456日目 魔力暴走
アッシェ:三つ目族の調薬担当。以前の記憶がないらしい。
コンカッセ:魔法具担当の丸耳族。アッシェと同い年で、同じ孤児院育ち。
ところで、今まで通い弟子の事を話題に出していなかったような気がするんだけど、通い弟子って言うのは、最近になって始めたもので、まぁ……文字通り通いで来ているお弟子さんの事だ。
月に1度、3日間づつスフィーダから通って来ている魔術学院で調薬や魔法具の講師をしている人達の事をそう呼んでいる。あ、月に一度って言うのは、それぞれが来る頻度の事だ。
通って来ているのは5人居るから、毎週誰かしらがいる感じになる。
年齢も、20代後半~40代半ばまでと言ったところかな。
これは、アルンが来た事によって断り辛くなったと言うのも、始めた理由の一つにあるのだけれど……。
やり始める事になった最後のひと押しは、トゥルマ錬金術工房の調薬担当者達に頭を下げられた事だった。
マロウさんと言うのは丸耳族の34歳男性で、この通い弟子のまとめ役の様なものをやってくれてる。
トゥルマ錬金術工房の代表をやってるガウディーノさん曰く、スフィーダ魔術学院では偉い人らしい。
で、その彼は良く通って来ているんだけど、今日は学院とは関係なさそうな人と一緒だった訳だ。
アッシェを探してきたという彼は、長い黒髪を高く結い上げた美青年だ。
彼女の紫の瞳と違って、紅いその瞳は切れ長で凛々しく見える。
綺麗可愛い感じのアッシェとはちょっと違うタイプだね。
「アッシェを……ですか?」
「『紫の瞳で、自分と同じ様な三つ目の少女』とおっしゃっていたので、アッシェさんの事じゃないかと思ったんですよ。」
「確かに、似てる……。」
どうしたものかと戸惑う私の横から覗きこんだコンカッセが、警戒心を覗かせながらそう呟いた。
うん。
間違いなく関係者だと、私も思う。
ただ……、記憶を失っている彼女の前に、彼をいきなり連れて行っていいんだろうか?
コンカッセに視線を向けた時、彼は私達の間をすり抜けるようにして中へと押し入った。
「姫!!」
工房の出入り口から、中を覗くのに遮蔽物は殆どない。
彼はそれで辛抱出来なくなったんだろう、喜色を浮かべ、そう呼び掛けながら彼女の方へ向かってしまったのだ。その声に、アッシェの肩がビクリと震えた。
パッと振り返った彼女の顔に浮かんだのは、驚き・喜び・悲嘆・絶望と言った、普段の彼女からは想像もつかない物だった。
そして、声にならない悲鳴を上げて後ずさりして、調薬中だった大鍋を無意識に掴むと、その魔力を暴走させた。
「「アッシェ?!」」
暴走した魔力は、どうしてそういった方向に作用したのかは分からない物の、鍋の中で煎じられていた赤薬草に対して強烈に作用したらしい。
鍋の中から大量のお湯が噴き出すと同時に、蔓草が工房中に蔓延りはじめ、アッシェに手を伸ばした来訪者を天井まで吊るしあげた。
「姫?!」
彼の上げる悲痛な声なんてどうでもいい。
それよりも、目の前で蒼白になって、クタクタと倒れ込んだ彼女の姿に血が凍る思いだった。
邪魔な蔓草を握ると、『しまう君』へ仕舞い込む。
これで、障害物は……アッシェをあんなふうにしてしまった男だけだ。
私は躊躇なく、その男の意識を刈り取った。
普段だったらとても出来ない事が出来たから、それはひどく簡単な事。
ただ、彼の肺から酸素をほんの数瞬抜いただけ。
余分な作業をしている間に、アッシェの元に辿り着いたコンカッセが悲痛な声を上げながら、彼女の体を揺すっている。
紙の様に白いその顔に、心臓がギュッと握られたようだ。
「アッシェ、アッシェ……!!!」
叫びながら、彼女を揺らし続けるコンカッセを引き離し、『魔力回復促進剤』の瓶の蓋を開けようとした。手が震えて、上手くいかない。泣きだしそうになりながら、必死に瓶を開けようとしていると毛深い手がそれを取り上げ、蓋を外して私の手に戻してくれた。
ソレを、口移しでアッシェに飲ませると、一瞬、彼女の手が震える。
「あっしぇ、いき、して……ない」
「トーラスさん、心臓マッサージできますか?」
「任せろ。」
トーラスさんは、思っていたよりもずっとこういった事に慣れているみたいだった。
私より、ずっと上手だったような気がする。
「もう、大丈夫だ。」
そう言って、彼が私をアッシェから引き剝がした時には、ちょっと酸欠気味になっていて意識が朦朧としていた。
きちんとアッシェの胸が上下しているのを確認すると、体から力が抜けた。
ああ。
アッシェ、火傷してる……。
吹き出したお湯のすぐそばに居たんだから、当然といえば当然か。
のろのろと『高速治療薬』を用意すると、泣きじゃくっているコンカッセにも1瓶渡す。
泣いているより、何かやっていた方が落ち着くだろう。
私も一緒になって彼女に薬を塗っている後ろで、トーラスさんがマロウさんに今日は引き取る様に伝えているのが聞こえてきた。
うん。
今日は、とてもじゃないけどお相手するのは無理だ。
トーラスさんの機転に感謝しながら、アッシェの様子を見てホッと息を吐く。
なにはともあれ、アッシェが死ぬようなことが無くて良かった。
彼女が命を長らえた事を今は喜ぼう。




