業し。士官候補生の過程を修め。騎兵少尉に拝命されました」

 そう、晩餐で家に帰ってきたこの家の主人アシルに息子リオネルはそう報告した。

 息子の報告を聞いて、とてもうれしそうな父親の顔を見せたアシルは、空になったワイングラスを挙げた。

「すまん、ノエリア。注いでくれ」

 ノエリアはそういわれて、手に持っていたワインを注いだ。こんな仕事をもらえるのも勤勉な彼女の働き振りが認められて気に入られているということだ。

 注ぎ終わったら、ノエリアは一礼して一歩下がった。

「で、騎兵と言ったが。どこに配属された。まさかと思うが、近衛じゃあないよな?」

 そう、ちょっと冗談交じりにアシルは言った。なぜなら近衛は、新米は入ることができないからだ。すると、リオネルはこう真面目に答えた。

「パーニュという地方の交易都市の駐屯地に配属になるそうです」

 すると、アシルは眉をひそめ口一瞬摘むのだ。そして、こうリオネルに言った。

「どうして、王都に留まらなかった。士官学校で何かやらかしたのか?」

 アシルがそう聞くのにも理由があった。普通、近衛大佐の息子となるとそれなりのコネがあって、王都に配属されるのが普通であるからだ。何か軍紀に反することでもしないと地方にはそう配属されるわけではないのかとアシルは思ったのだろう。

 リオネルは父と同じく真剣な顔を見せてこう言った。

「自分で出した希望です。王都から一度出て、違う空気に触れてみて、広い視野を身につけたいと思ったからです」

 リオネルの意見を聞いて、少しの合間沈黙が部屋を埋めた。そして、アシルはワインを一杯、口にして飲み込んだ後こう言った。

「パーニュか。知っているか、このワイン。パーニュ産のものだ。ついでにパーニュは父の生まれ故郷のシャンリオにも近い。あそこあたりはいいところだ。ぜひ、その広い視野を身につけて来い」

「父上。ありがとうございます」

 リオネルは父のその言葉を聞いて、うれしくなって、こみ上げる感情を抑えきれずにそう即答した。

「ただしだ。金の無駄だから、現地で召使いは雇うな。その代わりに三人、この家の召使いを連れて行かせる」

 リオネルはうれしそうな笑みを浮かべて頷いて答えた。

 ノエリアはアシルのその言葉を聞いて、息を呑んだ。リオネルの地方行きは前から聞いていて、何年かは彼に会えないのかというのに決心がついていた。でも、今の旦那様の言葉を聞いて、心の隅の方に着いて行けたらこのままリオと一緒に楽しい生活できる。と思う気持ちが出てきた。

「不便のないように人選してやるぞ。よし。まずはエドモンドだな」

 エドモンドは、この先代からシャンリオ家に仕える人物で、貫禄があって、アシルを幼いころから見ている召使いである。

 少しほろ酔いになってきたのか、だんだんとアシルはうれしそうな顔をし始めた。

「え~とな……次に、エステルだな。料理がうまいし」

 エステルは16歳の若い侍女でノエリアの後輩。ノエリアと同じで真面目。ただ、だいぶ引っ込み勝ちな性格。時々料理を作る担当でもある。

 ノエリアはそれを聞いて、息を呑んだ。後輩のエステルが選ばれたからだ。残るはあと一人。

 ノエリアの一緒に行けたらいいなという思いは、いつの間にかノエリアの心の中を埋め尽くしていた。そして、思いは変わった。

 ――リオと一緒に、行きたい。神様お願い。私を連れて行かせてください――

 もし願いが届かなかったら……そんなことはまったく考えていなかった。

「そうだな……」

 そう、アシルは顎に手を当てて、片目を瞑って考えていた。ノエリアはそれを見ているリオの目をみて、彼の心の奥から、一緒に行きたいという気持ちがこみ上げているように思えた。

「よし」

 アシルの心は決まったのか、そう言って指を挙げた。ノエリアは思わず目を閉じてしまった。

「……おねがい……」

 思いが積もって、誰にも聞こえないような小さな声が漏れてしまった。

 ノエリアが目を開けたとき、アシルの指先は自分の方を向いていた。

「ノエリアだ」

 ノエリアはそれを聞いて、思わずお辞儀をした。

「恐れ入ります。ご主人様」

 そう、ノエリアは言った。すっと顔を上げた一瞬、リオと目があって、彼は笑みを浮かべながらウィンクをした。

 …………

「これで、一緒に行けることになったな」

 部屋に戻った、リオは上着を脱ぎながらそう言った。

「うん。私も、すごくもうれしい」

 ノエリアはそう答えて、リオから渡された上着を受け取った。

「すこしだけ、周りの目を気にしなくてすむね。パーニュに行ったら、内緒で一緒に外にちょっと出かけよう」

 リオはそう言って、笑みを見せた。ノエリアはそれを聞いて、少し戸惑った。

「で、でも、そんなことしたら誰かに見られちゃう……」

「誰も知らない街に出るんだ。誰も俺たちのことを知らない街に出るんだよ。心配しなくても大丈夫さ」

 リオはそう言って、ノエリアの頭を撫でた。

「心配ないさ」

 リオはそう言って、ノエリアから手を放して、ソファーに腰掛けた。リオが手招きして、ノエリアを隣に座らせた。

「でも、いいのか。この家を出でノエリアは後悔してない?」

 そう、リオはノエリアを見つめながら聞いた。ノエリアはそれを聞いて、少しリオから目をそらして、首を振った。

「うんうん。何もないよ。だって、私には仕事とリオだけだから。そんなこと言うリオはどうなの?」

「俺か……別にないな」

 そう言って、笑みを見せた、言葉の通り、彼の目からは未練の一つも見えることはなかった。

「さ、明日は引っ越しの用意が忙しいから、ノエリアも、もう休んで」

「うん。分かった」

 ノエリアはそう答えて、ドアを開けて出て行こうとした時。背中からリオがドアに手をかけた手を取って、ノエリアを自分の方に向けた。そして、見つめ合って、顔を近づけてノエリアは瞳を閉じた。

 彼の唇が自分の唇に当たるのが感じて、それはすぐに離れていった。

「ノエリアさ~ん。大丈夫ですか」

 そう、扉の向こうから声が聞こえてきたからだ。

 リオはノエリアの耳元で、そよ風のように静かな声で、

――おやすみ――

 と言った。そして、リオはドアを開けた。ノエリアは素早くドアの外に出て、笑みを浮かべてこう答えた。

「お休みなさいませ。リオネル様」

 …………

 パーニュという街は王都よりも温かく。周りがヒマワリ畑に囲まれて、海の見える昔からの交易都市だと、聴いたことがある。ノエリアははじめて見る海というものを楽しみに待っていた。

 パーニュについて、あわただしく荷物の整理を終えて、一日目が終わってしまいそうになっていた。

 ノエリアは、一日の仕事を終えて、ベッドに入って目を閉じていると、誰かが部屋の中に入って来た。

 目を開けて、音のする方を見ると、そこには手に持ったロウソクで照らされるリオが立っていた。

 彼は笑みを浮かべて、こっちに来るように手招きをしてから、部屋を出て行った。

 ノエリアは、隣のベッドに寝ているエステルを起こさないように、静かに起き上がり、部屋を出るとそこには、リオが立っていた。

「時間はあるかな」

 ノエリアはリオの誘い言葉を聞いて、頷いて答えた。

 リオに連れられて、ノエリアは馬屋に来た。

そこには、満月の光に照らされている、リオの愛馬クレールが大人しく待っていた。

 リオは、クレールにまたがって、ノエリアに手を差し伸べた。

「さあ、乗って」

 ノエリアは、リオの手を借りて、彼の後ろに乗った。

「クレールは大人しいけど、俺の体にしっかり掴まれよ」

「うん。分かった」

 ノエリアはそう言って、リオの体に自分の腕を使って、しっかり掴まった。

 リオに自分の体を引っ付けて、ノエリアは、リオのたくましい背中に頬を引っ付けて、目を閉じた。

 クレールがゆっくりと蹄を鳴らして進み始めた。

 一歩一歩ゆれるのを、ノエリアはリオの背中に体を押し当てて、どこからか噴水のようにあふれ出る幸福感を感じていた。

 ――ずっと、こうしていたい。こんな幸せずっと続いたらいいのに――

 ノエリアはそう心の中で思った。毎日、仕事をしているときずっと無理やり押しつぶしている、彼への思いを解き放つ。

 ――ずっと、人の目を気にしないでこの心をさらけ出せればいいのに――

 でも、そんなことは無理なのだと、ノエリアは知っている。リオも知っている。なぜなら、

 ――決して許されない関係なのだから――

「ノエリア、着いたよ」

 リオはそう言って、小さな小屋の前にクレールを止めて、クレールから降りて、ノエリアを抱きかかえて降ろした。

 そして、リオは、近くにあった木に手綱を引っ掛けて、ポケットから布を取り出して、目隠しをするように、ノエリアの目に布を巻きつけた。

「絶対はずさないでね」

 リオはそう言って、ノエリアの手を握って、彼女に見せたいモノを見せるために、ある場所に向かった。

「どこに行くの?」

 ノエリアはそう聞いてきたが、リオはこう、

「すごくいいところ」

 とだけ答えた。

 真っ暗な道を少し歩いて、リオの目指していた場所に着いた。

 何か聞き覚えのない、静かで、穏やかな音がノエリアの耳の中に入り込んできた。

 風が頬に当たって、鼻の中にすっといつも料理で使う塩のにおいがした。

 リオが耳元でこう聞いてきた。

「ノエリア。海は初めてだよね」

「うん。聞いたことあるだけで……見たことない」

 ノエリアはそう言った。するとリオはこう聞いてきた。

「その、聞いたこと聞かせて」

「一面青くて、すごく広くて、どこまでも続いて……」

 ノエリアが次の言葉を言おうとしたとき、ノエリアの目隠しがはずされた。

「す……すごい……」

 ノエリアは目の前に広がった、景色を見てそう言葉を漏らした。

 目の前には、大きな月に照らされるとても大きい水溜りが広がっていて、その水に反射して月がもう一つ映っていた。

 ザアザアと静かで穏やかな音を立てて、黄色い砂の上を水が行ったりきたりしていた。

「ノエリア。これなんだと思う?」

 ノエリアはそのリオの質問を聞いて、こう答えた。

「海」

 それを聞いてリオは耳元でこう言った。

「そうだよ」

 そして、リオは背中から、手を回してきて、ノエリアを抱き寄せた。

 そのまま、波のせせらぎが漂う二人だけの時間は経っていった。

「あのさ、ノエリア」

 そう、リオはノエリアの髪を触りながら、声を出した。

「ノエリア。俺と一緒にならないか」

「え?」

 ノエリアは突然のリオの言葉に首を傾げた。リオは、ノエリアの瞳を見つめながらこう言った。

「俺は……ノエリアと一生こうしてずっと、生きていたい。生涯をかけてキミを愛し続けたい」

「リオ……」

 彼の言葉にノエリアは、うんと頷くだけでいいのに、体も動かなかったし、言葉も出なかった。

 自分でも分かっている、ここで彼に答えたい……でも、そうしたら私たちがどうなってしまうのか……

 見えない未来に不安が積もってしまって、どうしても答えることができなかった。

 

――一緒に生きていこう。何も心配は要らない。一緒ならどんな困難も関係ない――


彼の瞳から聞こえる白馬に跨り白銀の鎧を身に着けた騎士が、心の奥底にあるノエリアの本当の気持ちを囲う黒い不安を蹴散らして、本当の気持ちに手を伸ばしてきた。

「さあ、行こう」

 彼はそう言って、手を差し伸べてきた。そして、その手を取った。

「うん。一緒になろう」

 そう答えたノエリアにはもう不安なんてなくて、幸せだけが心の中を埋めていた。

 それから、ノエリアとリオは見つめあっていた。

「場所を移そう」

 リオはそう少し笑って言って、ノエリアを抱きかかえて、クレールのいる小屋の前まで戻った。

 リオはそのまま、クレールの横を過ぎて行って、小屋の中に入っていった。

 リオとノエリアはそこで、夜が明ける直前まで、ひたすらお互いの全てを結びつけて、お互いの愛を確かめ合った。真夏の太陽のような情熱とお互いの想いが部屋の中を満たした。

 朝焼けに、ヒマワリの咲き誇る黄色い街道を颯爽と、馬を走らせる青年の後ろには、幸福に満ちた顔をして、しっかり彼の背中につかまる彼の恋人がいた。

 彼は笑みを浮かべて、誰も目覚めていない街の中を駆け抜け、教会の鐘がなると同時に家路に着いた。

「リオネル様!」

 そう、大声を上げるエドモンドの声を聞いて、リオネルははっとした。

「一体、今まで何をなさっていたのですか……」

 そう言って、エドモンドはリオネルの方に近づいていって、ふと目を疑った。

「何をしているのだ。ノエリア!」

 ノエリアはその言葉を聞いて、はっとして今おかれている自分の立場を思い出した。

 急いで、クレールから降りてこう言った。

「す、すみません」

 すると、ノエリアの声を聞いて、エステルが、玄関から出てきた。

 エドモンドはエステルに近くに来るように、指図して、隣に来させた。

「聞いたぞ、ノエリア。昨晩、リオネル様と出かけたそうだな」

 ノエリアはそう強く言うエドモンドの気迫に押されて声を出すことができなかった。

「もしかして、お付き合いがあったなんてないよな……」

 そう言って、リオネルのほうを向くと、リオネルは顔色一つ変えずにエドモンドエを見ていた。

「これは一大事です。分かっておられますかリオネル様?」

 リオネルはそれを聞いて頷いて答えた。それを見た、エドモンドは急に俯いてため息をついた。そして顔を上げこうノエリアに言った。

「知ってますよ……噂でリオネル様とノエリアで何かがあるってこと。もう手遅れみたいですがね……」

 リオネルの想いがきっと、エドモンドに伝わったのだろう。エドモンドは顔を上げて一息ついた。そして、リオネルはこう言った。

「ああ。俺はノエリアのことを愛してる」

 エドモンドはそれを聞いて笑みを浮かべてこう言った。

「ご主人様にはこのことは伏せておきます……エステルもよろしいですね」

 エステルもノエリアの瞳を見つめながら頷いて答えた。

 …………

 夏の暑さが一番厳しい頃になった頃、街の周りにあるヒマワリ畑が太陽に照らされて、黄色い花を鮮やかに咲かせる時期になった。でも、街には活気もなくただ黙り込んでいた。

 度重なる王国の浪費により財政は赤字に生活に支障がきたし始めていたからだ。そこで、国は税を増やすことに決めた。すると国民の不満は積もりに積もった。

 王都で大規模な、暴動が発生してリオネルは王都に出動することになった。

 騎兵という兵種のリオネルは国から支給された、制服とサーベル、ピストルを身につけ、愛馬のクレールに跨った。

「おきをつけていって来てくださいませ。リオネル様」

 リオネルはそう言うエドモンドにこう答えた。

「ああ、気をつける。ノエリア、帽子を」

 ノエリアはそれを聞いて、リオネルに帽子を手渡した。すると、近くにいたエドモンドとエステルはノエリアのことを気遣って、そっと家の中に入って行った。

「それじゃ。行ってくる」

「うん。無事に帰ってきてね」

 リオはそれを聞いて、馬を一気に走らせて行ってしまった。

 走っていく背中をノエリアはずっと見送っていた。見えなくなる直前、リオは手を挙げた。それを見た、ノエリアも同じく手を挙げた。

「行ってらっしゃい」

 ノエリアはそう呟くようにリオに言って、家の中にもどって行った。

 …………

 季節が変わって、街の周りの小麦畑が、金色に染まった。日が傾いてきて、一面が夕焼けに染まり、時間を知らせる教会の鐘が鳴り響いたあと、屋敷にリオが帰ってきた。

 ノエリアはうれしくなって、急いでリオの元に行った。でも、そこにいたリオは、いつもとは比べ物にならないぐらい、疲労の色が出ていて、陽気なリオと違って、暗い表情を浮かべていた。

 ノエリアは急に、うれしくなったのが飛んでいってしまい何があったのか気になった。でも、リオに声を掛けようとしたがいつもと違う他人のような雰囲気の彼に声を失った。

 リオはノエリアの姿を見ても、少しも喜ぶ姿を見せることなく、自分の部屋に真っ直ぐ行ってしまった。

 そのリオネルの姿を見ていたエステルもエドモンドも彼の暗い顔を見て言葉を失っていた。

 リオが通り過ぎて行った後、ぽかんとしていたがずっしりとのしかかられる様な空気が広がって、三人を包み込んだ。

 ノエリアは、リオのことが気になって、駆け足で彼を追いかけた。

 廊下の途中でリオを見つけて、呼び止めようと声を出そうとした瞬間、リオはノエリアに気づいて振り向いた。

 彼の目から、一人にして欲しいという声が聞こえてきたように思えた。

 リオはノエリアの姿をみるなり、自分の部屋へと入って行った。

 木でできたドアだったが、リオが自分の心に恋人さえも入れないように鉄の金庫を閉じたかのような重厚で、冷たい音がノエリアの耳に入ってきた。

 ノエリアはリオにかける言葉が浮かばず、その重厚なドアに手を当てて、ただ立ち尽くした。

 …………

 次の日。一日中、リオは部屋から出てこなかった。エドモンドが気遣って、

「せめて夕食だけでも」と言って、ノエリアに食事を持たせた。

 ノエリアは、心を落ち着かせてリオの部屋に向かった。

 深呼吸をして、ノックをした。

「リオ」

 ノエリアはそう、彼の名前を呼ぶと。重かったドアが開いた。

「昨日はごめん……ノエリア……」

 彼はそう謝ってきた。ノエリアは首を振って彼にこう言った。

「うんうん。大丈夫だよ」

 リオはそれを聞いて、ほっと息をついて、ノエリアを部屋の中に招き入れた。

 ノエリアは、エドモンドが用意した。簡単な夕飯を机の上に置いた。

「ここに置いておくね」

 ノエリアはそう言ってリオのいる方を向くと彼は窓際に背中を押し当てて、月で照らされる家の外の風景を見つめていた。

 ノエリアは部屋を出ようとしたとき、リオネルが突然こう言った。

「少し、居てくれ」

「うん。いいよ」

 ノエリアはそう言って、ドアノブから手を放した。そして、リオを見つめた。

 彼は、魂が抜けたかのように無表情で、ずっと窓の外を見つめていた。風が部屋の中に入ってきて、カーテンをなびかせた。

「ノエリア。俺は……罪もない人を殺した。一人じゃない、何人も……

 王都は地獄だった。同じ国の人が殺しあってた。怒った民衆は俺の仲間をずたずたに切り刻んだんだ……

たくさんの人がいる広場に大砲が打ち込まれて、一斉に銃が放たれて、広場は真っ赤になった。俺は嫌だった。でも、逃げられなかった。自分の命を守るために何人も斬った……」

 リオはそう言って、手を目に当てて、膝を落として、床の上に座り込んだ。

「リオ……」

 ノエリアはその言葉を聞いて、リオが一体何に、あんなに暗くなっていたかを知ることができた。

 でも、ノエリアの想像できるようなことではないのは彼女自身も彼の言葉から分かった。

 リオはそのまま、声を出さずに涙を見せた。ノエリアはリオの初めて見る涙を見て、そっと彼のほうによって行って、彼をそっと抱きしめた。

 掛けられる言葉なんて、なかった。むしろ言葉をかけるなんてできなかった。ノエリアはそう、リオを温かくやさしく包み込んだ。

 ノエリアの胸の中で、リオネルは涙を流していた。

 …………

 今年、初めて雪が降った日。王都で始まった暴動をきっかけに各地に広まり、王国の内政は一気に影を落としていった。内戦状態になった今、リオネルに一通の知らせが届いた。それは軍からの通達文で、内容は……

「明日に出兵……」

 通達文を読んだ。リオは、手紙を手から滑らせた。

 リオの手紙の内容を知った、ノエリア、エステル、エドモンドは言葉を失った。

 手紙の内容を知って、リオは重いため息をついた。そして、通達文を手にとって、無言のまま部屋に戻っていってしまった。

 ノエリアはリオの腕を掴んで止めたが、出す言葉がなくて、ただリオを見つめるだけになった。

 リオはノエリアの手を払ってこう言った。

「ごめん、ノエリア。少し一人にさせてくれないか……」

 彼はそう言って、自分の部屋の中に入って行ってしまった。

 また、ドアから重たい音が聞こえてきて、三人はただ、リオの部屋のドアを見つめて立ち尽くしていた。

 そして、時間だけが過ぎて行った。深夜になって、ノエリアの部屋に軍装を整えたリオがやってきた。彼は、笑みを浮かべてこう言った。

「一緒に。散歩に行かない?」

 ノエリアは、今さっきとはぜんぜん違う陽気な表情をするリオを見て思わず動揺した。でも、リオは首を傾けただけだった。

「行こうよ」

 陽気にリオはそう言った。ノエリアは無言で頷いて彼について行った。

彼の背中からは、今さっきの重いドアを閉めた時の状態では明らかになかった。全てが明るく季節と違い陽気に見えた。

 外に出る、雪が降っていて、街全体を化粧したかのように雪が積もっていた。

 黒い雲に隠れるおぼろ月が、夜の街をうっすらと照らしていた。その光は満月よりは明るくはなかったが、やさしい光をこぼしていた。

 二人はクレールに跨り、暖かい街灯の光に包まれた街を一周して、あの海の見える場所に向かった。

 あの二人で過ごした小屋の前に、クレールを止めた。そして、手綱を小屋の隣にある小さな馬小屋にかけて、腰にあるサーベルとピストルを小屋において来て、二人は浜辺に向かった。

 いつの間にか、リオの笑顔と同じようにノエリアも笑顔を浮かべていた。そして、手をつないで波際を一緒に歩いていた。

 夜の静かな空間を波の音と、風の音と二人の足音だけが響いていた。

 雪が少しやんで、空にある月から雲が取れて、満月が顔をだし、満天の星空が夜空を飾っているのが分かった。

 リオは、突然足を止めた。そして、ポケットから、小さな箱を取り出した。

「指輪。受け取ってくれる」

 彼はそう言って、箱を開けた、するとそこには決して豪華とはいえないが、質素な銀色の指輪があった。

「贅沢はできない。けど、いいよね?」

 リオはそう言った。それを聞いてノエリアは首を振った。リオはそれを見て、唖然とした。ノエリアはそんなリオを見てこう言った。

「うんうん。今は受け取れない……」

「どうして!」

 リオはそう、ノエリアに聞いた。ノエリアはリオがなぜ明るく接しているのかを察して、目に涙を浮かべながらこう言った。

「二度と会えないかもしれないから、こんなに明るく振舞ってるだけでしょ!

最後になるから思いを伝えようって思ったでしょ。そんなの嫌だよ!

 私……そんなリオと……結婚なんてできないよ……」

 ノエリアはそう言って、涙を流した。ノエリアの言葉を聞いて、リオは指輪をポケットの中にしまって、ノエリアを抱き寄せた

「ごめん……ノエリア。キミの言う通りだ。俺はこれが最後になると思ってた。

 でも、もう違う。俺はここで約束する。絶対帰ってくるって……苦し紛れに聞こえるかもしれない……でも、俺は絶対帰ってくる」

 リオはそう言って、ノエリアの瞳を見つめた。

「絶対だよ。約束、守ってね……帰るまで

ずっと、ずっと待ってる」

 ノエリアはリオの瞳を見つめながらそう言った。すると、リオは太陽のような笑みを見せて、ノエリアの頬まで流れた涙を指で拭った。そして、やさしくノエリアを抱き寄せてキスをした。

 そして、リオは耳元でこう言った。

――帰ってきたら一緒に誰も知らない、遠い場所に行こう。そこで、一緒に暮らそう――

ノエリアはそれを聞いて、笑みを浮かべて頷いて答えた。

――絶対だよ。リオ――

…………

次の日、ノエリアは眩しい朝日と朝の寒い隙間風で目を覚ますと、リオがベッドの横に立って、上着を羽織って腰にサーベルを佩びさせていた。

目覚めたノエリアを見て軍服に身を包んだリオは笑みを浮かべた。彼の笑みを見て、彼の温かみがまだベッドと体にあるのに気が着いた。

リオは、ノエリアの姿を見るなり、玄関を出ようとした。それを見たノエリアはベッドから起きあがって、出ようとしたリオの背中に抱きついた。

リオは、ふと振り返って、自分を見つめる愛しの人にそっと、キスをした。そして、何も言うことなく、玄関を出て行った。

その背中に向かって、ノエリアは笑みを浮かべてこう言った。

「行ってらっしゃい」

 リオネル・アシル・ドゥ・シャンリオ少尉はそれが聞こえたのか、クレールに跨ってから、サーベルを抜き、クレールに前足を上げさせ、空に剣先を向けた。

 そして、剣を収め帽子を脱いで、こう笑みを浮かべたリオは返した。

「行ってきます」

 朝焼けの空、朝日に照らされて、一人の青年は愛する人に見送られて、出かけていった。

 …………

 それから、季節が一巡りしてまた寒くなり始めた、ある太陽がよく見え温かい日差しが差していた日。

 外で仕事をしていたノエリアの元に軍からの届け物がきた。

 持ってきたのは、軍服に身を包む老人だった。彼はなんだか申し訳なさそうな、顔をしてこう言った。

「軍からの一報を預かり、参上しました。こちらはシャンリオ様の自宅ですか?」

「はい。そうですけど……」

 ノエリアはそう答えると、老人は一枚の紙をノエリアに渡してこう言った。

「リオネル少尉は立派な人でした。ご冥福をお祈りいたします」

 ノエリアはその言葉を聞いて、受け取った紙に目を通した。そこにはリオネルが戦死したと書かれてあった。

老人はそれを、何度か頷いてから去っていった。老人が去って行った後、ノエリアは雪の上に座り込んだ。そして、俯いて腕で膝を顔によせ顔を覆った。 

――リオ、どうして、どうして……私どうしたらいいの……嫌だよこんなの――

泣きたくても泣けなかった。涙が出る余裕もないほど、心の中に悲しみが積もった。そして、心の中が真っ暗になった。

それから、いくら時間が経ったのか分からなかった、でも日が傾き始めていたのは分かっていた。そして、ある大きな声が聞こえて来て、ノエリアはふと我に返った。

それはエステルの悲鳴だった。その悲鳴は尋常ではなかった。足音が聞こえてきて、ノエリアは顔を上げた。

 すると開かれた門の前には、雪の上にぐったりと血を流したエステルが倒れていて、その横には白い雪の上に血をたらしている剣を持つエドモンドの姿があった。周りには何人もの人が武器を手にとって取り込んでいた。

 それを見て暴動が発生しているのにノエリアは気がついた。

「腐れきった貴族に仕える同胞よ。お前も結局は同じだったのか!」

 そう言って、エドモンドを蹴り飛ばした。エドモンドは苦しそうな顔をして、雪の上に尻を着いた。

「何してるノエリア、早く逃げろ!」

 エドモンドの声が聞こえて、ノエリアは立ちあがり、屋敷の外に出た。町では銃声と共に弾丸が飛び交っていて、貴族の屋敷には人が押し寄せ、火をつけていた。

 街の出口に着いた時に振り返ると、自分の居た屋敷にも火がついていて、黒い煙が立ち込めているのが見えた。

 火が沈む中、紅の空には黒い煙が上がり沈む夕日をすっぽりと隠していた。ノエリアはその立ち込める煙を見て、ただ立ち尽くした。

 雪が降り始めてきて、だんだんと空は暗くなっていった。そして、雪がだんだん酷くなって、煙も街も見えなくなってきて、ノエリアは歩き出した。

 雪も深く積もる街道を行く当てもなく、何もかもを失ったノエリアは、ただ歩き続けた。

 薄いコートを通り抜け寒さが刺さり、だんだんと手足の感覚が薄れてきて、どうしてこんなところを歩いているのか分からなくなってきた。

 突き刺さるような寒い真っ暗な空間をノエリアはただ一人歩き続けた。

 吹雪がやんで視界がよくなると、目の前に月の光に照らされる、あのリオと過ごし、彼といろんな約束を交わした浜辺が見えてきた。

 浜に着いたノエリアは、海面に映る月を見つめながら砂浜の上に横になった。

 ――きれい――

 ノエリアは、目の前に映る、きらきら光り輝く海を見ながら、そう心の中で呟いた。

 静かな波の音だけがノエリアの空っぽな心に響き渡った。

 だんだんと空に掛かる雲が減っていき、空に星が現れ始めた。

 ノエリアはその風景を見ながら、涙を流した。その涙は頬を伝って、真っ暗な心の中に光を与えた。そして、眠くなってきたノエリアはゆっくりと目を閉じた。

 ――ノエリア――

そう、自分の呼ぶ声が聞こえてきて、目を開けた。目を開ければ、もう夜は明けているようで、太陽が昇り始めていた。

そして、朝日に照らされる、クレールに跨る、太陽のように陽気な笑みを浮かべるリオの姿があった。

 ノエリアは彼の姿を見て空っぽになっていた心にうれしさがあふれ、起き上がった。そして、笑みを浮かべた。リオも笑みで返した。

 リオの手を借りて、ノエリアはリオの後ろに乗った。そして、彼の背中に腕をまわしてしっかりと掴んだ。

 ノエリアの目から、涙がきらきらと輝きを放ちながらこぼれ落ちて、リオはクレールを走らせた。二人はどこか遠くの誰も知らない場所に向かって走りだして行った。


Fin.


高校生の時に書いた作品の一つで楽しめていただけたなら光栄です。

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