応援なんて出来ない
アスラーダ:リエラの旦那様。只今彼の記憶閲覧中。
アスタール:アスラーダさんの双子の弟。リエラの師匠
セリス:リエラの敬愛するお姉さま。いつもお美しい。
2017/5/7 誤字の修正を行いました。
それから毎日の夕食後に、リエラの部屋でお茶の時間をとる様になった。
いつもその時間はあっという間に過ぎてしまって、部屋を後にする時は気持ちが重くなる。
自覚してしまったこの気持ちは、扱いがひどく難しい。
「君にとって、彼女が初恋なのだな。」
弟と休憩して居る時にポロっとその事を話すと、ポツリとそう呟かれる。
そして言われて初めて、その事に気が付いた。
「初……恋……」
弟の言葉をぼんやりと口にしながら、頭の中でも反芻する。
「……そうかもしれない。」
頬が火で炙られてでもいるかのように熱く熱をもつ。
言われてみるまで、この感情の名前なんて考えもしなかったが『恋』だと教えられると、ストンとその名が胸に落ちた。
「だが、彼女は12歳の子供だ……」
そんな、こんな想いが許される訳がない。
「君にしろ私にしろ、魔力が高い者は体が成長しきった時点で成長が止まる。勿論、彼女もだ。」
「いや……だが、彼女は外の人間だから…」
「祖父と祖母の年齢差を考えれば、12歳の差など誤差だろう。」
「まぁ……300歳は少なくとも離れてる……のか?」
500年ほど前にこの地にやってきてから娶った筈だから、父の年齢を考えると200年前には結婚している筈だ。
この地にやってきた時には、祖父は既に成人していたらしいから……って、500歳以上って随分と長生きすぎないか?
「実際には桁が違うが、まあどうでもいいだろう。互いに300年は生きる訳だから、12歳の差などすぐに気にもならなくなる。
……君よりも、私の方がよっぽど深刻だ。早くしないと、彼女は年老いて死んでしまうのだから。」
「彼女……?」
珍しく苛立たしげな弟の物言いに、すっと熱が引いて行く。
「例の文通相手とは、未だ続いていたのか?」
「未だとは?」
優雅に組んだ指の上に顎を載せ、半眼になって睨みつけてくる弟の様子の豹変ぶりに、俺は戸惑いを隠せなかった。
「だって、お前、手紙なんか出してないだろう?」
「元々、通常の方法では出していない。彼女はこの世界に暮らしている訳ではないから、通常の手紙では遣り取りなど出来ないのだ。」
「は?」
弟の説明は、荒唐無稽で妄想の産物だとしか思えず、俺は『彼女』が絡む部分でだけ表情が柔らかく緩む彼の顔を見ながら、呆然とその『話』を聞き続ける。
聞き続けるうちに、弟の望みも見えてきた。
その望みの結果に想像が及ぶと思わず俺は声を荒げて立ち上がる。
「お前、そんな馬鹿げた妄想の為に弟子を採ったのか?!」
「幸いなことに、彼女には錬金術師になる才能がある。」
「彼女を……リエラを、この町の為に犠牲にすると?? お前が錬金術師だろう?! そんな、夢みたいな事ばっかり考えていないで、もっと周りを見てくれ!!」
グラムナードと何の関係も無く育ったリエラに、錬金術師として生きて行くよう仕向けるなんていうのは酷な話だ。
弟の望み通りに事が運んだとしたら、彼女はその地位に無理やりにでも就けられてしまう事だろう。
弟と同じ様に?
望んでもいなかったのにその地位につけられた弟が、それを分かっていない筈がない。
それにそんな幻みたいな女にしがみつかなくても、今は周りに『弟』自身を見て、接している人間が沢山いるだろう?
何より、俺が、お前が居なくなるなんて事を想像すらしたくない。
後で考えてみれば、酷い言い方だったんだと思う。
それでも、咄嗟に出てしまったその言葉はもう取り返しがつかない。
「もういい。」
弟はそれだけ言うと、静かに立ち上がって部屋から出ていく。
「君がどう思おうと、やることには変わりがない。」
「アスタール……。」
「……君も、他の者と一緒だったと言うだけの話だ。」
その言葉に、弟が他の人間にも同じ様な話をした事がある事を知った。
なんで、俺に最初に話してくれなかったんだろう?
弟が出て行った扉を見詰めながら、どさりとソファに身を投げ出す。
一体、誰に話したんだろう?
父に?
母に??
セリスに???
他に話しそうな相手の想像はつかないが、この3人に話していれば良い方じゃないだろうか?
弟の信頼は何とか勝ち取ったつもりだったのに、どうやら一番最後に聞かされたらしい事がショックだ。
その挙句、他の奴等が言ったのと同じ様な否定しか口に出来なかっただなんて。
「何で、今になって……」
元々、何の話をしていたんだったかと思い返して、『好きな女』の話からそこに繋がったのだと気が付いた。
「口が滑ったのか……?」
本当は、俺に話すつもりは無かったのかもしれない。
理由は分からないが、その事がひどく情けなく、重苦しい気分になる。
誰に話さなくても、真っ先に俺に話して欲しかった。
だが、どんな順番で話してくれていたとしても、返す返答は変わらなかっただろう。
俺の手の届く場所から、弟が居なくなるかもしれないと思っただけで、胸が締め付けられる様に苦しくなると言うのに、弟の欲しがっていたに違いない応援なんて、出来る訳がない。
「はは……。最低だな。結局、自分の気持ちが優先か。」
多分、弟は俺とリエラが連れ添う事になれば、心理的な抵抗感が最小限で済むとでも思ったんだろう。
なら、そうならなかったら?
弟は異世界の女の元に行きたいなどと言う考えを、諦めてくれるかもしれない。
少しでも、その可能性があるのならリエラに惹かれるこの気持ちを封印するだけだ。
俺に、弟の恋路を物理的にも精神的にも後押ししてやれない以上、自分の想いを遂げようなんて思うなんて事は許されていいものじゃない。
―アスラーダさんがアスタールさんから異世界の話を聞いたのは、私が初めての賢者の石を育てていた時の話だったらしい。
しかも、私への気持ちの正体に気が付いて動揺しているところで、か。
彼の気持ちの変化を見る限りだと、どのタイミングで聞いても大差ない反応を返していた様に思える。
それにしても、この時点で自分の気持ちを諦める決心をしたらしいのに、何でこの結末を選んだんだろう?
アスタールさんを応援できない代わりに、自分の気持ちも諦めようとする辺りアスラーダさんらしいなと思うけど。
―それにしても、アスタールさんは嘘吐きだな。
アスラーダさん越しだと、私の前では隠している本音が随分と見え隠れしていて……なんというか、この時点で半ば異世界に渡る事を諦めかけている様に見える。
私に2年後、あの話を持ちかけてきた時には『目途』がついたような言い方だったのに。
『目途』が着いたんじゃなくて、もしかして自分の中で諦める為の期限を作ったんだろうか……。
もし、そうなんだとしたら悲し過ぎる。




