071 侯爵家の今昔
時折吹く突風に気を付けながら、私達は欄干で区切られた枠の中を動き回る。
飛空船の向かう先である王都アジェリアーナは、ウェーディア侯爵領の北に位置している。
ちなみに、この世界が地球の様に球状だったり、宇宙に浮いているかはわからないけど、太陽は一つで南側を回っている。月も一つで、満ち欠けもある。
なので、私達の乗る飛空船は背中側に太陽を背負って北進している。
足元に広がる大森林帯、左前方北東には大きな湖が広がっていて、東にも西にも結構な高さの山々が鎮座している。
その左右からせり出す山裾と山裾の間に巨大な門があって、そこに繋がる大きな街道が見える。
街道は門から、私達の足元にある大森林を迂回して、後にして来た侯爵邸もある侯爵領都とつながっている。
ミシェルによれば、アジェディア街道と呼ばれる王都と侯爵領都を結んでいる大動脈だそうだ。
少し距離があるので、はっきりとはわからないが、幾台もの馬車や幾人もの旅人らしき集団が往来していて、活気があるのがよくわかる。
当然これだけの往来があれば、見渡す範囲にも幾つもの飲食店や宿らしいものも見える。
こちらの建物は石造りばかりかと思ってけど、この辺は木造の様だった。
「なかなか、色々な建築様式があるのね」
思わずそう呟くと、ミシェルが「この辺りは本来は街を包む防御壁の外なので、住居用の建物などは原則禁止なのです」と苦笑した。
「とはいえ、もう百年近く前からこうして宿や食事処が立てられているので、有名無実な法になってしまっていますね」
そう結んでから、苦笑したままでミシェルは「まあ、魔物に襲われて命を落とす人がいないのなら、取り締まる必要はないとしているのが、侯爵家の歴代当主の意見なので、法律やぶりに加担している悪い貴族家ともいえますね」と付け加えた。
私はどちらかというと、しゃくし定規で判断しない民よりの判断のできる家柄だと歩もうけど、公言するとまずい気もするので、キュッとミシェルの手を握ることにした。
ミシェルは私の意図に気付いてくれたのか、少し驚いた顔をしてから、柔らかい笑顔を返してくれた。
それが、少し気恥しくて、私は慌てて向かう先を指さした。
「あれは、関所ですか、ミシェルお姉さま?」
「ええ、そうです。同時に王都への敵の進撃を防ぐ目的もありますね」
「そんなことが?」
「はるか昔の事ですが、南の国々と戦争していた時代があって、我が領は南の守りを担っていたのです」
ミシェルの言葉に、私は頷きで応える。
「私達の住むお屋敷の敷地が広いのも、侯爵領都の城壁に近いのも、お屋敷の庭で練兵や演説などが行われていた名残なんですよ」
ミシェルの説明のお陰で増えていく知識になるほどなと頷いていると、ミリアが参戦してきた。
「ちなみに、侯爵家のお住まいがお屋敷で、領都にお城がないのは、もともとが南方攻略用の要塞が領都の基盤であったためなのです」
ミリアに次いで、今度はレベッカが己の腰に差した剣の柄に手を置きながら、少し興奮気味に語りだす。
「そうです。お嬢様方のウェーディア侯爵家様は、偉大な魔法つかいや高名な騎士を多く輩出した武門では比肩するものなしと言われた名門の御家柄なのです。私も幼い頃から仕官するならばウェーディア侯爵家様と誓っておりました」
わずかに頬を染め誇らしげに言うレベッカは、とても清々しい。
「わ、私も、侯爵家様は、慈悲深く、飢饉が起きた時は税を免除くださったとか、戦争被害者である南からの難民を受け入れてくださったとか、多くの逸話があるのです」
はいはいとピョンピョン跳ねながら、アンも侯爵家の偉業を教えてくれる。
……が、突風が吹いたら簡単に持ってかれそうなので、ヴァネッサとミリアが慌ててアンを捕まえる。
一方、ミシェルはなんだか恥ずかしそうにしているので、私も一言感想と決意を伝えることにした。
「皆に慕われる家柄なのをこうして改めて聞くと、正直、すごいなと思います……けど」
私の口にした接続詞に、ミシェルが「けど?」と少し不安げに言葉の先を求めてきた。
不安そうなミシェルをまっすぐ捉えて、私は促されるままに続けた。
「私達の代で失望されないように頑張らねばなりませんね、ミシェルお姉さま」
ミシェルは私の発現に少し驚いた顔をしてから、真剣な眼差しで頷いた。
「そうね、ご先祖様の名誉のため、今を生きる領民の為、引いては魔法王国の為に、やれることを頑張りましょう」
「はい」
「ふふふ、ソフィーや皆がいれば、簡単にできてしまいそうだから、錯覚しそうで怖いですね」
最後に付け加えた一言に、その場の誰もがほんの少しの気恥しさと、期待に応えようという意思を抱く。
そうして、私達が頷き合ったところで、飛空船はゆっくりと移動を止めはじめた。
「あれ? 止まる?」
私の驚く声に、ミシェルは「そろそろ関所の門ですから」と、いつの間にか、目の前に迫っていた先程の石造りの巨大な門を指さした。
その門の前では、兵士たちが街道上から馬車や旅人たちを誘導して、街道を広く開けている。
一方で、私達の乗る飛空船の下には別の兵士たちが何やら、巨大丸太を何本も並べていた。
「……まさか」
思わずつぶやいた一言は、数時間後に目にする光景で肯定されるのだった。




