460日目 どうするの?
アッシェ:記憶喪失の三つ目族。調薬担当の女の子。魔力暴走による魔力枯渇から回復した。
コンカッセ:アッシェの親友。魔法具担当の丸耳族。
ポッシェ:工房の専属探索者。アッシェとコンカッセの2人ととても仲が良い。
アッシェは、意識が戻った翌日からまた工房で仕事を再会すると主張し、それをもう少し静養するようにと説得するのは少し骨が折れた。
結局はあと1日お仕事をしたら定休日だったから、その後に復帰と言うところで彼女を納得させて、久しぶりにコンカッセと二人で工房へと向かう。
「師範。」
「うん?」
私に呼びかけたまま、黙り込んでしまうコンカッセを振り返ると、彼女は不安げな表情で佇んでいる。
「師匠。」
「うん。」
「アッシェ……。」
「……どうなるんだろうね……。」
俯いて、やっとの事で口にしたのは、アッシェの今後の事。
この様子だと、彼女も私と同じ様に、アッシェの記憶が戻ったらしいと言う事を感じているんだろう。
だからこそ、この言葉が出てきたんだと思う。
「彼女がどんな結論を選んだとしても、応援してあげないとね……。」
俯いて、その場から動こうとしないコンカッセの元に戻り、そっと抱きしめる。
アッシェが、私達と道を分かつ事は考えたくは無い。
例えその道を彼女が選んだとしても私達に止める事はできないし、そんな権利もないだろうと思う。
それでも、出来るのならば、彼女が選ぶ道が私達と共に歩む道であってくれたらいいな……と、そう思わずにはいられなかった。コンカッセは、アッシェと仲が凄く良いから私以上にそう思っている事だろうと思うと胸が痛くなる。
彼女にとって、アッシェはただの仕事仲間だと言うだけじゃないのは良く知っていた。
それは、私にとっても……かな。
ただ、今朝アッシェが店に出ると口にしたのもあって、私は彼女がこのままここに留まってくれるんじゃないかと、ちょっぴり期待もしている自分が居たりする。
本当に、そうだといいな。
仕事を終えて家に帰ると、台所からご飯の良い匂いが漂ってきた。
ぐぅ~
くぅ
コンカッセと私のお腹が同時に空腹を訴えて来て、思わず顔を見合わせて同時に吹き出す。
「あ、おかえりなさいですぅ~!」
「「ただいま~」」
「今日のご飯ですねぇ、前に美味しいって言ってた屋台の味の再現に挑戦! なのですぅ☆」
「おお。」
「僕も手伝ったんだよ。コンカッセもリエラも、早く座って~。お腹がもうペコペコで倒れそう。
さっきからね、美味しい匂いが襲いかかって来てるんだよぉ!」
玄関の開いた気配に顔を出したアッシェの言葉に、2人でピョンと飛び上がって喜んでいると、ポッシェが今にも死にそうな顔で食堂に急ぐように急かしてくる。
彼のお腹から、さっきの私達の物とは比べ物にならない大きな泣き声が上がって、思わずみんなで大声で笑いだすと、「だから早くしてよ~!」とポッシェの口から本当の泣き声が漏れた。
なんだか、久しぶりにお腹の底から笑った気がするね。
「改めまして、今回の事は大変申し訳ありませんでしたですぅ……。」
美味しいご飯をお腹いっぱいに食べた後、食後のお茶を飲みだしたところでアッシェが改まった様子で立ち上がると、両手をお腹の前で重ねて深く頭を下げた。
「つきましては、これからの事とか色々とご相談させてほしいのですぅ……。」
「アッシェ、……居なくなる?」
途端に泣きだしそうになるコンカッセに、アッシェまで泣きそうな顔になって私を見る。
「え、もうここにいちゃダメなのです??」
「居なくなったらヤダ。」
「……アッシェはどうしたい?」
「コンカッセちゃんと、今まで通りにお店やりたいですぅ~。」
「なら、そうしよう。」
眉尻を下げた彼女の要望に、内心でほっとしながらも何でもない事の様に頷いて見せる。
彼女は一瞬呆然として、それからホッとした様に笑みを浮かべた途端、頬に涙が一筋流れた。
そのまま、コンカッセと抱き合ってわんわん泣き始めたのを見ながら、ポッシェと笑みを交わす。
なにはともあれ、なんとか良い形に纏まりそうだとホッとする。
タイミングを見計らって、2人を宥めたら改めて話を聞く事にしよう。
「改めて、コンちゃんこれからもよろしくですぅ~!」
「ん。こちらこそよろしく。」
コンカッセの両手を持って上下に振るアッシェは、ひどく上機嫌だ。
話が長くなりそうなので、食事が終わった時点で居間に移動してきてソファでみんなで寛ぐことにした。
やっぱりというかなんというか、失っていた記憶を取り戻したのだそうで、その記憶に悩みつつ、私達の事を今まで通り呼んでいいのかどうか悩んでいたらしい。
何を悩む事があるのかは謎だけど、そこはそれとしていつも通りに呼んで欲しいと伝えたら、アーラ不思議☆いつものアッシェの出来上がりだ。
変わったのは、本人の一人称。
「取り敢えずですねぇ、姫の本名は『紫姫』と言うのですぅ。」
「「「シキ?」」」
「ですぅ~。紫の姫で紫姫ですぅ。」
そう言いながら、自分の目を差す。
「ああ、目の色から?」
「なのですぅ~。うちの一族の女の子は、みんな目の色から名前をとるのですぅ。」
「へぇ。でも、ソレだと名前が被る子も出てくるんじゃないの?」
「女の子の出生率がめちゃくちゃ低いので、存命中に同じ名前が被る事はまずないですねぇ。ちなみに姫の母様は『藤姫』だったですぅ。」
「同じ系統。」
「ですぅ。母様の方が姫よりも薄ーいキレーな色だったのですぅ。」
お母さんの話をするアッシェは、とても嬉しそうで幸せな笑顔を浮かべていて、それがなんだか眩しく見えた。ちょっと、羨ましいなと自分の親の記憶がまるでない私なんかは思ってしまう。
「女の子はそんなに少ない?」
「んー、普通だったら100年に1人位なのですぅ。」
少なすぎじゃない?
同じ事を思ったのは、他の2人の表情からも分かった。
ソレを見てアッシェは苦笑すると、額の目がぱちぱちと瞬かせながら説明をつけ足す。
「女の子は、みんな魔力が高いので長寿なのですぅ。男の子で魔力が高い子は稀ですが、たまーに産まれると大人気なのですぅ。」
「何故に??」
「うちの種族は通常、むっさいのですぅ!」
アッシェは、両手を広げて大きさを示す。
うん。
ポッシェより大きい感じかな?
「ムキムキ?」
「むっきむき! トーラスさんみたいな体格で、ザンバラ頭でどっちかというと野蛮なかんじですぅ。なので、細身で美形率の高い魔力の高い子はソッチの方にも人気なのですぅ……。」
ザンバラ頭のトーラスさんって、想像つかないな……。
頭の中で想像してみようとして、思考を放棄した。
ついでに、『ソッチの方の人気』も考えるのは止めておく。
なにはともあれ、今トーラスさんが保護している『ヒカル』さんと言うのが『魔力の高い男の子』の分類らしいと言うのは分かった。
「それでですねぇ。普通なら100年に1人しか産まれない女の子が、姫の時は2人も居たのですぅ。」
「それは、みんな大喜びだったんだろうねぇ。」
「周りはそうだったのですけどぉ……。」
そう言って、アッシェは少し困り顔になる。
「当の若菜ちゃんは、そうじゃなかったみたいなのですぅ。」
「若菜ちゃん?」
「輝ちゃんの双子のお姉ちゃんで、8つ年上のお姉さんなのですぅ。」
思わぬところで、『ヒカル』さんご本人の名前がでてきたなと思いながら、話の続きに耳を傾ける。
「普通だったら、何の問題もなく時期女王になれるというところに姫が産まれちゃったので、なんだか揉めてたらしくって……。」
少し言い辛そうに口ごもってから、苦笑を浮かべつつとんでもない事を口にした。
「姫が邪魔だといって、崖から突き落とされちゃったのですぅ~☆」
テヘっとばかりに舌を出して笑うアッシェに、思わず突っ込みをいれてしまう。
「『突き落とされちゃったのですぅ~☆』じゃないでしょう~!!!!」
いやいやそこ、「よく生きてたですよね~」じゃなくって!
明日、その突き落とした人の双子の弟さん、呼んじゃってるんですけど?!
もしかしなくても、私、ヤバい事やっちゃったんだろうか……。




