461日目 輝と姫
トーラス:アトモス村村長。リエラと養女にしたいらしいモノ好きな熊人。
ヒカル:三つ目族の男性。アッシェを殺そうとした女性の双子の兄妹らしい。
アッシェ:調薬担当の三つ目族。本名は『紫姫』さんらしい。
コンカッセ:アッシェの親友。魔法具担当の丸耳族。
アスラーダ:リエラの恋人。細身だけど、結構筋肉質な気がする。
彼は、玄関をくぐると同時にその場に膝を揃えて座り込むと、ピシッと指を揃えて深々と頭を下げた。
「この度は、私の浅慮な行いにより多大な迷惑をおかけして事、深く、深くお詫び申し上げます。」
思わず呆然とその姿を見つめていると、トーラスさんがこそっと私に耳打ちきて、その声で我に返る。
「こいつ、何も言わないとずっとこうしてるぞ?」
ソレはめんど……困るなぁ。
「丁寧な謝罪、痛み入ります。どうか、顔をお上げ下さい。私の方も過剰防衛であなたに乱暴を働いてしまいまして申し訳ありませんでした。」
私も謝罪の言葉を述べて、頭を下げると彼も顔を上げてくれた。
改めて中に上がってくれるように伝えると、恐縮しながら居間へと足を踏み入れる。
それにしても……。
確かに綺麗な男性だな。
この『ヒカル』さんと比べたら、アスラーダさんが物凄く男性っぽい気がするね。
いや、アスラーダさんが女っぽいって訳じゃないんだけどね?
どっちも細身なんだけど、ヒカルさんのより方が女性的な感じがするんだよね。
身のこなしがそうなのかもしれない。
顔立ちも整っていて、切れ長な目に紅い唇が妙に色っぽい。
頭の上に高く結い上げられた黒い髪も、艶やかで枝毛の一本もないんじゃないかな?
髪の毛は、頭の天辺で結ってあるのにも拘らず、膝の後ろ位まで伸びてるんだけど……解いたら、床に引きずっちゃうんじゃないだろうか?
私の視線を感じたのか、口元に笑みを浮かべつつ首を傾げる仕草がまた綺麗でちょっと羨ましい。
男の人なのに、私よりずっと綺麗で色っぽいってなんだかひどい敗北感だ。
最初から勝負にもならないと思うけど。
居間は、食事会の為に大きな食卓を用意してある。
料理の準備は既に万端。
ヒカルさんを招待している事をアッシェに伝えたら、彼女は飛び上がって喜んで気合いを入れてこの席の為の食事を作ったから、きっと凄く美味しいに違いない。
メニューはアッシェが自信を持って出せるモノばかりだから、間違いないだろう。
ちなみに、彼女の事は本人の希望もあって、これからもアッシェと呼ぶ事になっている。
部屋の中で待っていたアッシェの姿を目にしたヒカルさんは、花がほころぶような笑みを浮かべた彼女に、眩しそうに目を細めた。
「御無事で何よりでした、姫……。」
「輝ちゃんの方こそ、元気そうでなによりですぅ。」
互いに顔を赤らめ、モジモジする姿は……アレか……やっぱりアレなのか……。
昨晩のアッシェの様子を見た時から感じてた事が予想通りなんだと、その姿を見て納得した。
アッシェの隣で、不穏な様子があったら迎撃してやるとばかりに身構えていたコンカッセも2人の様子に戸惑った様にこちらを見る。
微妙な笑いを浮かべて返すと、コンカッセからも同じ様な表情が返ってきた。
「トーラスさん達はこちらへどうぞ。」
「おう。」
「リエラちゃん達のご飯、楽しみだわ。」
私の席を勧める声に、アッシェとヒカルさんも我に返って互いに視線を逸らす。
良かった。
視線で会話してそうな勢いだったから、どうしたらいいかと思ってたよ。
ポッシェはその2人の姿に、自分もやれないものかと思いでもしたのか、コンカッセを熱心に見詰めていて思わず噴き出しそうになった。
それやられると、私の居場所がなくなる気がするからやめてほしい。
食事会自体はとても和やかなものだった。
なんというか、和やか過ぎて拍子抜けするぐらい。
「姫が、幸せそうな生活をしていて本当に良かった……。お料理も、随分と上手になったんですね?」
「ふふふー♪ がんばったのですよぉ~!」
食事後のお茶をと言う事になったら、2人はさっさとソファに隣り合わせで座ると別の世界へと旅立ってしまった。ハートマークが飛び交っているのが見えた気がして目を擦る。
……気のせいだった。
ポッシェはソレを羨ましそうに見ては、コンカッセに視線を移す事を繰り返してる。
コンカッセは……その視線に気づかないフリをするのに必死。
耳が赤いよ?
そしていつのまに、ポッシェとコンカッセはそういう事になったんだろう……。
コンカッセが、ポッシェの事を好きだと言うのはこの間の女子会で聞いたんだけど、進展したと言う話を聞いた記憶が無い。
私がグラムナードに行ってる間??
謎は尽きない。
謎と言えば、私に関してもある。
何で私は、トーラスさんとミーシャさんに挟まれて座ってるんだろう……。
このメンバーだと、どう考えても私にとって妥当な場所は1人掛けのソファだと思うんだ……。
「ところで姫は、今後どうするつもりですか?」
「ここでコンちゃんと一緒に、お店を続けるですよぉ~?」
アッシェの話を微笑を浮かべて聞いていたヒカルさんが訊ねたのは、彼女の話が最近の事に差しかかった頃だった。アッシェが記憶を失って浜辺に打ち上げられてたところから話が始まってたから、結構な時間が経っていて、正直私はちょっぴり眠りかけていた。
彼の質問に対するアッシェの答えは澱みなく、当然のことと言ったもので、ヒカルさんはソレに満足した様に頷いた。
「それがいいですね。」
いいんだ?
連れて帰ったりしなくてもいいの?
「戻ったりしたら、若菜が何をするか分かったものじゃありませんから。」
「ですよねぇー。」
「正直なところ、どうしても戻ると言われたらどうしようかと思ってました。」
「ないないですぅ~!」
穏やかに笑う彼に、キャラキャラと笑い返すアッシェはとても幸せそうだ。
ちょっと、羨ましい。
ところでいつの間に、アッシェは彼の膝に乗ったんだろう……?
まぁいっか。
アスラーダさんと話してると、私もいつの間にかその状態になってるなんて事は、良くある事だ。
アッシェがヒカルさんに無理矢理連れ戻される危険もないみたいだし、安心したら急に疲れが出てきたみたいだ。凄く眠い。
欠伸を必死で噛み殺していると、トーラスさんの笑い声が上から降ってきた。
「先週は大変だったからなぁ。」
「ふふ。でも、これで心配ごともなくなって安心ね。」
「……ほんとに。良かったです。」
コンカッセもホッとしただろうと思ってそちらに視線を向けると、ポッシェの膝を枕に既に熟睡中だ。
ポッシェも眠そうに目を擦ってる。
「そろそろ、お開きにしましょうか。」
「ああ、随分遅くまで邪魔したな。」
「もうちょっと、輝ちゃんとお話したいですぅ……。」
「姫。また来ますから。」
「むぅ~。絶対ですよぉ?」
「はい。必ず。」
ヒカルさんはアッシェと小指を絡め合ってそう約束すると、トーラスさん達と一緒に帰って行った。
気が付いたら、もう真夜中。
眠いはずだよね。
紫色の満月が空高くに輝いているのを見上げながら、大欠伸。
今日は、良く眠れそう。
部屋に戻ると、あっという間に夢の世界へと旅立った。
でも、疲れすぎていて夢なんて、見る余裕もなかった。




