861日目 異常事態
トーラスさん:リエラの養父の熊人族。アトモスの領主。
アスラーダ:リエラの大事な旦那様。私にはもったいない位の美人さん!
ラヴィーナ:アスラーダさんの叔母様。王太后様でもある。
翌日になると、怪我人が運ばれてくる頻度も、人数もどんどんと増えてくる。
流石に、ここまで運ぶのが厳しいと言う事で、門のすぐそばに仮説治療所が増設された。
すぐに戻れる程度の怪我人は、ここでさっさと薬をぶっかけて少しだけ休憩すると、すぐに戦線へと戻って行くのだ。
高速治療薬万歳だ。
ついでに、スタミナ増強剤も作っておいて良かった。
ちなみに、一応現地に1人10本は持って行っているので、運ばれてくるのはソレを使いきった人達と言う事に一応なっている。
実際には、自分で手当てできない人と言うのも居て、まぁ、足が千切れたり手が千切れたり?
内臓ちょっぴり飛び出ちゃったりとか?
その運搬役は、騎獣の平原の牛さんが荷車に載せてガタゴトと。
あ、載せるのは、休憩に入る予定の人達がやってるらしい。
流石に皆さん、不眠不休で戦える訳じゃないから、クルクルと交代しながら戦っているんだって。
そうして休憩する人と一緒にやってきた重傷者は、更に怪我の度合いによって奥に運ばれたり、入口付近の仮設治療所で手当てをされる。
正直なところ、みんな、がんばるなぁ……と言うのが正直なところだ。
ただ、今回に限ってはお昼過ぎには一旦、流出する魔獣が止むと言う御神託があるから、もうひと頑張りだと思っているのかもしれない。
それに、太陽が昇ってからはあんまりひどい怪我人は運ばれて来なくなっていて、本人達曰く、死者も想定よりは少なく済んでいるんだそうだ。
でも、死者は出てるんだなぁ……。
そう思うと、やっぱりやり切れない思いは感じる。
せめて、送りだす時には身体強化の魔法をかけられるように、急遽、魔法具を用意した。
準備期間に思いついていなかったのが悔やまれるところだけど、今更言っても仕方がないのだ。
ちなみに、魔力石を補充すれば何度でも使えるやつを、仮眠の時間に10個作って、ソレを養父に託す形でお願いした。
リリンさんの予言通り、昼過ぎには魔獣の流出がぱったりと止む。
私兵隊や、有志の大部分が引き揚げてきて疲労でぱったりと倒れ込んだりするのを介抱しながら、被害状況を確認する。
殉職した人以外にも、四肢の欠損がある人がいて気持ちが沈む。
後で、知識の図書館で欠損が回復出来る様な魔法薬が無いか調べてみようと心に刻む。
この、流出が減ったタイミングで、別の場所の防衛に努めていた騎士団が大森林へと踏み込む事になっていた。
アスラーダさんやラヴィーナさんも、その騎士たちと同伴する事になっている。
リリンさんの未来視はここまでだから、中に入った後の事は分からない。
未来視と言うのは、起こる確率が一番高い未来だけが見えるものだと言う事で、彼女がアトモスに来た時点ではここまでが『ほぼ確実に』起こるであろう未来だった訳だ。
なので、中に入った騎士たちが無事に本懐を遂げるかどうかは分かっていない。
ラヴィーナさんの『目』になってくれていると言う、小鳥によると、大森林の中に大型の魔獣が居るらしく、それがこの氾濫の原因だと見られているんだけど……。
少し、胸騒ぎがするのは見に行った小鳥が一部戻らないと聞いたせいだろうか?
その後は、ポツリポツリと魔獣が出てくる事はあったものの、平穏に時間経過ぎていきしまいには、丸一日何も出て来なくなった。
騎士団が戻るまでの間は、まだ警戒体制ではあるもののひとまず山場は越えたのだろうと皆が思い始めた頃になって、森に動きが見え始める。
丁度その時、養父と2人で外壁から森の様子を眺めているところだったので、森から飛び出してきたのが、森の中に入って行った騎士団らしいということがすぐに分かった。
森の中でも動きが阻害されない類の騎乗魔獣にのった一団が、森の中から飛び出す。
一直線にこちらに向かって走り出してくるのは片手で数えられる程の人数で、殿にアスラーダさんらしき姿が見え、思わず息を呑む。
「一体、何から逃げてるんだ……?」
養父が訝しげな声を上げたのは、その姿がまさに脱兎のごとくと言わんばかりの全力疾走だったからだ。
私も必死に目を凝らして見るものの、生憎と視力にはあんまり自信が無い。
そもそもが養父みたいな獣人族系の人達の視力は物凄いから、丸耳族の私じゃ全然叶わないんだよね。
「……アスラーダのやつ、ラヴィともう一人……ちっこいのを抱えてるぞ……!」
緊迫した声でそう呟くと、養父は大分近くまでやって来ている逃走者達を受け入れるように叫びながら走って行く。
暫くして、彼等が走り込むのを確認してから私も階下へ降りる。
「とにかく、治療中も、絶対に身動きできない様に拘束してくれ!! 視界も塞いだままでないとまずい!!!」
焦った様に叫ぶその声はアスラーダさんのもので、何度も念を押すように繰り返すその内容に違和感を覚えた。
「随分と物騒なご指示ですけど、どういう状態なんですか?」
「リエラ」
彼がその腕に抱えているのは、その叔母でもあるラヴィーナさんだ。
最低限の応急処置は施しはしているみたいだけれども、正直、すぐにでも治療に取りかからないと不味そうな状態。
右腕は千切れてしまっているし、身体のあちこちに大きな裂傷がみえる。
その一方で彼自身も、痛々しい傷があちこちにあり治療が必要な状態だ。
「騎士団が、狂った。」
彼が、一瞬躊躇した後、口にした言葉に簡易治療所に緊張がはしった。




