095 真意
「あーっと、そうだ、先に言っておくね。ミシェルちゃん、今、私魔力壁で包まれると、死ぬからやめてね」
急に教皇はそんなことを言い放った。
「ここまでは、精神だけを飛ばして、魔力で体を作ってるのよー、だから見られても大丈夫」
ピラピラとスカートの裾を持って揺らしながら言う姿は、教皇の威厳など欠片もなかった。
「ちょっと、実験もダメだってば」
思わず魔力を展開していた私に、教皇の鋭い指摘が飛んでくる。この反応からして、確かに命懸けっぽい。
「精神と肉体が隔絶しちゃうと、両者の繋がりが立たれるのよ。それが生物の死なの。今私は遠く離れた肉体と命の糸一本で繋がってる脆弱な状態なのよ」
「そ、そんな重要なことをぺらぺらと話していいのですか!?」
思わず声が強くなるけども、教皇はこてんと首をかしげて「大丈夫よ。だって、そんなことができるの、あなた達くらいだもの」と言い切った。
「と、いうわけで、禁止だからね、禁止」
ビシッと教皇がミシェルを指さす。
一方ミシェルは半目で「ソフィアを、妹をちゃんと名前で読んでくれるなら考えます」と刺々しい態度で返す。
「もう、独占力強いんだから~、でもわかったわー」
そう言って教皇が返すと、ようやくミシェルに心からの天使の笑みが戻ってきた。
さっきまでの心から笑っていないミシェルはどこかおっかなかったので、ほっと心が落ち着いた。
やっぱり、ミシェルには心から微笑んでいて欲しい。
そんなことを思えるようになったおかげか、ふと心の中に余裕ができたので、気になったことを口にしてみた。
「ところで、教皇様はそんな重大な秘密を明かしていいんですか?」
その問いに、教皇はニヤリと笑みを浮かべた。すっごい真っ黒いものを感じる笑みに、少し引く。
「いいのよ。さっきも言ったでしょ。私を殺せるのはあなたたち二人だけ、つまり、必然的にこの国に暗殺されたことになるでしょう?」
ニコニコととんでもないことを言う教皇に、その名が伊達ではないことを思い知らされる。
「ああ、そっかー、もう一人いたわね、犯人になりそうな人」
顎の右の人指し指を当てて、さも面白おかしいと言わんばかりに、こちらの知的好奇心を挑発してくる。
聞きたくて、うずうずしてくる。
けれど、空気がそんなのを許さない程、いつの間にか緊迫していた。
そんな中で、ミシェルが短く尋ねる形で、口火を開く。
「ロージア様ですね」
言われて、私も、ああとなった。
そもそもこの魔力壁の事を教えてくれたのは師匠なのだから、同じことができても同然だななんて思っていたのだけど、周囲の緊迫度合いはその名前が出たことで増していた。
「そうそう、ミシェルちゃんとソフィアちゃんのお師匠様、よそにいってるはずなのに、今はこの国に戻っているのかしら?」
朗らかな笑顔で尋ねているのにもかかわらず、教皇の放つ気配は不穏そのものだ。
対するお父様も、国王も、硬い表情を続けるだけで、口も開かない。
一体、何でこんな状況になっているのだと思い、王妃、王女を順番に見れば、彼女たちは険悪な空気に呑まれておろおろしてしまっている。
ミシェルは先ほど取り戻した天使の笑みを向けてくれるが、何を考えているかはまるで伝わってこない。
(ちょ、ちょっと、何でこんな空気になってるの?)
『私がわかるわけないでしょーが』
(で、でも、なにかあるでしょうよ!)
『ピンクさんの話でこうなったんだから、そこが糸口じゃないの?』
言われて、確かにきっかけは師匠だったなと思い返していると、グリンと教皇の顔がこっちを向いた。
「やはり、師弟なのかしらね~派手だもの」
ニコニコと微笑んでるのに笑ってない教皇に、思わず私は「ソウデスネ」とたどたどしく答えてしまう。
それに、くすりと笑った教皇は口を三日月の形にして話し出した。
「あらあら、緊張しているの、『英雄』さん?」
そう尋ねられて、私は目をぱちくりさせるだけだったけど、国王とお父様の表情がより深刻になっていた。
なぜだと思いつつ、頭をフル回転させながら教皇を見る。
すると、ヒントだと言わんばかりに教皇から言葉が雨あられの如く降り注いだ。
「ミシェルと共同で墜落する飛空船を救い、王都への被害を未然に阻止し、国王陛下の兄上の謀反をその武力で排除、その際には私兵を留めるだけでなく、国宝級の戦闘用魔道具を12体まとめて倒した英雄……そんな子、もう普通の魔術師や魔導士の器じゃないわ……伝説の賢者級、よね?」
教皇が並べたのは単に昨日から今日の間で起きた出来事に過ぎない。
だというのに、国王やお父様の警戒が目に見えて強まっている。
「それだけの働きをしたら、すぐにでも『賢者』に就任させたいところだけど、ままならないわねー。デレクの神話が邪魔をするなんてね。でも、まあ、天使に守られる賢者と言うのも素敵な響きよね」
そこまで来てようやく気が付いた。
この国にすら本来いないはずの教皇が、知らないはずの、いや、知っていてはいけないことを口にしていたことに、皆、驚愕とともに警戒を示していたのだ。
教皇が情報を得た方法は、まるでわからないが、完全に把握されている。
監視の魔法なのか、あるいは密偵でも紛れ込ませているのか、本人がこうして乗り込んでくるくらいなのだから、手段などいくらでもありそうだ。
いずれにしても、教皇は暗に知ってるぞと言わんばかりに、私達にかかわった事実を羅列してみせたのだ。
当然、国を預かる国王とお父様の反応が厳しくなるのは必然だ。
「それで、目的はミシェルを『聖女』にすることですか?」
押し黙る皆に変わって、少し殺気を込めながら教皇に問う。
「あら、なぜ私に怒りが向いてしまうのかしら?」
「主人を利用されようとしているのに、警戒しない従者がいるでしょうか?」
私の言葉に、教皇は大きく溜息をついた。
「もー、この国の子たちはほんと頭が固いわね~。私は、ミシェルちゃんもソフィアちゃんも可愛いから、国で連携して守りましょうって提案しているだけよ」
「はい?」
つい間抜けに聞き返した私に、教皇はニヤリと笑ってから「信じられないなら、私の命を奪えばいいわ。やり方は教えたでしょう」とこともなく言い放った。




