443日目 抱き枕
まるで聞いた覚えのない養女の話をされた後の事は、正直覚えてない。
近くにあった飲み物をグイと呷って、それから部屋に戻ると宣言して、部屋に戻った筈だ。
なのに、なんで今の私はアスラーダさんを抱え込んでベッドに転がっているんだろう???
頭の中は疑問符だらけだ。
ちなみに、アスラーダさんは私の腕を枕にぐっすり眠ってる。
窓の外はまだ真っ暗だ。
うん。
きっと、昨日アスラーダさんとゆっくり話す時間がとれなかったからかも。
コレは夢に違いない。
そう結論をだすと、改めて眠気が襲ってくる。
夢の中でまで眠くなるなんて変なの。
そう思いながら、アスラーダさんの額に自分のおでこをくっつけてもう一度眠りに就いた。
次に目が覚めると、そこにはアスラーダさんの姿は無かった。
といっても、そこが自分の部屋だった訳じゃなくて私は血の気が引く思いだった。
どうやら、最後に飲んだのはアッシェが呑んでた蒸留酒だったらしい。
ソレを呷って、一気に酔っ払いに逆戻りしたリエラは、何故か、自分の部屋じゃなくアスラーダさんの部屋で寝る事にした……と言うのがきっと、今の状態に違いない。
私は青くなった後、彼を抱きしめて寝ていた事を思い出し、今度は赤くなった。
うわ、まずい!
まともに顔、見れないかも!!
アスラーダさんを抱き枕にして寝ていたとは?!
私は彼が部屋に戻って来るまでの間、1人でベッドの上で身悶えしいて、帰ってきた彼にその姿を見られて大爆笑されてしまった。
そんなに笑うなんてひどすぎる?!
「ああ、笑ったのは悪かったからそろそろ機嫌を直してくれ。」
「怒ってはいません……。」
ただ恥ずかしかっただけで。
今は、アスラーダさんがアッシェに作って貰って来た朝食を、ソファに並んで一緒に食べてるところだ。
私が寝ている間に作って貰いに行っていたらしい。
羽トマトと棍キュウリのサンドイッチを頬張りながら、ちょっぴり彼から視線を逸らす。
だってね、まだ恥ずかしくて気まずいんだよ。
なのでちょっと、顔を直視するのはハードルが高いです。
ところで、今日の朝ご飯には『逃走植物と虫の森』の食材がたんまり使われてる。
コレをきちんと味わわないのは、はっきり言って損だ。
そう思いながら、もう一つ羽トマトと棍キュウリのサンドイッチを手に取り直す。
このサンドイッチ、パンにはバターの代わりに辛子マヨネーズが塗られてるんだけど、マヨネーズの酸味とあわさったピリッとした辛み、そして棍キュウリのみずみずしさが、ともすれば濃厚すぎる羽トマトの甘味を上手く受け止め膨らませてる。棍キュウリって、その物には大した旨みって無いと思うんだけど、こうやって食べるとめちゃくちゃ美味しいかも。
キュウリの評価が一段上がったよ。今まで苦手でごめんなさい!
サンドイッチはもう一種類ある。
少し羽トマトの汁が付いてしまった指を舐めてから、そちらに手を伸ばす。
少しプックリする位に詰め込まれた具は、どうやらポテトサラダらしい。
見える範囲には、緑色の枝豆っぽい物とトウモロコシ、それから細かく刻まれたハムが入ってる。
大きく口を開けて齧りつくと、枝豆とトウモロコシの甘味が口いっぱいに広がった。
この甘み、コク。
これはただの枝豆とトウモロコシじゃない。
多分、迷宮産の鞭豆とポップコーンだ!
こっちにも迷宮植物を仕込んでくるとは……。
ポテトサラダだから勿論甘味だけじゃなく、マヨネーズの酸味もあるんだけど、その酸味もハムの塩気も彼等の甘さをひどく引き立てている。
ただ、惜しむらくはメインにあたるジャガイモが少し力不足に感じるところか……。
ジャガイモ、追加しようかな。
そう思いつつ夢中で食べているうちに、最後の一つになってしまった。
アスラーダさんと私の手が同時にソレに向かって伸びる。
「……。」
「…………。」
しばし無言で見つめ合う。
互いに譲る気はない。
緊迫した空気の中、どちらからともなく拳を握って振り上げる。
「最初はグー!」
「じゃんけん」
「「ぽん!」」
負けた。
半分くれるなんて、アスラーダさん優しいなぁ……。
肩を震わせながらも、半分に割って少し大きめな方をくれたアスラーダさんに感謝しながら、最後の一口を味わう。
「ご馳走様でした。」
「美味かったな。」
「ジャガイモ、追加するしか……。」
「ああ、確かにジャガイモに力不足感はあったな。」
サンドイッチの感想を交わし合っている内に、いつの間にか変な緊張感が抜けていた。
ああ、思いだすとまた気まずくなるから止めておこう。
そう思いながら、黙々と口を動かして食事を終える。
食後のお茶を用意して、カップを手に取るとずーっと私を目で追っていたアスラーダさんの腕が肩に回ってきた。
「で?」
「で?っと言うと……?」
「エデュラーン家の孫娘はその後どうだ?」
「あー……。アルンの事か。」
質問に合点がいったものの、どう答えたらいいものかと首を捻る。
彼女の魔力操作は、相変わらずだし……。
強いて言うなら、オヤジスキーだと言う事が判明した位?
コレと言って進展がないと言うのもナンだからと、ソレを口にすると、アスラーダさんは飲みかけのお茶を盛大に噴き出した。
そんなに笑わなくても良いんじゃないかな?
クッション替わりに私を抱きしめて、笑いすぎでヒーヒー言ってるのを見ながらそう思う。
暫くして、やっと笑いの発作から解放されたアスラーダさんに、ちょっぴり説教されてしまった。
曰く『人の性癖を言いふらしちゃいけません』。
……オヤジスキーは属性かと思ってたんだけど、性癖なの??
なんとなく、聞いたらお説教が伸びそうなので、黙っておく事にした。
神妙な顔をしていたら、咳ばらいをしながらアルンが送られてきた理由の推論を話し始めた。
「エデュラーン家は、先代領主が娘3人だけを残して10年前に急死したから、隠居してた爺さんが領主の仕事に戻ったんだが……。」
「ああ~……。結構なお歳ですよね。確か。」
「普通にひ孫が居る年齢だな。」
「ああ……。後継者が居ないんですねぇ……。」
そういえば、授業で習った領主様の一族の血縁は、現領主とその1人息子の残した3人娘だけだった。
そうなるとどっかから婿をとらないといけない訳だけど……。
その白羽の矢が刺さったのがアスラーダさん??
継ぐべき領地のある嫡男に、婿の白羽の矢を立てる理由が分からない。
「で、何でアスラーダさんに目を付けたんですか?」
「最初はアスタールに話が来てたんだ。」
「ああ~……。それは無理ですねぇ。」
グラムナードが、箱庭を創造する事ができる錬金術師を手放す筈が無い。
物理的にも、精神的にも。
そこにアスタールさんの意思は関係ないのだ。
「で、母が口を滑らせた。『(錬金術師じゃない)アスラーダちゃんならともかく~』……と。」
「ひど!?」
「まぁ、実際のところどちらかを差し出せと言われたら、俺の方を出すだろうから仕方ないな。」
さも当然のことのように肩を竦めるアスラーダさんに、リエラは腹が立った。
だから、次に口にした言葉はひどくトゲのあるモノになっちゃったのは仕方ないと思う。
「要は、誰でもいいからグラムナードの領主の血筋からなんとしても婿が欲しいって事ですか。」
「多分。」
「なんでそんなにグラムナードに固執するんですかね?」
エルドランは、鉱業で賑わう結構規模の大きな町だ。
鉱山から産出される様々な金属を国中に流通させるほかにも、その加工の技術も優れている。
そういったきちんとした産業があるのに、決して近いと言い辛いグラムナードに固執するのはイマイチ解せない。
私の疑問に帰ってきた返事は、肩を竦める仕草だけだった。
「まぁ、それよりもルナ達が戻ってくれば事態が動くと思う。」
「そういえば、2人は誰を迎えに行ったんですか?」
私の問いに、彼は楽しそうに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そりゃ、着いてのお楽しみだ。」




