449日目 きっとうまくいく
ルナ:リエラの親友。アスラーダさんの依頼で人を迎えに行っていた。
アスラーダ:リエラの想い人。一応両想い。
アルン:最近弟子入りしてきたエデュラーン公の孫娘。
アッシェ:調薬担当の三つ目族。悪戯好きがちょっと度を越している気がする。
ルナちゃん達が、アスラーダさんに頼まれた人達を連れて戻ってきたのは、それからほぼ1週間後の紅月の事だった。
アスラーダさんが家に着くのと、殆ど同じタイミングで帰ってきた彼等が迎えに行っていたのは、何とアルンのお姉さんとその家族。
今日もお泊まりする予定でうちに来ていたアルンは、お姉さんを見るや否や矢の様に飛んで行ってそのお腹に切れの良いパンチをぶち込んだ。
感動の再会的なものを想定していたらしいお姉さんは、そのパンチをもろに食らってしまって、庭を転げ回った。なんか、こう、色々と台無しだ。
「エリス姉さま!!! 8年間も、一体何をしてらしたんですか?!」
アルンのお姉さんは、どうやら8年も前に失踪していたらしい。
学校では習わなかったなぁ……。
まぁ、領主の娘が出奔中なんて、授業で教える訳は無いか。
庭先で話すのも何であれだからと、居間に彼等を通すと事情を聞かせて貰う事になった。
アッシェは卒なくお茶とお茶請けを出すと、私に片目を瞑って部屋を出ていく。
後で話して聞かせろと言う事だと分かり、思わず苦笑が漏れた。
ちなみに彼女の失踪の原因は、エデュラーン公からアスラーダさんとの交際を迫られたせいだった。
彼がグラムナードに帰った後に出た話だったそうなんだけど、たまに手紙のやり取りをしていると言う事を知ったエデュラーン公からその話があった時、彼女は友人としては親しくしていた彼をそう言う対象に見ていなかったものだから仰天したらしい。
即座に手紙で相談したところ『お前とだけは結婚は無い!』と返事が返ってきたと、彼女はその時の事を思いだしながら爆笑した。
そんな返事を貰ってもまだ手紙のやり取りをしてたそうだから、本当に仲が良いらしい。
ただ、その関係性は男女間でよく想像される物とは違っていて、お姉さんからみたアスラーダさんは、『何でも卒なくこなして可愛げがない男。』で、対してアスラーダさんから見た彼女は、『見た目は女だが中身は男だ。』と……。
結局、エデュラーン公に無理だと言う事は受け入れて貰えず、妹たちを残していく事に後ろ髪をひかれながら出奔したそうだ。
「で、その殿方とご結婚なさって2男1女を儲けたと……そう言う事ですのね?」
「おじい様に認めて貰えそうなところまで、夫を育てるのに苦労してね。」
お姉さんは、そう言って素知らぬ顔でお茶をを口にした。
アルンは、沸々と湧きあがって来る怒りを抑えているのか、俯いているせいで少し声が低くなっている。
正直、めちゃくちゃ怖い。
お姉さんの横に腰掛けた旦那さんは、のほほんとマイペースにお茶請けのお菓子を子供たちに配ってあげている。この威圧感に気付かないなんて、中々の大物だ。
でも、こののんびりした雰囲気がきっと、アスラーダさんの事を『可愛げがない』と言い切った彼女の好みなんだろう。
確かにこの旦那さんは、ちょっぴり頼りなさそうな雰囲気を醸し出している。
きっと、彼女にとってこの頼りない雰囲気が『可愛らしい』んだろうなぁ……。
私には理解できないや。
彼女達はそれから1週間我が家に滞在して、今後の事を話し合ってから王都に居るエデュラーン公の元に戻って行った。
その頃には、甥や姪にすっかり骨抜きにされていたアルンは彼等が行ってしまう事を嘆いていたんだけど、その雰囲気がなんとなく、私との別れを惜しむセリスさんと重なって見えた。
「おじい様の事は何とかするから、アルンもこれからは自分のやりたい事をやってね。」
「そうさせて頂きますわ。お姉さまが居ない分のしわ寄せは殆ど私にきてたんですもの。」
お姉さんの言葉に、アルンは憎まれ口で返した。
でも、その口調は少し覚束ない感じで、言葉とは裏腹に別れを惜しんでいる事を伝えてきた。
そっとその手に触れると、縋る様に私の手を握りしめる。
悪い方に話が転がれば、また、お姉さんは行方をくらますかもしれないんだから仕方ないかもしれない。
彼等が王都に向かって旅立つっていくと、アルンは私にしがみついて泣きだしてしまう。
私は、その背中をさすりながらそのまま泣きやむまでそうしたままでいた。
うん。
大丈夫。
アスラーダさんが大丈夫だって判断したんだもん。
きっとうまくいくよ。
この章は、シリアスが続きます。




