554日目 言いたくない言葉
ジュリアンヌ:作法の先生をしてくれている、スフィーダの領主夫人。ゴージャス系美人。
あれやこれやと調合を繰り返してみる物の、そんな簡単に望みの物が出来る訳もない。
作業の合間毎にジュリアンヌさんが挑戦している、魔力石への付加が上手くいっているかどうかの確認もしていたものの、中々上手くいかないみたいだ。
どうにも、火の具現化の方が得意というか、多分、具現化する為の訓練しかしたことが無いんじゃないかという感じだ。本人もソレっぽい事を言ってたし。
「魔力灯って、ご存知ですか?」
「魔力灯と言うと、街灯の事かしら?」
……アレを、魔力灯と呼んでいるのか。
困った。上手く説明出来るか自信が無くなって来た。
「アレは、『灯り』の魔法を物体に固定してるだけですよ。」
「え……。」
「魔力灯って言うのは、自分の内在する魔力を浮かび上がらせたものの事です。グラムナードでは子供の練習に使われているんですが……。」
彼女の目の前で、水をイメージしながら魔力を指先に集めて、水滴を落とすイメージでそこから剥離させると、水色の小さな光がフワフワと浮かび上がった。
ジュリアンヌさんはそれを、驚いた様に見つめている。
「早い子で、2歳位からこの魔力灯で遊び始めます。慣れないうちは大きい物しか作れないんですが、習熟するごとに小さく・様々な形を作る事ができるようになるんです。」
「……色んな色の物が作れるのね……。」
サンプルとして他の属性色の物や、チョウチョの形の物などを作って見せると、ため息混じりに彼女は呟いた。
「自分の属性の属する色の系統なら、色の変化は慣れればできるようになります。」
「触っても大丈夫かしら?」
「色が付いた灯りでしかないので、大丈夫ですよ。」
「本当。すり抜けてしまうんですのね。」
手を伸ばした、紫の蝶がすりぬけてしまって少し残念そうな表情を浮かべた彼女が少し幼く見えて、内心で身悶えた。
お姉さま、その表情は可愛らしすぎます!
「これでしたら、魔力操作の練習にもなるし、リアーナちゃんも見て楽しめるんじゃないでしょうか?」
「やってみますわ。」
リアーナちゃんの名前を出すと、ジュリアンヌさんは俄然張り切りだした。
一人娘のリアーナちゃんを、本当に可愛がってるんだなぁと微笑ましく感じる。
彼女は、小一時間位奮闘したところで、炎を伴わない魔力を浮かび上がらせる事に成功すると頬を紅潮させて立ち上がった。
「出来ましたわ!」
「おめでとうございます、ジュリアンヌ様。」
ああ、お姉さま、その笑顔は本当に反則です!
「こんな方法、知らなかったわ……。」
「基本の中の基本なんだそうですけど、私も魔法を使えるようになってから教わったんで、逆に出来るようになるまでが大変でした。」
「まぁ。グラムナードに行かれる前から魔法を使えたんですの?」
「魔法を使えるようになったのは、グラムナードで暮らし始めてからだったんですけれど……色々ありまして、我流で『灯り』を覚えてしまったので基礎を教わりそこなってしまったんです。」
当時の事を思い出して、思わず苦笑を浮かべる。
部屋に設置されていた魔導具-使用者の魔力を使って魔法を行使する道具-の山を見て、この道具と同じ位の事が出来ないと、追いだされるんじゃないかと戦々恐々としながら『灯り』の使い方を模索した事を思い出した。あんなの、生活が便利なようにと置かれていただけだと、今なら解るんだけどね。
当時は、やる気と力量を試されてる?!って思っちゃったんだよ。
もう、今となっては笑うしかない。
「……やっぱり……。」
思わず、といった感じでジュリアンヌさんの口から呟きが漏れる。
「やっぱり?」
初めて会った時からそうだったんだけど、ジュリアンヌさんは良くこう言う反応をする。
気にしない様にしては居たんだけど、うっかり疑問に思っていたのが口を吐いて出てしまった。
「いいえ。……やはり、優秀な方なのだと思いましたの。」
そう言って、即座に言葉を修正したけれど、一瞬だけ視線が泳いだ。
後ろめたい事?
隠したい事?
どちらにしても、今は言いたくない事なんだろう。
少しだけ、無理にでも聞きだしたい衝動に駆られる。
でも。
まだ、その時じゃない。
そんな気がして、私は視線を少し落とす。
「いつか、お伺い出来たら嬉しく思います。」
ジュリアンヌさんが、何故私の養子縁組の後押しをしていたのか。
私と視線があっていない時に、その瞳に浮かべる悲しい光の原因も。
まだ、聞くべき時じゃない。




