017 回復魔法
魔法の効果は実にわかりやすかった。
ゆっくりとだが、赤みが薄まり、元の白磁の様な艶やかで白い肌が蘇ってくる。
『アンも魔法が使えたのね』
『はい……回復魔法だけですが……』
右手はミシェルの目元に翳し魔法陣を展開してるアンの左手と、私は手を繋いでるので、バッチリ念話継続中なのだけど、響いてくるアンらしき声にはため息が混じり、まるで声を発しているのと変わらない感じで伝わってきた。
なので、私は早速尋ねてみることにする。
『随分、含みのあるいい方ね』
『え……』
直後、アンが出現させていた魔法陣を構成するラインがわずかに波打った。
と同時に、アンの表情に焦りの色が浮かぶ。その表情に、瞬時に、魔法の暴走をイメージした私は、反射的にアンの魔法陣とミシェルの間に入り込んだ。
「ソフィア様!?」
声を上げたアンの声に、背後のミシェルがピクリと反応を示した気がしたけど、今はガタガタと歪みが大きくなってしまったアンの魔法陣に意識を向ける。
どうしたらいいかまるでわからない。
でも、ミシェルを守ると決めた私は、少なくても暴走する魔法の余波を受け止めきる覚悟で魔法陣に手を伸ばした。
私の差し出した手が、まるでゼリー状の物体に手を突っ込んだようなわずかな抵抗を感じた後で、魔法陣の中にトプリと沈み込んだ。
すると、構成する線という線が波打ち崩壊しかけていた魔法陣が、ピシリと製図したようなまっすぐな線で構成され、不安定さは一切感じなくなってしまった。
「ソフィア……様?」
呆然とした顔で私を見るアンに、私も人形ボディでできているかはわからないけど、苦笑で答えた。
『手を突っ込んだ時は、止まれとしか、念じてなかったけど……』
直前の行動を思い返しながら、私は椅子に座るアンに抱っこされた状態で、そう伝えてみた。
『それで、魔法陣の崩壊が止まったのですか……』
『だと、思うんだけどね』
とまれって思ってたのは、魔法陣の暴走だから、意図したことと微妙に違うので、私も半信半疑だけど、確かに念じた通り、暴走というか、アンの言うところの崩壊は『止まった』のだ。
『他人……の魔法陣の制御に介入できるなんて、さすがは天使様です。ルーヴェンス様が知ったら大騒ぎになりそうです』
はふぅと息を漏らし、アンはそんなことを伝えてきたので、変な誤解をされる前に、正すべきことは正そうと事実を伝える。
『魔法陣に介入できるなんて私も知らなかったわ』
『そ、そうなのですか?』
『私は単にミシェルが傷つくかもしれないと思って、そうして気付いたら魔法陣に触れてたの』
『ああ』
嘆息に近い声が伝わってきたところで、私の体はアンにぎゅっと抱きしめられた。
『どうしたの、アン?』
『ソフィア様は本当にミシェル様を愛されておいでなのですね』
そう尋ねられてしまうと、正直、返答に困る。
ミシェルを守りたい気持ちに嘘はないし、体も勝手に動いたけど、愛してっていうのは少し自信がない。
だから、返答は少しぎこちなく不格好になった自覚はある。
『私はただミシェルを独りにはしないと誓っただけ』
でも、まさか、その言葉でこんなことになるなんて想像もしてなかった。
私を抱きしめるだけだったアンが体を丸めて、私を抱きかかえるように体勢を変えた。
直後、私の着る人形のドレスに、ボタボタと大粒の水滴が落ち始めた。
人形の体を通じて伝わってくるアンの震えは、慟哭に近かったかもしれない。
それでも、眠っている小さな主人を起こさないためか、必死に声を殺して泣いている姿は、正直、胸に刺さるものがある。
気のすむまで泣かせてあげるのが優しさなのかもしれないけど、私の心が居たたまれなさで耐えられそうにない。
『アン、どうして泣くの?』
上を向けばぎゅっと閉じた瞳からボタボタと涙の雨を降らせるアンの顔が見える。
アンの涙の雨は、目の下のクマを隠す化粧品が溶け出て、ほんの少し白く濁っていた。
14歳の女の子が隠すほどのそれは、私の中でその年頃の女の子が刻んでいいものじゃない。
そう思った。
だから反応が返ってきたのだろう。
私が上へ、アンの顔へと伸ばした手の先に、先ほどアンが見せてくれた回復魔法の魔法陣が浮かんでいた。
アンは魔法陣の光に目を開き驚きにその目を丸くする。
一方で、私の中ではできるという確信が膨らんでいって、それに同調するように魔法陣が輝く。
「アンを癒して」
ブワっと魔法陣を中心に、空気が膨らむような感触が広がって、やがて霧散した。
私の放った空気のふくらみに包まれたアンは、目を閉じて受け入れるように身を任せる。
驚きから穏やかな表情へと変わるアンの顔に気持ちいのかもしれないと思って、良かったと思ったんだけど……全然よくない事態が私達を待ち受けていた。




