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039 発現力

「なんですか、『も』って」

 私の問いに、しかしババ……師匠は大して強い反応を見せずに返してきた。

「お前みたいに普段は小憎たらしいくせに、魔法の伝授の間は真剣に、素直になる奴がいたって話さ」

 でも、私にはそれが逆に気になった。

 大したことない会話であっても敵対的な言葉や長髪を返してくる師匠がだ、私の疑問が解決するような言葉だけを残して、話を終わらせようとしているんだから、きっと何かあるんだろう。

 そう考えると、好奇心は疼くけども、でも、師匠の妙な反応が触れてもいい班長を越えている気がして、私は武士の情けでスルーすることにした。

「お前、本当にイラつくねぇ」

「あら、何か気に障りましたか?」

 だというのに、この言いようである。

 けど、そのあと帰ってきた言葉は、まるで想像していなかったせいで、虚をつかれてしまった。

「逆さ」

「は……い?」

「ふっ。人形でも間が抜けた顔ってもんができるんだね」

 カッチーン……と、きたが、まあ、ここは穏便に済ませよう。

 これきっと照れ隠しだ。師匠の。

 そう思ってると、師匠が「そういうのが腹立つんだよ、ったく」と小さな声でぼやいたので、引き分けということにしておこう。

 一応、師匠は私の師匠だしね。敬うことも配慮することも忘れない。弟子の鑑だな、私は。


「で、お前にはこっちの魔法陣で、水の温度を上げ下げしてもらう」

 そう言って私の目の前に提示されたのは、二重円の内側の円に縦の線が刻まれたものと、横の線が刻まれたものだった。

「あ~、師匠、ボケた?」

 ブオン。

 ものすごい勢いで放たれた師匠渾身の右ストレートを、床に這いつくばるように一気に下降して躱す。

 直後、床に張り付いた私に追撃の左足での踏み付けが来たので、今度は地面すれすれで、師匠の下をくぐるようにまっすぐに飛翔する。

 攻撃の回避には成功したものの、視界ギリギリで後ろに飛び去っていく床の様子は、なかなか怖いものがあった。

「なにをする……の、ですか!?」

「やかましい、教育的指導だ!」

「殺意の波動を感じましたが!」

「常に実戦を想定した高度な訓練だ」

「それはどうも、大変勉強になりました」

「いや、ダメージを受けてからのリカバリの経験を積んだ方がいいと思うぞ、天使様」

「遠慮しますわ、お師匠様」

 私と師匠が様付で呼び合う時は、どういう時か悟っているらしいミシェルは、アンを引き連れて少し遠ざかっていった。一方、護衛として同席しているレベッカは苦笑を浮かべ、お世話係のミリアは顔を青くしながらミシェルとアンを庇う様にこちらに警戒している。

「バ……お師匠様、他の方々にも影響がありますので……これは私の失言でしたわ」

 そう言って私は深々と頭を下げると、師匠が苛立った声で返してきた。

「謝罪に枕詞を付けるんじゃないよ。小賢しい……が、まあ、話を戻そう」

 そう言って師匠はようやく構えを解いたけど……殺気が消えてない。

 とりあえず、今は知識を得ることが肝要と自分を納得させて、聞きたかったことを言葉を変えて問うてみる。

「お師匠様が提示された魔法陣は、人間にはあつかえないとおっしゃってませんでしたか?」

「ああ、そのまま字面の通りさ」

 そう返されて、ようやく意味が分かった。つまり……。

「人間でなければ扱えると?」

「平たく言えばその通りだ。もっと説明は欲しいか?」

 若干見下すような視線で問われたが、正直、全く苛立ちはしない。

 挑発だとわかっているのもそうだけど、何より、今は私が教えを乞う立場なのだ。

 目上の教えるものが教わるものを見下しても、私にとっては当然の範疇だから、まるで気にならない。

「はい。できれば詳しくお聞きしたいです」

 すると、師匠は溜息を零してから苦笑を浮かべた。

 私の態度や反応がその誰かさんによく似ているのだろうなと、私は思いつつ説明の再開を待った。


「人間と天使や精霊と言った幽体の存在の違いは何だ?」

「それは、やはり、肉体の有無でしょうか?」

「そうだ。そしてそれこそが、決定的な魔力操作能力の特性の差になっている」

 特性の差という言葉に思い当たることはないが、しかし、私が使う魔法とアンが使った魔法の威力の差を考えると、そのあたりを指しているのだと推測はできる。

 そう言えばミシェルも、魔法陣への過大な魔力の流入を私の干渉だと思っていた筈だ。

 だとすると、単純に考えれば、人間よりも多くの魔力を扱えるということが、特製の差という事になる。

 そう一応の推論を立てた私に、師匠は軽く頷いてから、上方を加えていく。

「特性には当然魔力の代償もあるが、それよりも重要なのが魔法の発現力だ」

「発現力?」

「イメージ通りに魔法を放つ能力と言ったところだな」

 師匠にそう返されて、私はこれまでの話を振り返る。

「要するに、人間は頭で水の温度を上げたいと思っても『水』と『温度』という情報を魔法陣に加えなければ、魔法として行使できない」

「そうだ」

 私の呟くような言葉に、師匠は首肯で答える。

「そして『天使』は、その情報のない二重円に、線を一本加えただけの魔法陣でも発動できる?」

「自分の事なのに、疑問形かよ」

 苦笑で言う師匠だが、私はそもそも天使じゃない……と、思う。そもそも魔法のない世界に生きていたのだ。魔法陣をいくつも作っていたといっても、魔法が発動する奴は初めてなのだ。

 なので、素直にそのことを伝える。

「魔法陣で魔法を使ったのは、この『人形』の体になってからだから」

 師匠は私の発現に頷きながら「まあ、魔法陣を使うのは、魔力を魔法に変えることが不得手な肉体を持つ生き物だけだからな」と返してから、ニカッと笑った。

「ようこそ、肉体に縛られた世界へ」

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