830日目 殴らせて?
アスラーダ:今日からやっと、正式にリエラの旦那様!
アスタール:リエラの義弟になったお師匠様。『輝影の支配者』っていう神様らしい。
2017/5/10 誤字の修正を行いました。
ここまでにしようかな?
と、そう思った瞬間、眠りから覚める時の様に意識が急浮上するのを感じる。
目を開けてみると、さっきと同じ3人で手を繋いで輪を作っている状態のままだ。
私が目を開けてから一拍置いて、アスラーダさんの長いまつげが揺れて、その金の瞳が現れた。
その瞳は、悲しみと動揺で微かに濡れて見えて、私の事を戸惑わせる。
「アスラーダさん……?」
首を傾げて見上げると、彼はアスタールさんの手をパッと離して私を抱きすくめた。
「……生きててくれて良かった……。」
「へ?」
今まで生きてきて、死ぬかもと言う様な体験をしたような記憶はない。
一体何の事を言い出したんだろうと首を捻る。
アスタールさんの方をチラリと見ると、肩を竦めて部屋の隅のテーブルセットに向かって行ってしまう。
放置ですか。
そうですか。
仕方がないから、私の記憶の何が彼に衝撃を与えたのか分からないまま、彼が落ち着くまでの間その背中に手を伸ばしてポンポンと軽く叩き続ける事にした。
赤ちゃんを寝かしつけたりする時にやるアレだ。
ちょっぴり手が付かれてきたなと思い始めた頃、やっと彼がそっと身を起こす。
「すまない。」
少し気まずげに視線を逸らす彼に首を振って答えると、アスタールさんがお茶を用意してまっているテーブルに向かう。
「こう言う時もビーカーなんですか。」
「うむ。コレが一番落ち着く。」
「お前だけだろう……。」
こう言う時位ちゃんとした茶器を使おうよと言う遠まわしな文句は、ぽいっと中空に放られた。
アスラーダさんの、呆れ声は私の心の声の代弁の様に聞こえる。
「ところで、君は何か私に聞きたい事があるのではないのかね?」
まったりお茶を頂いていると、アスタールさんが忘れかけていた事を思い出させてくれた。
黙ってたら、今日はツッコミを入れたいアレコレを忘れてたんじゃないかと思うんだけど、この人は自殺志願者かなんかなんだろうか。
「質問の前にちょっと立って貰えますか?」
「?」
言われるままに立ち上がろうとするアスタールさんに続いて立ち上がろうとすると、グイと腕を引かれてアスラーダさんの膝の上に捕らわれる。
「どうしたのかね?」
「リエラ、取り敢えず落ち着いてくれ。」
「いや、落ち着いてるんで、話は3発ほど殴ってからに……」
「……殴る為に立たせようとしたのかね?」
『ひどい』と言いたげな口調に、小首を傾げて笑顔を返す。
「そうですよ?」
「よし、殴るポイントを上げてくれ。納得出来たら離す。」
「約束ですよ。」
「兄上が代わりに殴られてくれると言うのはどうだろう?」
私とアスラーダさんが話を進めていくのを見ていたアスタールさんが、ポンと手を打ちながら、さも名案を思いついたと言わんばかりにそう提案して来るのをすっぱり切り捨てる。
「なんで、アスラーダさんに暴力を振るわなきゃいけないんですか。」
「可愛い義弟を殴るのは良いのかね?」
「愛の鞭でしょう。」
腕の中から逃れようともぞもぞしながら鼻息荒く睨みつけると、アスタールさんはアスラーダさんに助けを求めた。
「君の妻が、ちょっとひどいのだが……」
「殴られるだけの事をしてたら、庇えない。」
「そんな事を言わずに可愛い弟を護ってくれてもいいのではないのかね?」
「まず、それ!」
「それ?」
「アスタールさんでば兄弟仲を微妙そうに装いながら、2人きりだと滅茶苦茶仲良しで、アスラーダさんに甘えまくりじゃないですか! どんだけ私が心配して、頭を悩ませたと思ってるんですか。」
私の言葉をうけて、アスラーダさんが暫く目を閉じる。
どうしたのかと思いながら様子を見ていると、目を開けた彼は厳かに頷いた。
「よし、有罪で。」
「兄上ひどい!」
その判決に、アスタールさんは抗議の声を上げたけど、答えが変わらず肩を落とす。
なるほど、さっき目を閉じてた時に共有した記憶を見てたらしい。
こういう場合には便利だなぁ……。
ただ、それに続く言葉に、私は思わず抗議の叫びを上げてしまう。
「俺の可愛い妻の小さな胸を痛めさせて何を言う。有罪だ。」
「え。そこ、胸の大きさ関係なくないですか?!」
「いや、物理的なものじゃなくて、心理比喩的な……」
「でも小さいとチラリとでも思いませんでしたか?」
「普通かと……。」
「兄上、嘘は良くないのではないかね?」
「真実だ。というか、お前は黙っててくれ。ややこしくなる。」
「ああ、ややこしくなるというのは同感です。アスラーダさん、その件に関しては後で話し合いましょうか。」
「いや、話し合う様な案件じゃないだろう?」
最終的に、グダグダになりながらも3発きっちりと殴らせて貰う事になった。
罪状は三つ。
『兄弟間の仲を偽って、余分な心配を掛けた事。』
『いつのまにか、輝影の支配者の代行者なんてモノにしていた事。』
『輝影の支配者について頑なに隠していた事。』
一番タチが悪いのは真ん中の項目だと言うのが分かったのは、殴らせて貰った後に詳しく説明をさせた後だったのが悔やまれる。
先に分かってたらもう何発か殴らせて貰ったのに。




