640日目 試着
ジュリアンヌ・リアーナ:お作法の先生をしてくれていたスフィーダ領主の奥様と娘ちゃん。
アスラーダ:リエラの恋人。
フーガ:アスラーダさんのお父さん。
マエロー:ジュリアンヌさんの従兄で、リエラのストーカーだった人。
トーラス:リエラの養父になった、熊人。
アッシェ・コンカッセ:アトモス村の工房を切り盛りするリエラの後輩達。
あっという間に、年越しの舞踏会の為に王都に向かう日になってしまった。
ぬくぬくのベッドの中でもぞもぞ。
ああ。
二度寝してしまいたい。
冬の二度寝って、なんでこんなに誘惑の度合いが強いんだろう?
ちなみに、今日は冬の満月の第4緋月。
今日を含めてあと4日で年越しの日になる。
私達は今日王都に向かって、アスラーダさんのところの王都のお屋敷に滞在させて貰う予定。
フーガさんから、『是非』ってお誘いがあったらしい。
ちなみに、この1週間の間での特筆する事はと言うと、工房に新しい売り子さんが2人やってきた事位かな。それ以外は良くも悪くも普通に慌ただしいだけの日々だ。
後は、ジュリアンヌさんとリアーナちゃんは先週末にスフィーダに戻って行った。
彼女たちにも自分達の準備もあるからね、当然と言えば当然だ。
むしろ、こんな時期まで居て下さってありがとうございますと言うしかない。
いつまでも、私達のマナー講座ばっかり開いてはいられないしね。
この後は、別の教師を紹介してくれるって言う話だったから、マナーとかの勉強自体は続けなきゃいけないけど、お姉さ……ゲフゲフゲフ-ジュリアンヌさん-とお会いする機会が激減すると言うのは、それはもう私にとってはテンションダダ下がりではある。
今から考えるとジュリアンヌさんは、マエローさんの件の為だけにここに居てくれたんじゃないかなと思う。その理由は未だ聞いては居ないけど、彼女の娘の名前から想像が付く気がするけれど。
ああ。
もう思い出すのは止めよう。
私のお父さんは、トーラスさん。トーラスさん。トーラスさん。
ふぅ。落ち着いた。
私はよっこらせっと声を掛けながらベッドの上に起き上がる。
昨日の晩、アスラーダさんは私達を迎えに来てくれてて、一緒に仕立てた馬車で王都に戻る予定。
その前に、アッシェ達の作ってくれたドレスとアクセサリーが午前中の内に届けられる事になってる。
どんなのを作っているのか、2人とも見せてくれなかったからどんなのが出てくるのか、楽しみ半分、怖さ半分って感じなんだよね……。
コンカッセはともかく、アッシェは割と肌を出す事に躊躇が無いから露出が高かったらどうしよう……。
本人が、太股が半ば以上出る様なのをこの間着ていたから、ドキビクものだ。
脚を出すとか、私無理だし。
アッシェの用意したドレスは、一見、割と保守的なAラインドレスに見えた。
濃い目の青は、私の瞳の色らしい。
生地には、銀色に光る粉が同化されていて、光の当たり方によって色合いが変わって見えて凄く綺麗だ。
アクセサリーはシルヴァタイト鉱石とアイオライトの組み合わせで、ドレスと良く合っていて拵えも見事なもの。さすがコンカッセ。
この石はアスラーダさんの指定なんだそうだけど、コンカッセが説明してくれたところによると、石言葉は「初めての愛・徳望・誠実・心の安定・癒し・不安の解消」。
私の瞳の色に合わせただけじゃなくて、石言葉も調べたんじゃないかなって呟いてた。
物事の本質を見抜く力を与えてくれると言う話もあるんだって。
石。されど石。そんな謂われや、石言葉なんてモノがあるなんてしらなかったな……。
そう、アクセサリは良いんだ。
何の問題も無い。私にはもったいない程の、素晴らしい細工です。
今私の背中に冷たい汗を流させているのはドレスです。
前方から見ると、ごく普通のAラインのドレス。
背の低い私も多少は背が高く見えるシルエットを選んでいるのは流石だと思う。
……ただ、背中の部分が細めのリボンで編み上げて締める様になってる場所が、どう見ても肌が露出するようにしか見えないのが……見えないのが……。
「ア・ア・ア・ア・ア・アアッシェ?」
「はいはい~?」
「これ、背中の部分……。」
「編み上げの下は素肌が綺麗に見える様に頑張ってみたです!」
「絶妙。」
いやいやいやいや。
コンカッセも絶妙! じゃなくって!
「うんうん。いい感じですぅ~♪」
「完璧。」
2人は、私に試着させた状態でぐるりと周りを回って確認すると満足そうに頷いて、隣の部屋で待っているアスラーダさん達を呼びに行ってしまう。
一人残された私は、呆然と閉じられた扉を見詰めた。
よし。
逃げよう。
こんなにがっつり背中が見えるドレス姿なんて、恥ずかしくて人には見せられない。
意を決して窓を開けようとしたところで、背後の扉が開いた。
「……何してるんだ?」
扉の開く音がしてから、少しの間沈黙してから、やっとそう口にしたのはアスラーダさん。
ノブを掴んだままで、部屋に入ろうとした姿勢のままでそう口にしてからハッとした顔をして、何でもないフリをして中に入って来る。
ちょっと、耳が赤い。
彼の視線を追って、慌てて正面を向いて背中を隠した。
頬に熱が集まって来ているのを感じるから、きっと、私も真っ赤になってるに違いない。
アスラーダさんが中に入って少しすると、お養父さんとお養母さんがアッシェ達と一緒にやってきて、嬉しげに大きな声を上げる。
「おおー! うちの姫君は随分と可愛らしくなったな!」
「それじゃ、リエラちゃんがいつも可愛くないみたいじゃないですか。」
「いつも可愛いけど、更にって意味だよ。」
「ふええええ?!」
満面の笑みで大股にやってきたお養父さんが、私をヒョイと持ち上げるとクルリとその場で回った。
思わず変な声が上げてしまった時に、アスラーダさんが思わずと言った感じで右手を上げかけたのが見える。その横では、炎麗ちゃんとアッシェが似たような表情でニヤニヤしながら、彼を見てる。
2人の視線に気づくと、彼は気まずそうに上げかけていた手を降ろし直す。
なんか、舌打ちでもしてそうな表情だ。
コンカッセがその背中を軽く叩くと、そちらに苦笑混じりで肩を竦めて見せた。
アスラーダさんには、このドレス姿おかしく見えたのかな?
その姿を見ながらちょっぴり不安になったものの、王都に向かう為に馬車に乗る時に耳元で「似合ってた」と囁かれて、そんな気持ちが飛んで行った。
よかった。
あんな破廉恥なドレスで人前に出せないとか言われるんじゃないかと、結構ドキビクだったんだよ。
……やっぱり、背中は開きすぎだと思う……。




