九十九藍那の場合
藍空と遥香が楽しそうに会話していて、何だかとてもお似合いだと思った。
妹からの贔屓目なしに藍空は綺麗だと思う。
カッコいいでも、可愛いでもなく、藍空に似合うのは「綺麗」。
少しヘタレなところさえ直せば、もっと良い男だろうに。
遥香も遥香で、藍空だけは普通に話せてるみたいだし。
遥香が男を苦手になったのは、彼女が高校生の頃。
信頼していた部活の先輩が、彼女を半年以上悩ませていたストーカー本人だったそうだ。
すっかり男に恐怖心を抱いてしまった遥香は、少しずつ良くなってはいるものの、未だに男に対して怯えてしまっている。
「お兄さん、ここビール1つねー。
藍那は?」
「私も同じの頂こうかしら」
「じゃあビール2つで。
珍しいな、お前がそんなに酒進むなんて。
何か良い事でもあったのか?」
良い事ねぇ。
なかったとは言えないけれど。
チラリと隣の男を眺めてみる。
悠哉は中学卒業と同時に大阪へ引っ越してしまったが、今でも藍空と仲が良い。
中学時代、藍空繋がりで私たちは良く話すようになり、同窓会以外でも仕事の都合で近くに来た時は、必ず全員に連絡して集まろうと誘ってくれる。
顔も人当たりも良いし、昔から女の子が大好きですぐ口説きに行っちゃう奴だけど、たまに見せる真剣な表情は中々カッコいいと思う。
「別に?
今日は飲みたい気分なの。
そう言えば、あの人とはどうなったの?
アンタがずっと好きだった子。
藍空が聞きたがってたわよ」
悠哉には、高校時代から本気で好きになった女の子がいる。
高校を卒業して彼女は東京へ引っ越してしまい、それ以来会っていないんだと、2年前に再会した時に言っていた。
「あー、何つーか、俺たち同じ会社だったらしい」
「同じ会社って、向こうの?」
「いや、アイツは元々東京の本社で働いてたんだよ。
異動で大阪支社に来て、今俺と同じ部署の隣のデスク」
「凄い偶然ね…」
「だろ?」
「…まあ、失恋しちまったけどな」
「…え?」
「アイツ好きな奴がいてさ、やっぱり俺じゃ駄目なんだって。
しかも相手は年下の高校生。
10年近く想われ続けてたらしいから、そりゃ俺じゃ勝ち目ねぇよなあ」
軽い口調で笑いながら言う悠哉。
アンタ、本当にそれで良いの?
アンタだって、ずっとずっと好きだったじゃない。
「そういや、お前はどうなんだよ。
付き合ってる奴とかいねぇの?」
悠哉はへらりといつもの笑みを浮かべて言った。
「何なら誰か紹介してやろうか?」
彼からすれば、何でもないただの冗談のつもり。
でも、今の私にはそれを冗談と受け止めきれる程、余裕はなかった。
「…いでよ…」
何でアンタが、そんな事言うのよ。
「馬鹿にしないでよ…!!」
自分でも信じられない程、その声は泣きそうで。
私は呼び止める悠哉の声を振り切って会場から走り出た。
「ッ…!!」
誰にも言った事のない恋だった。
だけど、確かに私は、悠哉の事が好きだった。