305日目 決意
髪のセットが終って、部屋に戻ると大急ぎで着替える。
勿論着るのは、セリスさんの作ってくれた若草色のドレスだ。
暖かいグラムナードも、この時期の夜は冷え込むからと作ってくれた丈の短い上着を羽織って、姿見の前で最終チェック。
……うん。
悪くないかな?
なんか、ドレスが可愛すぎて服に着られている様な気がいつもするけど、両サイドの高い位置にいつもより細めの三つ編みでお団子を作って、編まなかった分をお団子の真ん中から降ろした変形ツインテールっぽいこの髪型のお陰もあってか、いつもより自分が可愛く見える……様な気がする。
この髪型、今度コンカッセにやってあげよう!
きっと私よりずっと似合うはずだ。
そう思って、鏡越しに自分の髪がどうなっているのかを確認していると、扉を叩く音が聞こえた。
返事をしつつも、ノックの仕方で相手にアタリをつけながら扉を開ける。
「……リエラ、少し、話がある。」
「話……、ですか?」
そこに立っていたのは想定通りアスラーダさんだったものの、その様子に、弾んでいた気持ちがしぼんで行くのを感じた。
……なんか、聞きたくないな。
そう思ってしまったのは、ここ暫くの間、彼が良く考えごとをしている姿を見て居たせいだと思う。
聞きたくないとは思ったものの、そう言う訳にも行かなそうだと腹を括って中に入って貰った。
「お茶は何にしますか?」
「いや、いい。」
気まずい沈黙が落ちた。
時間稼ぎも兼ねてお茶の用意を申し出たものの、断られてしまい途方に暮れる。
自分の部屋なのに、居心地の悪さを感じて視線を彷徨わせる。
正面に座るアスラーダさんの方は避けるように。
どれ位の間そうしてたのかは分からないものの、後で思い返してみると大した時間が経っていた訳じゃなかったらしい。やっと、アスラーダさんが重い口を開いた。
「もう、決定した事なんだが……」
視線を逸らしているのは、リエラの反応を見たくないから?
それとも、その決定事項はアスラーダさんの意に沿わないものなんだろうか?
「王都で、城勤めをする事になった。」
「……城勤め……ですか?」
誰か、どこかの領主の娘との婚姻が決まったという話で無かった事に、いつの間にか詰めてしまっていた息を吐く。ホッとして、体から少し力が抜けた。
でも、城勤め??
一体何で?
力が抜けると同時に、頭の中が疑問で一杯になる。
その時は、理由なんて考えたくもなかった。
だって、それはアスラーダさんが側から居なくなるって事だから。
キュッと胸が締め付けられるような感覚がして視線を落とすと、いつの間にかぎゅっと白くなる位に握っていた手に、水滴が落ちてきていた。
「リエラ……泣くな。」
私の前に膝をついて見上げるようにして、頬に手を伸ばす。
拭って貰っても拭って貰ってもどんどん溢れてくる涙に、自分でも呆れてしまう。
アスラーダさんは嗚咽を漏らし始めた私の姿に狼狽した様子で膝立ちになると、私の目元に唇を押しあてた。
「!?」
驚きのあまり涙のついでに動きまで止まった私のもう片方の目元にも口付けを落とすと、彼は私を抱き上げて膝の上に乗せた。
「順を追って説明するから、落ち着いてくれ……。」
私の涙が止まった事で安心したようにため息を吐きながら口にされた言葉に、頷く事しか出来ずに彼の顔を見つめる。
「ポッシェから、王都での噂話について聞いた。」
そう前置きをしてから、彼はどうして城勤めをする事にしたかを話してくれた。
今までに来た縁談は全て断ってきた事。
縁談相手と会った事は一度も無かった事。
王都での噂されている事は想像が付いていたものの、気にも留めた事も無かった事。
ラヴィーナさんに私との事を相談した事。
「ラヴィーナさんに……」
「『今更、何言ってるの?』と俺の考え不足も含めて怒られた。」
「考え不足?」
「ああ。」
自嘲気味に口元を歪めて彼が続ける。
「リエラと俺が、今の状態で婚姻を結んだ場合、お前にも俺にも不名誉な称号が付いて回る様になるって事だ。」
「……リエラが名誉貴族になれても、ダメですか……?」
私の言葉に、一瞬驚いたように目を瞠って少し考えてから肩を竦めた。
「俺の方に付く称号に変わりは無いだろうな。」
「パッと思いつくところだと、『下賤の小娘にたぶらかされた』とかですか。」
「『愚かな青二才』と言うのも追加しておいてくれ。」
「アスラーダさんは愚かと言うには優秀すぎだと思いますけど……。」
「そう言われる可能性に思い至らなかった時点で、十分愚かだろう。」
「自分の事を下げ過ぎです。」
アスラーダさんの自嘲を含んだ物言いにムッとしながら言い返すと、彼は嬉しげに頬を緩めた。
「やっと、いつものリエラらしくなってきたな。」
「う……。もう、大丈夫なので降ろして貰えますか……?」
「い・や・だ。」
彼は私の要望をあっさり退けると、耳たぶを軽く噛んできた。
「にょぉおおおおおう?!」
思わず上がった声に、ブフッと耳元で彼が噴き出した。
「きたな?! アスラーダさん、ひどいですよ!?」
抗議に声を張り上げるもののツボに入ったらしく、暫くの間彼は笑いの発作に肩をふるわせ続けた。
最終的には、笑ってる彼に釣られて私も大笑いし始めちゃったんだけどね。
後で、オイタの落とし前はちゃんとつけて貰いました。
なにはともあれ、その後は落ち着いて互いに今後の事に着いて額を突き合わせて話し合う事が出来た。
今回、アスラーダさんが私と離れてお城勤めをする事にした経緯にしろ、理由にしろ、どちらも私の納得できるもので、寂しいし離れたくは無いと思う物の反対する事はできないと認めるしかなかった。
アスラーダさんが『愚か物』扱いされるのは、私も耐えられないし、なにより彼が大事に思っているグラムナードを軽んじられる原因にもなりかねないと言うのは、否定しようがないからね。
一方で、私の『名誉貴族』の称号を狙うのは引き続き継続する事にした。
それは私の立ち位置が低いよりも、高い方が問題が減る筈だからだ。
単純に身分の釣り合いをとるだけならば、手っ取り早いのはどこかの貴族の養女になればいいそうなんだけど……。
それだと結局、彼が『下賤な女にたぶらかされた』って言われる事に変わりは無いだろうし、都合良く養女にしてくれる様な貴族の知り合いなんかいないから、案としては無かった事にした。
正直、グラムナードの利権を狙っている貴族なら、条件によっては養女にしてくれるとは思うけど、そんな相手に頭を下げるのはこっちが願い下げだからと言うのも、その案が流れた理由なんだけどね。
話し合いが終った頃には、もうとっくの昔に年越しの祭りは始まってしまっていて、工房の中はシーンと静まり返っていた。
人気のないそこは、なんだかちょっと怖い。
アスラーダさんに手を引かれて階段を下って外に出ると、ひんやりとした風が通り過ぎて行く。
寒さに思わず身を竦めると、彼に肩を抱き寄せられた。
「そういえば……」
「?」
ふと、思い出したという様に呟く声に彼を見上げると、月あかりにてらされて彼の金色の瞳が優しく瞬いた。
「あんな話までしたのに、まだ言ってなかった。」
どうしたのかと不思議に思って見上げていると、彼は少し、照れ臭そうに微笑んでから言葉を続ける。
「リエラ、お前の事を愛してる。」
そう言って、彼は身を屈めた。
「一人前と認められて、お前に正式な求婚ができるまで、待って貰う事はできるか?」
「そんなの……、決まってるじゃないですか……」
そう返した私の顔は、変な顔になってたと後になって思った。
なんというか、泣き笑いみたいになってたんじゃないかな。
「ずっと、ずっと待ちますよ?」
少し、背伸びをして彼の首に手を回す。
2人の影が一つになったのはほんの一瞬で、それでいてその時には永遠続くんじゃないかと思えた。
コレでちょっとは落ち着く……か?
新連載
『秘密の異世界交流』を1/31から連載始めました。
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