456日目 疲れちゃった
ラヴィーナ:王太后。アトモス村の王家所有の狩猟館に住み着いてる。
トーラス:アトモス村の村長。リエラを養女にしたがってる。
コンカッセ:アッシェと仲の良い魔法具担当の丸耳族。
アッシェ:三つ目族の調薬担当。魔力枯渇で昏倒中。
ディーナ:売り子のお姉さん。リエラと同じ孤児院出身。
思いの外早く、ラヴィーナさんのところからお医者様が連れて来られた。
トーラスさんが向かってから1時間も掛からなかったから、本当にすぐこちらに来てくれたらしい。
ラヴィーナさん専属なのかお医者様は女性で、銀縁の眼鏡が良く似合うお姉さまと呼びたくなる雰囲気の持ち主だった。いや、違うな。『女王様』の方が相応しい。
「大丈夫ですよ。ただ、2~3日の間は目が覚めないかもしれませんが……。」
その言葉に、コンカッセがくたくたと床に座り込む。
私もそれに倣いたかったものの、一緒に話を聞いてくれていたディーナに彼女を任せると、気合いを入れなおしてもう一人の意識不明者の元へ案内する。
アッシェの関係者にしか見えない彼も、まだ意識が戻らなくてちょっと不安だったのだ。
「さっきの子の御兄弟かしら? 良く似ているわね。」
医師のその言葉に苦笑を浮かべつつも、首を傾げるしかない。
会話をしてないから、どんな人なのかすらも分からないんだ。仕方ない。
「こちらの彼は、もう暫くしたら目を覚ますでしょう。」
「……ありがとうございます。」
「では、何かありましたらおっしゃって下さい。」
医師はそれだけ言うと、工房を後にした。
彼女が居なくなると、手近にあった椅子に座りこむ。
何で、今日はこんなに一杯厄介事が起きるんだろう……?
げんなりしながら、作業台に突っ伏す。
ああ、もうこのまま眠って全てを忘れてしまいたい……!
暫くそうしていると、横に誰かが腰掛ける気配がした。
視線だけをそちらに向けると、予想通りのトーラスさんだ。
彼は、心配そうに私の事を覗き込んでいた。
「なーんでこう、立て続けに厄介事ってやって来るんでしょうねぇ……。」
さっき、心の中で思った事を呟いてみる。
彼は苦笑を浮かべたみたいだった。
「本当に、今日はお前さんにとって厄日だな?」
それから、指折り今日起きた事を数え上げ始める。
「まずは、アルンが王都に強制召喚されただろう。それから、利権まみれの養女の話を聞かされて、挙句の果てには頼りにしているアッシェがぶっ倒れたとなりゃぁ、いくらお前さんがタフだったとしても、ぶっ倒れちまう。」
「タフなんかじゃないですよ……。」
「ああ。知ってる。いつでも、必死なだけだもんな。」
「だって、なにもしないでなんか、居られないじゃないですか。」
「ああ。やらなかった事で後悔なんかしたくないもんな。」
「でもね……、ちょっとだけ、疲れちゃいました……。」
「ああ。俺が見ててやるから、少し休むと良い。」
「絶対に?」
「ああ、絶対に。」
それなら、ちょっとだけならいいかな?
リエラはちょっとだけ、トーラスさんの言葉に甘えてみる事にした。
目が覚めてみるといつの間にか夜になっていて、私はトーラスさんの背中に揺られている。
「……トーラスさん?」
「お、起きたか。もう、店じまいも済ませて帰るところだ。」
そう言いながら、人通りの少なめな道を歩きながらあの後あった事を話してくれた。
アッシェとコンカッセを、先に家に送り返した事。
私が昏倒させた男性の名前が、『ヒカル』と言うらしい事。
彼から謝罪があった事。
一旦彼を、トーラスさんのところで預かる事にした事。
お店の方は、今日も滞りなく終った事。
「……今日は、本当に色々と有難うございます。」
「いや。もっと頼ってくれてもいいんだぞ?」
トーラスさんのがっしりした肩に、額を押しつけてみる。
これがおんぶかぁ……。
大人になってから、初めてされると言うのも不思議なもんだ。
ディーナ曰く、おんぶで泣く赤子だったらしいから。
「おんぶって、初めてです。」
「うん?」
「こういうのって、『親子』の特別な感じでちょっと憧れだったなーと少し思い出しました。」
「ああー。確かになぁ……。ガキの頃、他所のがされてるの見て羨ましかった事があったな。」
「トーラスさんもですか?」
「ああ。俺の場合、重すぎてシスター達におんぶして貰えなかったんだけどな!」
楽しそうに笑うトーラスさんに釣られて、私もなんだか可笑しくなってきてしまう。
笑うのって、なんだか伝染するよね。
一緒になって笑いながら、ちょっとだけトーラスさんとの距離が縮まった気がした。




