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873日目 天敵

 箱庭に登録された奪魂大蛾の情報を閲覧して、私は頭を抱えていた。


「いや、コレってどうすればいいんだ……。」


 本気で困った……。

奪魂大蛾と言うのは、生き物の体から魂を奪い取り、奪い取った魂を糧に産卵して増えていくらしい。

えーと……。

奪い取った魂→分割して子供を作る。

って言うサイクル?

ぶっちゃけて言うなら、この魔物、魂の護り手さん(管理者)の天敵みたいなものだ。

と言うか、管理者的にコレを放置するのは不味いんじゃないだろうか?

 魂の護り手と言う管理者は、この世界の全ての生物に宿る魂を、回収・浄化を行って再分配するのがお仕事の下位神様だ。

浄化前の魂がひどく傷ついていた場合に、その傷を癒すのもその神様のお仕事らしいんだけど……。

魂を分割して子供を作るって事は、先に分解されてしまっている訳で、そう言う場合は全部を集めた上で繋ぎ合わせるって作業が発生するって言う事だろうか?

他人事ながら、想像しただけでも気が滅入ってくる。

その挙句、早いところ撲滅させないとこの魔物は、『現存する生物より早く増える』。

10日もあれば、現時点で取り込まれた魂が新たな奪魂大蛾になり、改めていきモノを襲い始めると言うのも恐ろしい。

1匹の奪魂大蛾が産む卵は100個。

 早いところ対処しないと、今はディナト大森林の中にしか居ないこの蛾がいつ、外に彷徨いだしてくるか分かったモノじゃない。

人の手で何とかするのには、正直、手に余る案件だけど……。


「何とかするしかないか。」


 一つ深呼吸をして、一番身近で危険に晒されている大事な人達を思い浮かべて、心を奮い立たせる。



アスタールさんの知識にも頼れない。

リリンさんの『未来視』に縋る事だって出来ない。

それなら、私がやる以外の選択肢は無いんだ。

弱音を吐くより、まずは考えろ。






 他の日常業務と並行して、奪魂大蛾撲滅作戦の立案を行ったお陰で3日後にはなんとか対抗策を実行できそうな状態まで持っていけた。

後は、ディナド大森林に作ったモノを撒きに行くだけなんだけど……。

流石に3日間不眠不休は無茶だったのか、私は1日ベッドで過ごす羽目になる。


「急がないと大変な事になると言うのは分かるけど、それでリエラちゃんが倒れてたら意味が無いのよ?」

「うう……。返す言葉もありません。」


 やっとの思いで対抗手段というか、駆除手段を用意して、そのせいで気が抜けてしまったのか部屋で倒れているところをセリスさんに発見されたらしい。

彼女に寝台に運ばれてから半日、ぐっすり眠ったら気分が大分良くなっている。

コレが若さの回復力か?

まだ、10代で良かった……。


「とはいえ、実際時間が無いので早いところ対処しに行かないと……。」

「リエラちゃん、まさか一人で行こうなんて思ってないわよね……?」

「う。」

「1人でなんて、行かせられる訳が無いでしょう?」


 私のほっぺをムニムニと揉んでから、セリスさんは大きなため息と共に立ち上がる。


「で、1時間以内に戻ってこれる用事なのかしら?」

「?!」

「私と一緒なら、外出の許可を致します。……アスラーダ様ほどじゃないけれど、リエラちゃんが逃げる為の時間を稼ぐくらいなら、私にもできるのよ?」

「いや、でもセリスさんを危険にさらすのはちょっと……」

「わ・た・し・も、リエラちゃんを危険に晒すのは嫌だもの。私を連れていくか、諦めて寝ているか。

リエラちゃんはどちらがいいかしら?」


 腰に手を当て胸を張り一歩も引かないと言う気持ちを吐きだすと、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ首を傾げる。



ああ、もう!

本当にこんな時じゃなかったら……。



「それでは、セリスさん……。」

「なぁに?」

「護衛、よろしくお願いいたします。」


 こんな状況で、そんな申し出を断れる訳もなく。

私はセリスさんに護衛を依頼する。

すでに、半日無駄にしてしまっているんだから、これ以上無駄な時間を過ごす訳にはいかないよね。






 倒れたのが明け方だったせいで、空間転移で精霊の泉の側に移動した時には、既に森は暗くなり、周囲には既に奪魂大蛾が飛びまわり始めている。


「あの蛾を退治しないといけないのねぇ……。」

「はい。」


 セリスさんも私も、今日は流石にいつもの長衣姿ではなく、もう少し動きやすい採集の時のような格好でやっていている。

セリスさんは、長い髪を一本の三つ編みにして、腰には2本の短剣を差すと言う御姿で、そんな探索者の様な恰好がまた様になっていてうっとりとしてしまう。

流石、私の女神さまだ!


「解決策としては、どうする事にしたの?」

「それはですねぇ……。刺客を放つ事にしました。」

「刺客?」


 森を見回していた女神様が、視線を向けて、唇に指を当てて小首を傾げる。



ああ!

女神さまセリスさん!!



 一瞬、我を忘れて抱きついてしまいそうになったモノの、実行前に我に返った。



やばい。

疲労が酷過ぎて、なんだかテンションがおかしい。

これは、早く返って寝ないとヤバすぎる。



 ハッとして気を取り直すと、彼女の問いに答えを返す。


「いわゆる『天敵』というやつです。」

「天敵……?」

「今回の駆除対象は『蛾』なので、天敵は鳥・クモ・ムカデ・トカゲと結構いるんですが……。」

「結構多いのね。」

「はい。ただ、この『蛾』の持つ特殊能力が問題で『天敵』が機能していなかったんです。」


 箱庭からの情報と実験により分かったのは、こんな事実だった。

奪魂大蛾と言うのは、大きさは子供の掌程という、蛾としては大きめな部類に入る昆虫だ。

昆虫と言っても、一応魔物の分類に入るのはその特殊能力である『奪魂』だけ。

魔法の類は一切使えない。

その他の身体能力的なものは、同じサイズの他の蛾となんら変わる事は無かった。

 この世界ではどんな動植物にも、大小の差はあるものの必ず魂が存在している。

その魂を、動植物の身体から奪い取るのが、この『奪魂』だ。

実験の結果、『奪魂』された動植物は、ただ、手近な生き物を傷つける為に襲いかかるようになった。

この理由は時間が無かったせいもあってよく分からなかったけれど、次の獲物を得やすくする為かも知れない。

『奪魂』された動植物は、どういう訳か命は奪わないのだ。

そして、動けなくなった被害者から、また奪魂大蛾が『奪魂』して行くという行動が良く見られた。


「その『奪魂』と言うのが使えなければただの蛾なのねぇ。」

「ええ。ただ、どうも最初に『天敵』の類から殲滅して行く習性があるみたいで……。」

「蛾を駆除する筈の生き物が居なくなってしまっていると言う事かしら?」

「少なくとも、箱庭ではそう言う動きをしていました。」

「なら……。」


 セリスさんは、今の会話で私が用意したものの想像が付いたらしい。


「なら、早くしてしまいましょう?」


 私達の気配に気が付いて周りを飛び交い始めた蛾が何匹か、風を切る音と共に地に落ちる。


「はい。彼等の『天敵』を、改めてこの森に放します。」


 私は、肩から下げていたカバンの中から賢者の石を取り出す。


「『生体解放』。『防魂クモ』・『防魂ムカデ』・『防魂ハチ』。」


 私の言葉と共に、元々この森の中に生息している筈の昆虫が3種類、賢者の石から次々と吐き出されていく。

私が彼等に対して施したのは、『魂を奪われない』為の細工だけ。

奪魂大蛾が『奪魂』の為に使う管が刺さらない程度に、表皮を加工しただけだから今までと生体系が変わる事は無い筈だ。

『防魂』って付けたのは、取り敢えず区別が付く様にって言うだけで、あんまり深い意味は無い。


ガサガサ

ギチギチ

ブブブブブブブ

と言う音と共に一斉に飛び出し、散って行く様に鳥肌が立ち、背筋が寒くなる。


「壮観ねぇ……。」


 セリスさんの暢気な言葉は、私に対する信頼からだろうか?

指定されていた生体を解放し終わった賢者の石を仕舞うと、既に目に見える範囲からは奪魂大蛾の姿は無くなっている。


「……後は、様子を見るしかありませんね……。」

「なら、今日のところは帰りましょう?」


 結構な、昆虫大行進を見たばかりだというのに、いつもと変わらぬ様子の彼女に驚きつつもその手を取り、グラムナードへと帰還した。



今日は……いや、明日も大人しく布団にもぐっていよう。



 セリスさんに寝台へと追いやられながら、大人しくソレに従う。

なんとなく、夢見が悪くなりそうな予感がしたけれど、それは黙殺する事にした。

後はもう、様子を見るしかないんだから。

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