442日目 アルンの猫が逃げ出した
アルン:エルドラン公の孫娘。調薬修行中。ちょっと猫がはがれかけ。
アッシェ:調薬担当の三つ目族。いたずら好き。
コンカッセ:魔法具担当の丸耳族。アッシェと組むと暴走しがち。
2017/2/21 誤字の修正を行いました。
私が意外な気分でアルンの事を見詰めていると、ふと正気に返った彼女はパッと握っていた手をお腹の前でゆったりと組み直して、ふんわりと微笑んだ。
素を見せすぎた事に気が付いて、慌てて取り繕おうとしているらしく、ちょっと目が泳いでる。
ああ。
もう素が見えたから、遅いって。
澄ました顔をして誤魔化そうとするその姿が可笑しくって、口元がだんだんニヨニヨしてきてしまう。
こんな姿を見せてくれるって事は、随分と彼女も私に気を許してくれてるって事だよね?
なんだか、それがとっても嬉しい。
我慢しきれずに笑い始めた私に、澄まして素知らぬ顔をしようとしていたアルンも耐えきれずに釣られて一緒に笑い出す。一緒になって笑いながら、今まで何となく感じていた壁の様なものが無くなっていく様な気がした。だって、こうやって一緒に笑ってるアルンって、どこにでもいる普通の女の子なんだもん。
なんだかちょっとだけ拍子抜けしてしまった。
そして、その事によって彼女が大貴族のお姫様だからと無意識の内に差別してしまってたんだと気が付く。
こういう無意識の差別が、彼女に壁を作らせてしまっていた原因かもしれない。
笑いの発作が治まると、少し作業はお休んみにしてお茶を呑みながら改めて話の続きをする事にした。
こう言う時間も、一応立派なお仕事……なのだ。
「燃える云々は置いといてさ。アルン自身にあったら素敵! みたいな夢のシチュエーションとかってないの?」
「私に……ですか。実際には難しいですけど……。」
少し戸惑いながらも、なんだか嬉しそうにはにかみつつ彼女は話し始めた。
「そうですねぇ……。ある程度現実味を持たせるなら、王宮での舞踏会の人ごみに疲れた私が……」
ここからはちょっと長くなりそうなので省略しておく事にする。
大変端折って言うならば、彼女の話した夢物語は王宮騎士団に所属する平民上がりのおじさんと、大貴族の子女であるアルンとの一大恋愛譚だった。
大事な部分だけもう一度言おう。
お・じ・さ・ん・との恋愛譚だ。
彼女は、自分の話に没頭するあまり、アッシェとコンカッセが帰って来たのにも気付かずに熱弁をふるい続けていて、私達もその波乱万丈な恋物語に思わず引き込まれてしまった。
「……と言う訳で、2人は末永く幸せに…く……」
話の締めにかかったところで、いつの間にか聞き手が増えている事に不意に気が付いて、アルンの言葉が途切れる。みるみるうちに真っ赤になった彼女は、悲鳴を上げて飛び上がった。
「大人の男性、良いですねぃ~。」
「アルンがまさかの親父フェチだったとは……。」
「いいいいいいいいいいい……。いつから?!」
「噴水で休んでいるとそこに不埒な男が現れて……」
「いやぁああああああああ!」
あ、今度は机の下に隠れた。
さっきの語りをそのまま返されて、羞恥の余り彼女は机の下に逃げ込んだ。
「うう……。この後、お師匠様のお話も聞かせて貰うつもりだから話したのにぃ……。」
「そんな魂胆だったのか……。」
やたらあっさり話してくれたから、話したくて仕方が無かったのかと思ってたら違っていたらしい。
私にも同じネタで話させるつもりだったとは、アルン、侮りがたし。
「それじゃあ、今夜はウチで女子会するですぅ~!」
「え。女子会?」
「なにすんの??」
机の下から出て来ないアルンの背中を覗き込んでいたアッシェが、ポンと手を叩いてそう宣言した。
その言葉に、ギョッとしたようにコンカッセが一歩後ろに下がる。
私は何をする会なのかが分からずに首を傾げた。
「ポッシェちゃんには悪いですけど、今日は外に食べに言って貰ってー、アトモス支店の希望者の女子でコイバナ大会をするですよー♪」
「えええええええ……。」
「私は辞退……。」
咄嗟に逃げようとしたコンカッセは、即座にアッシェに捕まった。
「コンちゃんには選択肢はないのですぅ。」
「何故に。」
「それはですねぇ、アルンちゃんの話を聞いちゃったからですぅ♪楽しんだでしょう?」
「それは……」
思わず言い淀んだコンカッセが、ビクリを身を震わせると足元に視線を送る。
釣られてそちらに目をやると、涙目のアルンがコンカッセの足首を掴んでいた。
「私の妄想話、聞いたんですもの。先輩のお話も、勿論聞かせて頂けますよね……?」
上目遣いに見上げながらのその言葉は、なんだかひどく鬼気迫っていて思わず生唾を飲み込む。
……これって、私もコンカッセも強制参加……って事なのかな……?
私は、女子会とやらが始まる前から、なんだか泣きたくなってきた。




