121日目 幸せな時間
ツアーを行ってから1週間と少し経った。
その後、大きなもめごとに発展する様な事も無く、殆どいつも通りの日々を送れるようになった。
王都から来たのはあの10人組だけで、どうやら工房街の中で代表者を決めて来たらしい。
『治療薬』のレシピの事でぶつぶつ言っていたものの、しっかりと魔力水の購入手続きをして帰ったそうだから、王宮でレシピを求める予定なんだろうと思う。
今日は15日の蒼月。
私は相変わらず、アスラーダさんと二人で素材回収所に遊びに来ていた。
ここは、いつも適度に静かで心が落ち着く。
先週はまだ、落ち付いたかどうかの判断が付かなかったから、ここに遊びに来る気にもなれなかったんだけど…。丸1週間何もなかったからもう大丈夫かな?という雰囲気になってきたのもあってやってきたんだけど、ここを彼と手をつないで歩いているとささくれた気持ちがほぐれて行く感じがして、来て良かったなといつも思う。
「一応、ひと段落ついたですかねー?」
「魔法薬のレシピの件では…だな。」
「確かに。」
彼の返事に苦笑しながら、今日の予定を聞いてみると「川辺で昼寝」という返事が返ってきた。
「じゃあ、今日はリエラが膝枕してあげますね。」
「…え?」
私の言葉に、彼は一拍間を置いてから問い返した。
「私が、アスラーダさんに膝枕してあげます。」
戸惑った様子の彼を引っ張る様に先に立って歩きながら理由を説明すると、最終的に同意が得られた。
いつもいつも、アスラーダさんに膝枕されて、寝顔を見られるばっかりなのは不公平だと思う。
それなのに、その理由をなんで笑うんですか!
アスラーダさん!!
「じゃあ、今日はお前が俺の寝顔を見る番と言う事か。」
面白そうに肩を揺らしながら、口元を繋いでいない方の手で軽く覆う。
楽しそうに煌めく金の瞳が私を捉えて、聞こえてしまうのではないかと思う位に大きな音が胸から聞こえてきた。
表情!いつも通りに!!!
必死に、ふくれっ面を作って顔を逸らす。
「アスラーダさんが寝てる時の顔、たーくさん観察してあげます。」
「お手柔らかに。」
リエラの動揺に、彼は気付かなかったらしい。
ホッとしている間に川辺に着いた。
ふわふわの草の絨毯の上に座り込み、ぽんぽんと膝を叩いて彼を見上げるとらしくない照れ笑いの様なものを浮かべた彼と目があった。
「さぁ!どうぞ!」
「…じゃあ、遠慮なく。」
そう言って私の膝に頭を乗せる彼は、落ちつかなげに耳をパタパタさせている。
なんだか、アスタールさんみたいだ。
彼の場合は常に殆どの感情が耳で表現されているんだけど、アスラーダさんの場合、表情を誤魔化してる時に耳に感情が出てるように見える。
それはそれとして、耳がペチペチとお腹に当たるのがくすぐったい。
「耳が当たる場所がくすぐったいですよ」
「なら、交代するか?」
「だーめでーす!」
やっぱり、膝枕されるのはなんだか気恥かしいらしい。
交代を申し出てきたのをあっさりと断りつつ、頭をそっと撫でていると彼の肩から力が抜けて行った。
ふふふ
伊達に孤児院で、チビ達の寝かしつけをしてなかったんですよ?
あっさりと眠りに落ちた彼の寝顔に向かって静かに勝ち誇ってみた。
…返事がないからつまんないな。
力が抜けて少し幼く見える彼の顔をそっと、指でなぞる。
今、こうやって眠っている間だけは彼は私の物…って言ってもいいよね?
と心の中で一人呟いた。
この気持ちを自覚したのは、2年目の年越し祭りの時だ。
多分、もっと前からそうだったんだとは思うんだけど、『いつから』かは分からない。
それに、その頃には彼が側に居てくれるのが普通になっていたから『ああ、そっか』とすんなりと自分の気持ちを受け入れた。
自分が『結婚』なんてものを考えるようになるなんて、物凄く意外だった。
『結婚』するとその相手と『家族』になるんだもの。
生粋の孤児院育ちの私が本物の『家族』を持てるかもしれないなんて、…なんだかとってもおかしく感じた。…それ位、自分は『家族』を持つ事は無いだろうと思いこんでたんだ。
本当は、凄くそれが欲しいくせに、それを認めたくなかった。
…その時はまだ、彼が貴族だなんて知らなかったし、彼の態度からも同じ様な気持ちでいてくれてるのだと感じられて、彼の『家族』になれるんじゃないかなんて思いながら、なんとも幸せな気持ちで毎日を過ごしていた。
アスラーダさんが、貴族じゃなかったらなぁ…。
それが分かったのは、去年の春だった。
遅い時間に、アスタールさんに相談したい事があって部屋を訪ねた時に、少しだけ開いた扉から彼の声が飛び出してきた。
アスラーダさんがグラムナードの次期領主だという事。
後を継ぐ為にきちんとした家の女性を妻に迎えるように言われたらしい事。
イニティ王国の身分制度は凄く大雑把だ。
国王>領主>町長>村長>一般人
この中でも細かい差はあるものの、基本のこの5つ。
私は一般人の区分だ。
一方で、グラムナードには独自の身分制度みたいなものがある。
どんな職業・身分よりも『錬金術師』が勝るというモノだ。
そのせいもあってか気付かなかった私も大概だと思う。
アスタールさん達の血族が、グラムナードを治めているという話は聞いてはいたんだから。
それを私が勝手に、『錬金術師』だからだと思いこんだだけの話だ。
アスラーダさんの良く手入れをされた、サラサラの長めな黒髪を撫でながら、無防備に眠るその姿に口元が緩む。
今となっては、彼の『家族』になることは半ば諦めている。
半ば、と言うのはやっぱり諦め切れなくて足掻いてる最中だから。
アスラーダさんがその気でいてくれてる間だけ、必死で足掻いてみようと思っている。
ただ…成果が出ないうちは、今の関係を崩す事はできない。
だから暫くは今のままの関係が続く事になる。
それは、とっても甘ったるい恋人未満のお付き合い。
いっその事、このまま永遠に続いてくれても構わないとさえ思ってしまう幸せな時間だ。
アスラーダさんがぼんやりと瞼を持ち上げかけて、また眠りに落ちて行くのを見ながら幸せな気持ちに浸った。
今は、この幸せな時間を大事にして行こう。
次の機会は、腕枕をしてあげて一緒に寝るのもいいかもしれない。




