646日目 ヤキモチ
フーガさんとトーラスお養父さんの2人が、アスラーダさんと私の婚約を国王陛下にご報告した事によって、正式に私達の婚約が成立した。
最初にグラムナードを出る時の予定とは、随分と違う方向で成立した婚約ではあるけれど、まぁ良い事にしようと思う。
「名誉貴族の称号を貰って、胸を張ってアスラーダさんにプロポーズして貰うつもりだったのにな……。」
「ああ言うのは、すぐに貰えるものじゃないからな。」
「見通しが甘かった……。」
今は、素材回収所に作ってある東屋の長椅子に並んで座って、お茶を啜りながらまったりモード。
本当はグラム家のお庭で優雅にティータイムというのでもいいんだけど、お行儀悪くのんべんだらりとは出来ないのでこっちにきてしまっている。
周りの目を気にしなくていいので楽ちんなんだよね。
一番素晴らしいのは、べったりくっついて座ってても誰にも見られず、からかわれない事なんだけど。
お庭だと、ちょこちょことイリーナさんがやってきたり、お養父さん達が陰から覗いたりするから、ちょっぴり落ち着かない。
「そういえば、グラムナードの方にも報告に行かなくっちゃですね。」
「ああ……。」
「協力してくれてたラエルさんにも、きちんと話さないといけないし……」
脳裏を、この間見た妙に現実感のあった夢が掠める。
「アスタールさんの方の進捗も気になるし……。」
「アスタールの方の進捗?」
「あ。」
アスラーダさんしかいないと言う事ですっかり気が抜けてしまっていて、うっかり心の中でだけ呟くつもりの事を声に出していたらしい。
思わず口を抑えた物の、出てしまった言葉が戻る訳もなく、恐る恐る、不思議そうな声を上げた彼を見上げる。
「俺には言えない事か……。」
不満そうに彼は口をへの字にすると、私の髪をクルクルと指に巻きつけて弄び始めた。
最近やるようになった、『不満です』アピールだ。
アスラーダさんはコレを始めると、ちょっと面倒なんだよね。
大体は、どうでもいい様な事柄から始まるコレは、ちゃんと納得出来る返事をしないと、段々と髪を弄るだけじゃなくなってくる。返事を渋ると、耳とか首筋を甘噛みされて、変な声を出す羽目になってしまう。アレは、ひどい羞恥プレイなので出来れば避けたい。
「アスタールさんの……研究の進捗ですよ?」
「何で疑問形なんだ?」
「ひゃ」
そう言いながら、髪を弄る指先が耳たぶをツンとつつく。
くすぐったい。思わず変な声が出た。
うーん、うーん。
本当の事なんて言える訳がないし、どうしよう?
いや、でも、逆に本気にする訳がないから、言っても平気か?
少し悩んで、嘘ではないけど真実には遠い答えを返す。
「賢者の石の研究をしてるんですよ。」
「ふうん?」
せっかく、突っ込まれなくても済むようにと考えて答えたのに、アスラーダさんから返ってきたのは気のない相槌だけだ。その挙句ちょっぴり考えごとをしている間に、私の視界には東屋の天井しか見えなくなっている事に気が付いて、思わず呆れたような声が口から漏れる。
「アスラーダさん……。」
「うん?」
「最近のコレって、もしかしてイチャつきたいだけだったりするんですか?」
「もしかしなくてもそれもあるな。」
半ば、私に覆いかぶさるようにしながらそう言って、耳を甘噛みしてきた。
くすぐったい! 変な声が出そうになったのを、すんでのところで唇を噛んでやり過ごすと、彼に、もう一つ問いを投げかける。
「なんか、アスラーダさんの気に食わない事をした時にやられてる様な気がしてたんですが……?」
「それも間違いじゃないな。」
「……今後の為に、気に食わない事の内容をお伺いしても……?」
「2人でいる時に他のヤツの事を考えられるのは気に食わないな。」
「そこは……その、ごめんなさい。」
ちょっぴり心当たりがあったので素直に謝ると、顔中に口付けが落とされた後に解放された。
今度から気を付けよう……。
それにしても、ヤキモチ的な方向性?
そう思うと、ちょっとこそばゆい様な気持になる。
こそばゆくて……正直、かなり嬉しい。
アスラーダさんに手を引っ張って貰って元の座った状態に戻ると、改めて謝罪する。
口元が緩んじゃってたから、誠意を感じないって呟かれたけど、ヤキモチ焼かれるのが嬉しいからだと伝えると赤くなってそっぽを向かれた。
アスラーダさんはやっぱり可愛い。
「それより、賢者の石の研究って、まだ何かあるのか?」
「……みたいです。」
忘れてくれて良い話題もキッチリ覚えてた。
まぁ……そうだよね、忘れないよねと思いながら曖昧な返事を返す。
流石に、詳しい研究の内容には踏み込んでこなかったから、その事に胸を撫で下ろす。
なんだか感心した様にブツブツ呟く横顔に見惚れながら、ふと、アスタールさんが本当に願っている事を知ったら、この人はどうするんだろうと思う。
怒る?
きっと、物凄く怒るだろう。
自分にも相談して欲しかったって。
悲しむ?
凄く怒った後で、自分が思うよりも信用が無かったのだと思って落ち込むんじゃないかな。
それから、例え知らされていても何も出来なかっただろうと言う事実にも。
応援する?
多分。
それがアスタールさんの幸せに繋がる事だと納得したら、自分の出来る限りの助力は惜しまない。
そこに行きつくまでに、説得しようとしたり、泣きついたりはするかも。
そこまで考えて、ふと、私が黙ってアスタールさんに協力していた事を、全てが手遅れになってからアスラーダさんが知ったら?
不意に湧いてきた疑問に、背筋が凍る。
なんて間抜けなんだろう。
こんな大事な事を黙っていたりなんかしたら、信用問題に関わるじゃないか。
なんで、今更そう言う事に気が付くんだか。
自分のうかつさ加減がいやになってしまう。
「アスラーダさんは……もし、好きな人がとってもとっても遠いところに住んでたらどうします?」
「会いに行く。」
不意に、アスラーダさんがアスタールさんと同じ立場だったらどうするんだろうと思いたって、聞いてみると、ひどく簡潔な答えが返って来た。
何故か肩に回されていた腕に力がこもってきて、痛い。
そっか。
すぐには行けない場所と言う想定じゃないとダメか。
「それが、先代様がこの大陸に来る前に飛び出してきたと言う大陸だったら?」
竜人族の背に乗って10日近く飛んだような話だったから、そこならばイメージは近いんじゃないかなと思い、例を上げてみると想定外の答えが返ってくる。
「迎えに行く。」
「迎えに、ですか?」
会いに行くでも、諦めるでもなくて、連れてくるのか。
意外に思って聞き返すと、彼は憮然とした表情で答えを返してきた。
「祖父が危険を冒してまで、この大陸に来たと言う事はそれ以上の危険があると言う事だろう?」
「ああ、成程。と言う事は、危険のない場所だったら『会いに行く』んですね……。」
それにしても、兄弟揃って同じ選択をするらしい事が少し意外だ。
思っていたよりも似た者兄弟なのか。
「……何を聞きたいんだ?」
そう問うてくる声が、少し低い。
探る様に私を覗き込む彼の目が不安げに揺らぐのを見つけて、聞き方を間違った事を悟る。
「私はそんなところに行くつもりはありませんよ。」
「なら、何故そんな事を聞く?」
「アスラーダさんと、アスタールさんの答えがどう違うのか知りたかっただけです。」
「アスタールと……?」
「2人とも同じ答えで驚きました。」
不思議そうに首を傾げる彼を見ながら、今まで黙っていた事を話す決意を決める。
ただ、その前にアスタールさんにその事を話しておいた方が良いだろう。
何でアスタールさんとそんな話をしたのかと聞きたがる彼を宥めながら、私はグラムナードに報告に行った時に何をするかをリストアップし始めた。
章終わりのイチャラブはここまでで終了予定です☆




