009 逃走
とにかく逃げなきゃ!
そう思うとこのクリオネボディーの反応は早かった。
私が自分が移動したのだと認識するよりも早く、私は部屋の隅に移動し終えていた。
これなら逃げれる?
そう思った時だった。
『ぎゃああす!』
見えない何かにぶつかって、そのままぶつかった勢いで天井まで弧を描いて駆けあがってしまった。
一同を見下ろす天井すれすれまで、体が浮上したところで、私の脱出を阻んだものに意識を向ければ、それは透明な球状……いや、正確にはおそらくだけど、ドーム状の壁だった。
いつのまにか、ミシェル達を中心に、意識を集中しなければ見ることも察知することも出来そうにない透明のドームが展開されていて、私は見事、その中に閉じ込められていたのだ。
そして、このドームを作っているのは、魔法陣を展開中のアレクさんではなく、薬師兼医師と言いながら、風貌がローブに豊かな真っ白い髭と、明らかに私の中の魔法使いのおじいさんなイメージ通りのルーヴェンスさんだろうと思う。
この部屋を覆う透明のドーム同様に、彼愛用の杖の周りにも意識しないと見えない透明な魔法陣が浮かんでいるからだ。
それにしても、私を悪魔だと思って滅ぼそうとしたり、警戒するアレクさんやオズワルドさんの意図はわかるけど、ルーヴェンスさんは何だって私を出さないようにしてるのよ!
背中にしたまま一向に解除される気配のない透明な壁を叩いて怒りを表明しようとしたところで、アレクさんの魔法陣が弾けた。
『えっ!?』
強烈な光が魔法陣から一直線に、それこそレーザー光線の如くまっすぐに突き進んで、ルーヴェンスさんの透明ドームの壁面に激突したのだけど、予想外はその後だった。
ルーヴェンスさん……ルーヴェンスの透明な壁を伝って、アレクの光線が分散したのだ。
『ひええええええ』
思わず何度目かの悲鳴を上げながら、私はともかく壁から離れると、直後伝って上がってきた光線が容赦なく通り過ぎ、透明ドームと天井の接点に激突した。
プスプスととても嫌な音を立てて、ドームと壁、床、天井の接点がわかりやすくドームの形状に沿って黒く焼けただれていた。
そこで、私はなるほどと理解した。
ルーヴェンス&アレクは、要するに必ず私を殺すマンに変身したということだろう。
『殺意高いよっ!!!』
私がそうやってぶつけどころのない怒りを表明すると、いつの間にかオズワルドさんの腕から降り立っていたミシェルが怒り出していた。
「何をなさっているんですか、アレク様! それにルーヴェンスも!!」
順番にミシェルに睨まれた二人が、さっと目を逸らす。
逸らすが「ミシェルお嬢様を苦しめる悪魔を撃つのです」とアレクは返し、一方、ルーヴェンスは「魔力欠乏症の病原かもしれません故、生け捕りが理想ですが、見えもせぬ以上、殲滅が他の命を守ることに繋がるかと」と淀みなく言い切った。
「それは、私の言うことを、お二人とも信じてくださらないということですか!?」
ますます怒り出すミシェルの肩に、オズワルドさんが優しく手を置いた。
「悪魔とは狡猾なものなのだ。自らが振りまいた病を、自らが治すことで信用させて、深く潜り込むなど簡単にする。病ではないが、盗賊の被害者のを振りをした盗賊が貴族や商人の家に潜り込むなんて話もあるほどだ」
オズワルドさんは実に優しい口調で、ミシェルを諭すように告げ、最後に一言付け加えた。
「人間ですらそうなのだから、悪魔ならより非道な手も使う」
どうも私の悪魔認定は覆せないところまで突入してるみたいです。
悪魔的な何かをした記憶は一切ない……とはいえないのが、痛いところです。
ミシェルを乗っ取りかけたもんなぁ。
私がそんなことを考えていると、アレクがいい笑顔で急にミシェルに振り返る。
何を言うのだろうと意識を向ければ、それはもう爽やかな笑顔で自信満々に言い放つのだった。
「私の光の魔法は、悪鬼羅刹を焼き尽くしますが、ミシェル様のいう天使には傷を負わせないはずです」
だから大丈夫ですという口ぶりだけど、アレクの放った術で天井も床も壁も焦げてるんですよね!!!
そもそも、ダメージ通らないからって攻撃されて、その天使様はお怒りにならないんでしょうかね?
私の中では、イケメン騎士風のアレクが、実は何も考えてない脳みそ筋肉さんなんじゃないかという疑惑で株価大暴落中ですよ!!!
『あああ、もう、どうすればいいのよぉ!!!』
ビタンビタンとシッポ状になった下半身を、透明ドームさんにぶつけながら叫ぶ以外、何も思いつかない私はただただ項垂れるしかなかった。