13日目 箱庭訪問 1
アッシェ:調薬担当。ちょっと変わった多眼族の女の子。
コンカッセ:魔法具担当。いつも眠そうなマイペースさんの女の子。
ラヴィーナ:王太后。アスラーダさんの叔母さん。ソウルフードはきゅうり。
2017/6/11 誤字の修正を行いました。
午前のお仕事が終わって、お昼を食べ終わると昨日から箱庭に行くのを待たされていたラヴィーナさんがとうとう待ちきれなくなったらしくて騒ぎ出した。
「ねぇ、そろそろ良いんじゃないの??」
食後のお茶を楽しんでいた私達は顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
「アッシェはやっとお仕事がひと段落したところなのです。」
「少し休憩時間ひつよう。」
「箱庭は逃げませんから。もう少しだけ待って下さい。」
そう伝えると、むくれた顔をしながらも大人しくお茶を舐めはじめた。
なんだかんだ言いながら、彼女も売り子をしてくれていたから疲れてると思うんだけど、基礎体力が違うんだろうか……。
そう言えば、コンカッセの代わりに家庭用デラックスも作ってくれてた。
ただ働きってわけにもいかないからお手当を考えないとね。
心の中でそうメモをとっておく。
お茶をしながら、来週からのお休みや営業時間についての話し合いもしておく。
今週は開店直後って事でお休みは暦通りに蒼月の日だけなんだけど、やっぱり来週からはグラムナードの時と同じように週に2日のお休みにすることになった。
ただし、あちらと違って2連休ではなく蒼月と緋月という形で。
他のお店が週に1回しかお休みじゃないから、ちょっと後ろめたさもあったりする。
もう一つの変更点は、開店時間。
流石に朝日が昇る前からはきつい……。
今までこんなに早く起きた事がなかったから一層きつい感じなんだけど、今後の事を考えて朝は8時からの開店に変更させてもらう事にした。
代わりに夜は7時まで開けておく事になる予定。
そう言った打ち合わせが終って、やっと箱庭に行こうと腰を上げた時には待ちくたびれたラヴィーナさんは作業台に頬杖ついてうっつらうっつらしていた。
待たせすぎたかもしれない。
ちょっと申し訳なく思いつつ、声を掛けるとすぐに目を覚ました。
「行くの!?」
がばっと起き上がりざまに叫ぶ口の端にはよだれの跡が……。
コンカッセが何気なく拭いているのを見ないふりをしつつ、軽く説明をする。
「今回の箱庭のコンセプトは、『気性が荒い騎乗動物の園』です。」
「アッシェの要望は?」
「取り入れました。」
「きゅうりは?」
「ありますけど、ちょっと味は落ちる予定です。」
「ええ……?」
「だって、流通に障りのない様にというご希望があったじゃないですか。」
要望が通ったと聞いて両手を上げて喜ぶアッシェに被せての問いに、先に味について申告しておいた。
箱庭で採れるモノが、栽培されている物よりも美味しかったりしたら流通に障りがあるかと思ったんだよね。
決して、彼女に嫌がらせがしたかった訳ではない。
……と、がっくりと肩を落とした彼女の背中に心の中で言い訳をしてみた。
「後、生態系はこの辺の物とほぼ一緒。ただ、草食動物は筋が多くて食べ辛く。肉食動物は逆に癖になる味になる様に調整してあります。」
「癖になる味?キニナル……。」
「共通してるのは、水牛を除いて他の動物を見るとすぐに襲いかかってくる位に気性が荒くなってるから気をつけてね。」
「水牛は襲ってこないの?」
「アッシェの要望からすると、襲ってくるのは困りものなので。」
「???」
「用意が出来たら行くからね。」
そう言うと、アッシェは、要望の物が手に入りそうだと思って嬉しそうに荷物を用意し始める。
コンカッセは念の為、護身用の鈍器を用意。彼女の手にあるのは鎖の先にイガイガの付いた物騒な代物だ。不思議そうな顔で首を傾げているラヴィーナさんはもう、いつでも出掛けられる状態になっている。
皆が用意している間に、私はお店の戸締りの確認。
戻ってくると準備が終っていたので、早速皆を連れて箱庭に入った。
箱庭に入ると、垂直に切り立った高い岩壁がまず目に入る。
それから、膝よりも少し高い草の生い茂る広い草原。
私達が入った場所から少しだけ離れた場所は大きめな水場になっていて、そこで水牛達が草を食んでいる。
不意にアッシェが歓声を上げるとバケツを振り回しながら水牛の群れに飛び込んで行った。
「ぎゅーにゅーですー!!!!」
彼女の要望は、『牛乳』。
王都近辺では、あんまり牧畜は盛んじゃないらしくて乳製品が少なかったらしい。
広大な草原が広がっている事を考えるとちょっともったいないけど、野生動物は割と沢山いるみたいだから、穀物を育てる方が重視された結果なんじゃないかと思う。
大喜びで乳搾りを始めた彼女を尻目に、ラヴィーナさんは何故か大人しい。
不審に思いつつそちらに目をやると、水牛達を目を丸くして見つめていた。
「ラヴィーナさん?」
何度か声を掛けると、やっとこっちを向いた。
「どうしたんですか?」
ちょっと、理由は想像が付くけど一応訊ねる。
「……なんで、あんなに大きくてカラフルなの?」
「外のと差別化を図りました。」
「あの模様も?」
「ハートとか水玉模様とか、女性が喜びそうですよね?」
「もしかして、他の動物も?」
「あんな感じです。」
ラヴィーナさんに説明した通りなんだけど、箱庭内の動物は気性を荒くした他にも色々と外の動物とは変えてある。
その一つが色と模様。色と模様は色相・彩度・明度をランダムに選択されて箱庭内の動物達の体表に現れる。具体的に言うなら、毛色として。
模様は9種類だけど、色が多岐に渡るので同じ色と模様を持った個体を見つけるのは至難の技になるんじゃないかと思う。
次に変えた部分は『大きさ』と『骨格』。
箱庭内の動物はどれもよっぽど大きい種族でない限り乗れる位に大きい。
水牛・ウサギ・走り鳥は体高2メートル。
オオカミは体高1.5メートル。
イタチだけは体長が1.5メートルでちょっと乗るのには向いてないかな。
骨格は、それぞれの動物の特徴を殺さないように気をつけながら、人を乗せる事が出来る様に調整してある。なんだか、神様への冒涜という気がしないでもないんだけど、こういう手段が存在するって事はきっとその想定の範囲内に違いない……と思いたい。
「ちょっと、狩って来てもいい……?」
「いいですけど、コンカッセも連れて行って下さいね。」
説明を一通り聞いたラヴィーナさんは、早く中を駆け回りたくてしかたないらしい。
お目付け役兼荷物持ちにコンカッセを付けて送りだすとあっという間に姿が見えなくなった。
私は、乳搾りに夢中なアッシェの護衛役として残りつつ適当に薬草を摘んで行く。
アッシェの乳搾りはそんなに待つことなく終って、2人でそれをこっそりと味見した。
搾りたての牛乳はほんのり温かくて甘みが強い。
こってりとしたその味がたまらずに、ついつい3杯も飲んでしまった。
「搾りたて、最高ですー」
「ほんと、美味しいね。」
水牛のところでやる事はもう無くなったので、牛乳を『しまう君』に入れるとコンカッセ達を探しに行く事にした。
「水牛さんに乗せて行って貰おうか。」
「いいですねー。」
アッシェの同意も得られたので、適当な水牛を見繕って載せて貰う事にする。
模様は深緑と若葉色の迷彩柄をアッシェが選んだ。ピンクのハートが居たからそっちかと思ったんだけど、違くてちょっと意外だった。
さて、コンカッセの方はどうなってるんだろう。
水牛が膝を折って乗り易くしてくれているのによじ登ると、二人を探して移動を始めた。




