067 飛空船
修行の日々をこなし、間にドレスのフィッティングやら、マナー講習やらをはさんでついに迎えた王都行きの日、私は皆で乗り込むという飛空船を前に絶句していた。
何しろ、飛空船とは要するに空飛ぶ船、船にマストの代わりにプロペラが無数についていたり、あるいは飛行船の様な空気より軽いガスが詰まった浮袋がついた船を想像するだろう。
まあ、ファンタジーなゲームに毒されているような気もするけど、少なくとも、私の目前にあるようなものは想像しないはずだ。
そう、私達の前にそびえたつのは巨大な立方体だった。
この世界の魔法の基本が、魔法陣であり、それを刻むことで宙を浮かせる仕様なのだから、最も効率的なのは円に最も近い正方形で前面を構築することだっていうのはわかる。
でも、複雑な魔法陣が、各面に一つずつ描かれたそれは、全部が1の眼の巨大なサイコロでしかなかった。
『いやぁ、これは予想外だね』
(うん、さすがに想像もしなかった形だわ)
日本時代の記憶がベースの私達からすると、すごく奇妙なものだけど、こちらの世界の人たちには当たり前の形なので、だれも気に留めた様子はない。順序良く、規律に従って、荷物が搬入され、同行者たちが乗船していく。
そして、私、ミシェル、お父様は、中の準備を整え、問題がないか確認が終わるまで、待機することとなっている。
ちなみに、この飛空艇は高さはお屋敷の4階以上ある。一見して立方体ということは、すべての面が同じだけの長さがあるということで、現実離れした姿のせいで、そんなに大きくなさそうな気もしたが、実際にはとんでもなく巨大な人工物ということになる。
「すごいものですね……」
私は思わずそう声を漏らすと、軽く笑みを浮かべたお父様が「ようやく我が家の天使を驚かせることができたかな?」と渋い声で囁いた。
普通のご家庭では、娘を天使と揶揄した父親の少しきざな言い回しになるところだが、現、我が家の中では単に事実を言っているだけなので、自然と頷けてしまう。
ミシェルは間違いなく天使だし、私も分類上天使みたいだからね、と、言い訳じみた言葉を添えておく。
もちろん、私の中だか後ろにいる親友にして相棒はの申し開きだ。
心の中で弄られて、つい声に出して突っ込んでしまうと、周りに説明を求められるので、すごい辛い。
私を褒め殺すタイプの揶揄いだった場合など、自分で事細かに説明しなければならない。飛んだ羞恥プレーである。
なので、なるべく事前に心の中で独り言をつぶやいて、心の準備をして迎え撃つのがこのところの習慣になっている。
が……こうして準備していると、大抵こうして無駄に終わるのである。
というか、清華も飛空船のイメージとのギャップに驚いているのかもしれない。
乗船は、側面に設けられた観音開きの扉から行う。
巨大な魔法陣の外縁ギリギリから縦横の辺に向けて垂直に伸びる線で構成された扉は、それこそ算数か数学で面積や辺の長さを求めさせられそうなわかりやすい線で構成されていた。
まあ、理論上、真ん中になる円と各辺の接点が4階の半分だと、ざっくり接点は2階、2階の高さ程度の半径を持つ扇形の中間点なので、およそ0.6~0.7階。1階が3メートルくらいだとすると、2メートルくらいかなと、暗算をしていると、頭の中に清華の声が響いた。
『かなじゃないよ! 何、あっさりと暗算で長さを計算してるのよ』
(いや、設問があれば、解くものでしょ?)
『設問なんてなかったよ! 天才アピールか、クリフィーちゃん!!』
(あのね、構成してるのは正方形と円だよ? 三平方の定理だけで充分解が出るよ?)
『出ないよ、普通は出ないよ!』
(なんでよ? 4階までの高さがあると仮定して……)
『やーーーめーーーてーーーーー、守護霊いじめは辞めて~~~~』
(いや、まるで全く虐めてないし)
『もう、いいよ、クリフィーちゃんなんて知らない!』
「あ、ちょっと!」
思わず声に出てしまった。
ちょうど乗船用に用意してもらったスロープ式のタラップの上だったので、先を行く案内のウォルターさんとお父様が振り返って私を見る。
次いで、横を歩いていたミシェルが「どうしました、ソフィー?」と少し心配そうに首をかしげて訪ねてきた。
おそらく私達の後ろにいる、いつものミリア、アン、レベッカにヴァネッサも、私に興味を示していることだろう。
とりあえず、口に出してしまった者は仕方がないと、素直に事情を説明することにした。
「なるほど、確かに、暗算というのはすごいな」
飛空船の中にしつらえられた豪華な一室のソファーに腰を下ろしたお父様はそう言って私をほめたたえてくれる。
「確かに、数学者の先生方には平方根をそらんじる方もいらっしゃると学んだことがありましたが、まさか、私の可愛い妹が出来てしまうなんて思いませんでしたわ」
大興奮のミシェルも、私の腕にしがみついて頬ずりをしてくる。
他にもここにはミリアはじめいつもの修行メンバーやウォルターさんがいるけど、お父様がおられるので壁に控えたまま、必死に動かないように努力していた。
いつもならミシェルの褒め殺しに参加してくるメイドのミリアとヴァネッサは、意思を外れて暴走しそうな左手を右手で抑え込んでいる。そう言えば、意思を外れて体が動く病気の多くは精神的ストレスが原因だったような記憶があるけど、二人は大丈夫だろうかと、少し心配になる。
「本当に、ソフィーは賢くていい子ですね」
「み、ミシェルお姉さま、褒め過ぎです。暗算しやすいように数字を簡単にしましたから、計算もそれほど難しくないです」
実際8の平方根は語呂合わせで暗記していたけど、近似値の9の平方根である3で計算してもおよその数値は出るので、別にざっくりの長さを知りたいのなら、とても簡単な事なのだ。
もちろんそれも伝えたわけだけど……。
「その必要だけを突き詰め、概要を把握するという考え方は、ははは、この年になって勉強させられたよ、ソフィア」
「本当に、お父様に、なんて、本当にすごい事だわ」
結局、褒める言葉が増えてしまうだけだった。
まさか、考え方に食いつかれるとは思わなかったので、予想外で妙に恥ずかしい。
しかもこの褒め殺しタイムは、そのまま、離陸の瞬間まで続くのだから、たまったものじゃなかった。
途中で拗ねてたはずの親友まで戻ってきて、騒いでいたし、心にも逃げ場がないってもうどうしようもないのだと、痛感した。




