001 プロローグ
「こんな……もん、かな」
私は今しがた完成したばかりの3Dソフトで、モデリングした魔法陣をクリクリと動かしてその出来栄えを確かめる。
「ふぃー、お仕事として依頼を受けてるって思うと、やっぱり緊張するなぁ」
言いながら、私はグッと伸びをすると、硬くなっていた全身が徐々に解れていく。
私がいま手掛けているのは、ある映画用の魔法陣作りだ。私の作ったデータをもとにエフェクトなどを追加して劇中で使用するらしい。
まだ、学生の私が、なんでこんな仕事をしているのかと言えば、アルバイト禁止のすっごく厳しい校則のスキをついて始めたダウンロード販売がきっかけだったりする。
元々、魔法とか、魔術とか、呪術とか、まあ、いわゆるオカルトが大好きな私は、小学生……いや、ひょっとすると幼稚園の頃から、暇さえあれば魔法陣を描いていたのだけど、それをパソコンで始めて、私は古今東西の魔法陣や魔物を従える図法などなど、とにかくあらゆる図式を3Dモデリングして売り出してみたのだ。
すると、最初はオカルト仲間しか買ってなかったのに、次第に商用使用してもいいですかと、大人の人から問い合わせが来るようになって、テレビに、資料映像に、と、想像もしていなかった人や会社に買ってもらって、小銭で済まない額を稼いでしまった。
そこまではまあ良かったのだけど、私の背筋を凍らす出来事が起こったのだ。
私の販売が影響しているかどうかはわからないけど、魔法陣のデータを売ってた人が捕まった。
著作権法違反とか言うよくわからない法律で、なんかニュースになっていた。
当然、私は大慌てで、さっくりダウンロード登録を抹消して逃げ出したのは言うまでもない。
だけども、すでに買ってもらっていた人の中には、私と直接会っている人もいて、今回の魔法陣作成の仕事を持ってきた人も、その中の一人だった。
布団をかぶって、びくびく怯えてた私に、その人は私の場合、著作権の存在しない絵図のデータ化だから大丈夫で、捕まった人はアニメとか漫画のモノをトレースとかいう方法を使って打ったのがダメだったらしいと教えてくれた。
危うく引きこもり生活をスタートするところだった私を救ってくれた恩で、私はその人のお願いだけは聞くことにした結果、こうして魔法陣モデリングのお仕事をしているのだ。
ちなみに、今回の資料はその人が集めてきたもので、既に法律的にセーフなのを確認済みと保証してくれたので、怯えることなく作業できた。保証してもらえるってこんなに安心できるとは思わなかったな。
そんなわけで、ようやく頼まれていた魔法陣作りもついに完成の時を迎えたのだ。
「それにしても、13個も描いたけど……これ、組み合いそうなんだよなぁ」
私はそう言いながら、作った魔法陣のうちから、5つを選び出して、パソコン上で組み合わせてみる。
それぞれの資料は全く別の場所で発見されたと書いてあるのに、欠けている部分を左右反転したり、少し回転させると、組み合う部分が出てくるのだ。
「なんだか、パズルみたい」
私はそんなことを言いながら、ペンタブを駆使して5つの魔法陣を組み合わせた時だった。
ヴン!
急に、大きな音が響いた。
それが何の音かわからずに吃驚してあたりを見渡すと、急にブンと音が響いて、部屋中の明かりが消えた。
「ひゃっ」
思わず漏れた声が、声帯が緊張したことで途切れる。
ドキドキとすごい速さで動く心臓の異常事態を自覚しながら、部屋の明かりが、つけっぱなしにしていたテレビとデッキが、部屋中の家電や電子機器が停止していた。
「て、停電?」
きょろきょろと周りを見渡して、ふと前を見れば、パソコンのモニターが光っていた。
「あ、データ飛ばなくて、良かった、やっぱ、バッテリーが……」
そこまで言って、私は言葉を失った。
私が作業していたのはノートパソコンでも、パッドでもない。デスクトップだ。停電対策の電源装置なんてついていない。停電したら、他の家電と同じ道をたどるものだ。
な・の・に。
「なんで、モニターが活きてるの!?」
私が自らの意思で、何かしらの行動がとれたのはそこまでだった。
モニターの中で、完成した魔法陣が輝きながらギュルギュルとものすごいスピードで回転している。
操作するために持っていたペンは既に停電と同時に投げ捨ててしまっているし、キーボードにも触れていない。操作していないのに勝手に動きを増している。
理解できない目の前の状況に悲鳴を上げたいのに、体がまるで反応しない。逃げ出したいのに動けない。訳が分からない……その怖さに体が冷えていく。
そして、私の視界が白に塗りつぶされた。
猛烈な勢いで回転していた魔法陣から光が放たれたような気もするけど、もはや確かめようもない。
ただ、私の目に映る世界は白一色だった。